受験当日
翌日、私は朝日に照らされて気持ちよく起床した。
実によく眠れた。私は結構図太い。こういった試験前で眠れないということは殆どない。だって眠れなくても前日にやれることなんて殆どないし、眠らない方が余程損だもの。
「メティどうだ、調子は?」
どうやら眠れなかったのは父の方らしい。クマが出来ている、というほどでもないが、明らかに疲れたような表情だ。一人娘の大事な試験前日と考えれば無理もない。
「大丈夫!快眠だったもん、今なら何だってできるくらいよ。」
両腕をぐっと上げて少しオーバーなくらいアピールすると、父は安堵したように笑った。
会場に着くと、昨日以上に人がごった返していた。滑らかな絹の服に煌びやかな宝石のアクセサリーを付けた親子が黒スーツを着た使用人を引き連れて門を順番に潜っていく。
所せましと並んだ馬車は、ここ一体の交通を完全に封鎖していた。それを見越してか、近所の店は皆閉まっている。朝ごはんを宿屋で済ませておいてよかった。
私も受付に向かうべく学校の敷地内に入ると、ちらちらとこちらに視線を感じた。
理由は分かる。明らかに場違いな親子が居るからだ。
父の手はごつく、所作も上品なわけではない。服装だってリネンや綿を使用した安っぽいものだ。
きっとそんな平民が受験する事が奇妙に思えて仕方ないのだろう。受験料も安くない。
あまりにもこちらをしつこく見るものだから、こちらもちらりと目線をやると、慌てて視線を外して目線を逸らした。不躾な自覚はあったのだろう。
こちらを見てくるのは上等なスーツに身を包んだ男性やフォーマルなドレスを着た女性が多い。
歴史やマナーの本で読んだからわかる。あれはアッパーミドルという存在だ。
アッパーミドルは貴族とは違い、所謂上位の中流階級だ。都会の医者や大商人、銀行員や弁護士と言った職についており、中流階級といえど貧乏な貴族よりよほどいい暮らしをしている者もいる。私達は精々ロウワーミドルといったところ、だから彼らが疑問に思うのもよくわかる。
一方で、明らかに彼らとは違う存在もいる。そう、貴族だ。
見ればわかる。絹を余すとこなく使い細やかな刺繍が散りばめられた服に、輝く宝石を要所に飾り立てている。色の鮮やかさは、その染料がいかに高価であるかを物語り、上質な仕立ては彼らの存在を強く主張している。労働とは無縁の存在であることを強調するように。
貴族は決してこちらを見ない。というか、まるで平民の存在が見えていないかのように振る舞っている。
貴族は貴族同士で何やら話しているだけで、こちらの小競り合いには微塵も興味がなさそうだ。
これが階級社会か。歴史で学習した内容を初めて目の当たりにした私は、何だか面白くなってしまった。資本主義に支配されきった前世の社会では見られなかった、金銭の有無とはまた違った差異が存在する。なんと興味深い。
「メティ、大丈夫?」
父が不安そうにこちらを見てくる。大丈夫でなさそうなのは父の方だ。そりゃ不安にもなる。
大丈夫、と返す代わりに笑い、強く父の手を握り返した。別に何かいけない事をしているわけじゃないんだから、堂々としていればいい。
予め郵便で送られてきた受験票を手に握り、受付を終えた。受付の人は事務的にこちらの受験票を確認すると、受験者の私だけ先に進むように促した。
「それじゃあパパ、行ってくるね!」
「行ってらっしゃい、頑張ってくるんだよ!終わったら宿屋に戻っておいで!」
大手を振って私は先へ歩みを進めた。
---
最初は学科試験だった。
周りにいるのは沢山の平民のみ。当然だ、貴族の子弟は面接試験以外ないからだ。
空気がピリピリと震えているのを感じる。彼らは家族や親族の期待を一身に受けてここにいるのだろう。
「それでは、始め。」
試験管の音と共に紙が裏返る音が会場に響き渡った。
最初は時間配分を考えねば。さらさらと問題文に目を通しながら、問題量を確認していく。これなら順番に解いていっても十分間に合う。
過去問とは少し形式が異なっていたが、別に問題ない。内容もそんなに難しくない。むしろ物足りなく感じるほどだ。
よく考えれば、中学受験のようなものだ。別に大学数学が飛び出してくるわけじゃない。専門書まで読む必要はなかった。
若干の後悔を滲ませながら手を動かす。うっかりミスしなければ何も問題はない。
最初はカタカタと鉛筆の動く音が木霊していたが、次第にその音は静かになっていく。
後半は少し難しかった。選択肢問題ではなく記述問題ばかりになり、設問の意図をしっかり理解しなければ無駄に時間を割くことになる。
それでも特別難しいことはない。今まで読んだ本の内容を引用し論理的な文章を構築していくだけだ。
「終了。手を止めなさい。」
カタっと鉛筆を置く音が響き渡る。長かった。
何科目終わったかもう覚えていない。多分今ので最後のはずだ。脳みそをフル回転し続けるのは思ったよりも体力を使う。
試験というのは学力だけでなく、体力を測るものでもある。大学受験の時以来ではないか、こんな疲労は。
「次は実技に移ります。案内された順についてきてください。」
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実技会場に来て最初に思ったことは、
「あれ?私もしかして忘れ物した?」
魔法実技に来ている子供達は皆杖を持参していた。そういえば、魔術師というのは杖を使うらしい。
魔法杖は魔道具の一種で、魔法を使う時に安定させたり威力を増幅させる効果があるらしい。一方で、魔石を1回経由させるため反応速度にかける。だから、一流の魔術師は魔法杖を通したり通さなかったり、その場に合わせて切り替えるのだそうだ。
そんな杖を皆当たり前のように持っている。もしかして、持ってこなければ受けられなかったりするのだろうか。
それはまずい。というか、私は杖を持っていない。いつも素手で魔法を使用してきたからだ。父は魔彫師であるが、魔法杖の制作はあまり行っていなかったし、何より杖用の魔石は値段が張る。素手で魔法を十分使えるなら問題ないと、ずっと杖を使わずに練習していたため、すっかり忘れていた。迂闊過ぎる。
魔法実技は受験番号順に数人が順番に受けていく。私は最後の方であるから、まだ時間はある。
どうしよう、今のうちに試験官に話すべきだろうか。魔法杖って借りられるものなのだろうか。確か使える人を限定して作られるから、貸し借りできるのはごく一部だとか何とか.....。
「ねえ、そこの貴方。」
不意に声をかけられる。待機所でずっと1人でうんうん唸っていたのが気味悪かったのだろうか。
顔を上げると、そこには私より少し背の高い女の子がいた。
「そう、貴方よ。貴方、魔法杖持ってないわよね。素手で試験受けるつもり?」
杖を持っていない私を不振がっているようで、首をかしげながらこちらを見ている。手には大きな杖を握っており、上部には大きな魔石が埋め込まれていた。
「うん、というか杖私持ってなくて。杖無くても大丈夫かなって思ってたとこなの。」
「杖持ってない?呆れた、そんなんで大丈夫?確かに杖が無くても減点はされないけれど、別に加点もされないから。杖の力を借りられない分かなり不利よ。」
杖を見せびらかすようにぐいっと前に突き出してきた。シンプルだが美しい杖だ。上質な木を使っているのだろう。
目を女の子自身へ移す。その子は特別豪華でもない、シンプルなワンピースを着ていた。装飾品もつけておらず、周囲と比較すると実に質素であったものの、髪の艶や白い肌から見て裕福な家出身であることはすぐわかる。
「杖無くても追い出されたりしないのね、安心したわ。杖って高いから中々準備できなくてね。」
「杖買うお金もないって、じゃあ試験の準備も禄にできないじゃない!記念受験組?確かに貴方、いい所の出ではなさそうね。」
「記念受験じゃないわ、真面目に受けに来てるの。試験準備だってそれなりにしてきたわ、魔法だって独学で学んだし。」
「独学で魔法を学んだ?そんなことできるの?貴方、名前は?私はメグ・スワロウ。スワロウ商会の娘よ。」
「私はメーティア。苗字はない、ただのメーティアよ。」
苗字は裕福なものに与えられた特権だ。というよりは、裕福でなければ苗字を使う意味がない。苗字は所属を表すもの。名乗る程の所属先が無ければ名乗る利点がないからだ。
商家の娘か、なら裕福なのも頷ける。スワロウ商会は最近力を伸ばしている商会だ。服飾をメインに取り扱っているとか何とか。
「そう、苗字がない程度の家出身なのね。まあいいわ。別に、私だって出身は特別いい訳じゃないし、差別なんてしないわよ。ただ意味のないことはやめるべきと忠告したいだけよ。......試験内容は知ってるの?」
「いいえ、知らないわ。知れるほどのお金もコネもなくてね。何やるのか知ってるなら教えてもらえる?」
「呆れた!同じ学校を受験するライバルに教えてもらおうなんて、ちょっと虫が良すぎるんじゃない?」
まあ事実だ。真面目に受験しようとしている隣でこんな不真面目そうな奴に試験内容を聞かれたら誰だって腹が立つ。教えてくれればラッキー程度の気持ちだから、特に問題はない。
「そうね、教えてくれなくても別にいいわ。杖があった方がいい試験なのね。威力や維持力が求められるのかしら。まあ、自分のできることをやるだけよ。」
「あーもう!いいわ、どうせ今からできることもないし教えてあげる。貧乏で試験内容を知れないのは不公平だもの。......名前呼ばれて外に出たらね、遠くに的があるのよ。試験官が言う魔法を的に当てる。ちゃんと当てられたら今度は別の魔法で同じことをする。」
私はぽかんとする。思ったよりもシンプルで簡単だ。
「それだけ?」
「それだけって貴方、的はそこそこ遠いわよ。遠くまで言われた魔法を維持して飛ばすのはそんなに簡単じゃないわ。特に杖無しじゃね。威力が高かったり魔力の流れが安定していたら高得点を獲れるらしいわ。」
「要求される魔法は?」
「別に、基礎魔法よ。基礎魔法くらい、貴方使えるんでしょうね。」
問題ない、と無言で頷いて肯定の意を示す。よかった、それなら何とかなりそうだ。
「精々頑張りなさいよ、私はそろそろ呼ばれるから。」
「ありがとう、助かったわ。お互い頑張りましょうね。」
丁度番号を呼ばれたようで、ふん、と鼻を鳴らして試験会場へ消えていった。
最初は驚いたが、随分親切な子であった。試験内容を知れた上に、高得点を稼ぐ方法まで教えてくれた。感謝しなければ。
心の中で覚えた基礎魔法を列挙していると、不意に私の番号が呼ばれた。遂に来た。
私は意を決して立ち上がり、試験会場へと赴いた。
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