魔道具と魔彫師

朝日がすっかりと登り、さて、今日も鍛錬を積もうかと背伸びをした時、

「おい、メティ!ちょっと話したいことがあるんだが。」

聞きなれた声が聞こえた。この時間に珍しい。

目を閉じて、魔力探知を発動して見る。やはり、この見慣れた形は父だ。

「なあーにー!」

急いで返事をし、父の元に戻ると、頭を優しくなでられた。

「また魔法の練習をしていたのかい。あんな本、本当に読めるんだなあ。」

父は私がこっそり練習をしていることを知って以来、こうやって話す度に感心している。


以前、魔法の練習をしていた時にうっかり熱を出してしまったことがある。

難解な本が開きっぱなしのままぐったりする私に両親が悲鳴をあげ、必死に看病していたことを思い出す。

その時、両親は初めて私がその本をきちんと理解して読んでいることに気が付いたらしい。

「そのページに書いてある単語が、辞書の開いているページにあったんだ。お前は分からない言葉を調べる程、内容を理解しようとしていたんだな。今までは、何となくページを捲って挿絵を見ていたのかと思った。」

毎日本を開いていることは両親も知っていた。しかし、魔法の練習をしていることは余り知らなかったらしい。確かに端から見れば、目を瞑ったり耳を塞いだり、座禅を組んで精神統一しているようにしか見えないだろう。

だがいい機会だ、この際魔法を練習していることはきちんと伝えておこう。倒れてからでは遅いのだ。

そう思い、包み隠さず本を読んで魔法の練習をしていることを伝えた。


両親は驚き、顔を合わせ、そして、喜んだ。

「メティったら、こんなに難しい本読めるの!?私だって難しくてこんなの読めないわ、魔法だってそんなに使えないもの!」

「そうだな...メティ、お前はかなり早熟な上、普通の大人と比べても魔法の才が優れていると思う。そもそもこんな幼い子が魔法を使うだけの意志力を持つことができるなんて、聞いたことがない。」

うちの子は天才なのでは?いや間違いない、天才だ!と二人で喜ぶ姿に、私は少し居心地の悪さを感じたものだ。だって、自分は他のことは違い、もう1つの人生経験があるからこそ、ここまで来れただけ。これは言ってしまえば、既に持っている経験の貯金を崩して能力を発揮しているだけに過ぎない。元から優れているわけではないのだ。

しかし大喜びする両親に水を差せず、ただ黙っていた。

魔法の練習は自由にしなさい、でも無理はしないで、熱が出る前に止めるのよと両親の許しを得て、今に至っている。


「どうだい、あれから魔法は。順調かい、分からない所があったら...いや、俺が教えられそうなところはないのかもな。」

あーと頭をガリガリ掻いて、諦めたように父は肩を竦めて見せた。

魔法を使う事自体はほぼ全ての人間ができるが、まともに使えるようになるまで訓練を受けられる人間は少ないし、それに耐え続けれる程気の強い人間もまた少ない。

だから、大抵の人は魔法を使わず生きていくそうだ。使わなくても生きていけるというか、使わない方が余計な体力を使わなくて済む。

例えば、人間が勉強し続けられる能力があるとはいえ、大人になっても高度な勉強をし続ける人はそれほど多くない。専門職でなければ必要ないし、専門職であっても専門以外の勉強は疲れるものだ。趣味で続けられる人もいるが、高度な知識や知恵はそれなりの時間と気力が必要だ。だから、大人になってから「学生の頃もっと勉強しておけばよかった」と言う人がいるわけで。

話が逸れた。


「大丈夫、まだ簡単なところしかやってないよ。危ないこともしていない。」

「そうか、それならよかった。もし火とか水とか使う時はママかパパに言うんだよ。一人でやるのは危ないからな。」

「それ昨日も聞いたよ。分かってる。」

何度も忠告する父に呆れながらも、もし自分が親の立場だったら同じことをするだろうな、と苦笑した。

子どもの邪魔はしたくないが、同時に心配なのだ。親と言う生き物は子煩悩すぎる。


「そうか、そうだったかな。そうだ、今日はお前に見せたいものがあるんだ。ついてきな。」

この時間から?珍しい、父が何かに連れて行ってくれるのは大抵夕方か夜、或いは休日だけだ。

作業着を着たまま、恐らく仕事の休憩時間にこうやってどこかに連れて行こうとしたことは今までない。


「どこ行くの?今から?」

「どこに行くんだろうなあ、楽しみだよなあ。」

笑いながら誤魔化す父。父親はこういうところがある。いたずら好きで、子供より子供っぽい。


手をつないでちまちまと狭い歩幅で必死に歩く。父は私を見ながら愛おしそうに笑い、歩く速さを合わせてくれた。

家から出て、住宅地の角を曲がって、すぐそこには工業区域がある。年中熱を放った竈が煙を上げ、金属の打ち合う音が鳴り響く煤臭い場所だ。

父が何らかの職人であることは、作業着と漂うオイル臭から分かる。でも何の職人かは聞いたことが無かった。


「ここパパの仕事場だよね?どうしてここにきたの?」

「見せてあげたいと思ってね。多分、面白いよ。」

ニコニコと笑う父は工業地区のすぐそこにある建物に入ると、直ぐにむわっと熱気が顔を取り巻き、少し息苦しい。中では金属を打ったり、竈で熱したり、逆に冷やしていたりと複数の人が作業をしている。父は彼らに軽く手を振り、私にもそうするように促した。私も一緒に手を振ると、彼らは笑って振り返してくれた。


彼らの邪魔にならないように隅を通り、更に奥へと進むと、今度は作業台に囲まれた狭い空間にたどり着いた。


「ようこそ、ここがパパの仕事場だよ。」

改めて周りを見渡す。先ほどの鍛冶場とは少し異なり、こちらはもう少し細かい作業をする場なのだろうか、小さい道具から大きいものまで何十種類も並べてある。

周囲に並ぶ棚にはサイズや色が様々な石、というよりは研磨されていない宝石のようなものが所狭しと並んでいる。あれは一体なんだろうか。

その中心には大きな作業台、その上には作成途中なのだろうか、重厚な存在感を放つ大剣が乗せてあった。


「えっと、パパはここで何をしているの?」

「何をしていると思う?」

「うーん、こんな大きな剣があるってことは、武器を作っているんだよね。でも鍛冶屋っぽくはないから...あの宝石とかを使って、武器をお洒落にしているの?」

棚にある石を指してそう言う。父は少し嬉しそうに私を褒めた。

「いいところに気が付いたね。パパは武器を作っているんだ。それも普通の武器じゃない。魔道武器と言うものを作っているんだよ。魔道具の1つさ。」


魔道具?魔道具を作っているだって?


魔道具と言うえば、文字通り魔法を使う道具だ。以前母が指をさすだけで暖炉に火をつけたりしていたが、あれは魔道具が仕込まれていたらしい。

力の分類としては魔法だが、人間が魔法を直接行使する訳ではない。魔石と言う石を使用した魔法陣が予め道具の中に仕込まれており、人がほんの少量魔力を流すだけで魔法が起動する。

いわば、魔石を燃料とした機械である。そう本には書いてあったものの、実際の機構や制作技術まで履修できた訳じゃない。専門書はあるものの、流石に内容が難し過ぎて理解しきれなかった。


「魔道具!?魔道具をパパは作っているの?どうやって?何を作っているの?」

「はは、やはり魔法の事となるとお前は興味津々だな。ちょっと落ち着け。今日は時間があるからゆっくり説明してやる。」

魔法と聞いては黙ってられない。というか、魔法についての本が多く家に置いてあったのは、父が魔道具の職人だったからか。

ということは、父はあの専門書を読める人物だという事だ。是非とも今度解説してもらおう。


父は不意に棚から宝石のような塊を1つ取り出した。工房内の淡い光子が石の表面で跳ね回り、怪しくぼんやりした光を放つ。

「これが魔石だ。魔石は知ってるな。魔道具の燃料となる存在で、鉱石として掘り出されることもあれば、魔獣と言う化け物からも取れる。」

「魔獣?ああ、魔法を使う獣のことね。どこかに書いていたっけ。」

「そうだな、まあ魔獣から取り出すのは危険が伴うから、通常は炭鉱から掘り出されるものを使うことが多い。魔獣から取り出す魔石は大きくて威力も申し分ないけれど、その分かなり高価になってしまってな。」

ほら、と差し出された魔石に触れてみる。多少透明感のある石というだけで、特別な力は特に感じられない。その辺にある綺麗な石の方がよほど価値がありそうだ。


「大きければ大きい程、色は明度が低ければ低い程魔力が込められている。その分価値は上がるが、そんなに魔力を必要とする魔道具は珍しい。魔道具の大半は日常生活で使用されるようなもの、ほとんど透明で指先程の大きさのものがあれば数年は使い続けられる。

魔道具は何百年の歴史があり、その中で効率よく動かせるように改良され続けてきた。現代の魔道具は人や獣が魔法を使用するよりもはるかに効率よく魔力が消費される。それはどうしてかわかるかい?」

そんなこと、普通の子供はわかる訳もない。だが、確か『魔道具入門・基礎』という本を流し見していた時に、それっぽいことが書いてあった気がする。えーと、

「詳しいことは分からないけれど、多分使用先が決まっているから?人が魔法を使う時は魔法をイメージして精神力を使わなきゃいけないけど、魔道具は元々どのように使われるか事前に決まっているから、って書いてあったと思う。」

「その通り、お前は本当に賢いな。」

石を返すと、次に父は作業台の上に置いてある大剣を見るように促した。父が指さした先には目玉大の魔石が嵌っており、魔石自体とその周囲には細かい図形が彫ってある。


「模様が見えるな?これが魔道具を魔道具たらしめる魔法陣だ。この魔法陣は、魔石に意思を予め与えて置く役割があるんだ。そのお陰で人は魔道具を使う時、強い意思を持つ必要はないし、精神力をほとんど消費しなくて済むんだよ。」

「これを彫るのがパパの仕事ってこと?」

「そうだ。人は俺のような職人を魔彫師と呼ぶ。小さい頃から師匠の下で学ぶ必要があって、大変だけどやりがいのある仕事だよ。...パパは元々貧乏な家で生まれてね、でも親がせめて自分の子は貧乏になって欲しくないからって無理やり魔彫師の養子にしたんだ。当時は悲しかったけれど、今では感謝しているよ。」

父は、少し難しかったかなと私の頭を撫でて目を逸らした。貧乏な家庭では、お金が無くて子供を養子に出すのはよくあることだ。彼の両親は金銭的な意味で最善の選択をしただろう。それでも気持ちが付いてくるとは限らない。

彼の両親は、子供を手放す時心苦しかったのだろうか、それともこれで養う必要がなくなったと安心したのだろうか。どちらにしても、父は寂しかったのだろう。

だから、私に対しては、こうして仕事の合間に頻繁に会いに来たり、好奇心に応えようとしているのかもしれない。


「俺は魔彫師の中でも武器に対して魔法陣を刻む仕事をしている。武器は国全体で一定の需要があるし、良いものは高く売れる。だから、メティはお金の心配をしなくていい。貴族のようにはいかないが、多少の贅沢はしてあげられるんだ。」

父はどんな思いで武器を作っているんだろう。でも、どんな思いで私にこの場所を見せてくれたのかはわかる気がする。

もしかしたら、少しでも知って欲しかったのかもしれない。彼がどれ程娘を愛しているのか。


「ねえメティ、お前は将来何をしたい?」

彫りかけの魔法陣に息をふっと吹きかけて、父は優しい目で私を見つめた。

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