鍛錬と王子様
私が魔法の訓練を続けるようになって3年が経った。
最初に読んだあの本に加え、いくつか別の本も参照し、最適なトレーニング方法を組んで毎日欠かさず行っている。
最初は簡単な魔法起動の練習だった。形を伴わない魔法である自己強化型魔法を使用し続けるというものだ。
自己強化型魔法とは、自身の筋肉や骨格を強化して、単に筋力を強くしたり衝撃で怪我をしにくくするというものである。加えて体の再生力を上げて傷を癒したり、五感を強めて探知することにも使えるらしい。
対外に魔力を放出しないことから魔法の中では最もハードルが低く、熟練の魔法使いはこれを四六時中維持し続けることが当たり前だという。
最初に強化を施した時は絶望した。精神力が常に削られるので脳は疲れるし、強化された体の制御もままならない。
ちょっと油断すると強化されたまま筋肉に力が入り、集中が途切れて強化が切れてしまうと元の未強化の筋肉に絶大な無理をさせてしまうことになる。以前調子に乗って重い石を持ち上げようとして足元に落としてしまい、翌日筋肉痛に悩まされた。
また、五感を強めると視力や聴力が極端に上がる為、見たくないものも感知してしまう。壁の裏に住むゴキブリの足音が聞こえてきたときはびっくりしてすぐに集中を切らしてしまった。
簡単に見えて意外に難しく、これを常時発動なんて無理ではないかと当時は疑問に思っていた。最初は1時間も持たずにへばっていたのだから。
ところが、毎日諦めずチャレンジし続けていたところ、1か月程度で変化が起きた。
魔法の維持に必要な精神力が減少し、より楽に強化し続けることができるようになったのだ。
きっとこれが、本に書いてあった効率よく精神力を魔力に変換できる状態なのだろう。魔法を使っている間も頭の中心が熱くなることがなくなり、違和感なく維持できている。
魔法の起動自体もちょっと頭の片隅で想像するだけでできるようになった。肉体が強化された状態を何度も体験することで、未強化でもその状態を簡単に想像できるようになったからだろう。
こういった変化というのは楽しいものだ。勉強してテストの点が上がったり、筋トレして筋肉がついたりすると、自分の努力が肯定されて自己肯定感まで高める。
それと同じことを私は経験している。
実は、元々好きなことに没頭しやすい性格である。一度これと決めたものに集中すると、時間や周りの事が見えなくなってまで続けてしまう節がある。
幸い子供の私は他にやることがない。精一杯遊んで生きてくれれば花丸が貰えるような年頃だ。
ならば、この無限にも近い時間を活かすべきだろう。
弱い自己強化であれば睡眠時以外はずっと起動できるようになった頃、次の練習へと移った。
体外へ放出するタイプの魔法だ。ただし、一番簡単なものだ。
その魔法は魔力探知と呼ばれ、五感を通さなくても物の探知を行える魔法だ。
目を閉じて耳を塞ぎ、それでも尚この世界を見たいと願う。すると、溢れた魔力が周囲に漏れ出し私に様子を教えてくれる。
輪郭だけはっきりとした視界とでも説明しようか。色や物の細部は見えないが、代わりに空気や熱などエネルギーの高低差は若干探知できる。
これは中々便利で、二階から一階に行くことなく母が何をしているか確認できた。本来の使い方としては、安全地帯から危険な場所を確認したり、五感で捉えた生き物を接敵前に分析する際に使えるらしい。
ただし、これも非常に疲れる。特に目や耳が利いている状態だと、魔力探知しようと個別の意思を持つことが難しい。どうしても既に有る感覚に頼ろうと自己強化の方ばかりが発動してしまう。
自己強化の方は既に起動しているため、そこに脳みそのリソースが割かれているのだ。同時に別の魔法でリソースをしようとすると、軽い拒否反応が出てしまう。
本にも書いてあった通りだ。魔術師の最初の難関は、別の魔法を同時に使用することである。
何とかして目を開いたまま壁の裏を魔力探知しようとうんうん悩んでいたとき、私を呼ぶ声が聞こえた。
「メティ?起きてる?お友達が来ているわよ、一緒にお遣い行ってきなさい。」
お友達?それはすぐに行かなくては。
「今行く!」
急いで母の元へ行くと、小さな買い物籠と僅かなお金を渡され、「ももを買ってきなさい。帰ったら剝いてあげるわ。」とにこやかに言い渡される。
最近大きくなったせいか、こうしてお遣いに行くことが増えた。内容は簡単なもので、家事手伝いというよりは、私が引きこもっていることを気にして故かもしれない。
因みに勿論、お遣いは1人ではない。
「こんにちは~!メーティアいる?」
母に連れられて扉を開けると、私より1回り大きい女の子が立ちはだかる。この子はベディ。近所に住むお友達だ。
「ベディ、すぐそこにいるだろ。やあメーティア、今日もよろしくな。」
もう一人私よりも2回り大きい男の子が屈み、握手を求めてくる。手をつなげば、互いの手のアンバランスさが際立ち、それを隠すように男の子は私の手を包み込んだ。彼の名はバーディス、ベディの兄だ。
「メーティアをよろしくね、ベディ、バーディス。今日はももを買ってきて欲しいのよ。」
「はーいおばさん!メーティアは私達に任せて!」
自信たっぷりに胸に手を当てるベディに、バーディスは呆れたように首を振った。
「ベディはすぐどこかへ行こうとするからな、危ないったらありゃしない。3人で手をつないで離れないようにするぞ。」
「じゃあメーティアが真ん中ね!私達兄妹がしっかり守ってあげるからね!」
両手をそれぞれ握りしめられ、私たちはお遣いを果たすべく商店街へ向かった。後ろで「じゃあね~」と母が数回手を振り、目線だけで返事を返した。
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私たちが住む場所はベンカル王国というこの世界でそこそこ有力な国の城下町で、王都と呼ばれている。
王都は非常に治安が良く、昼間であれば子供達だけで出掛けても問題ない。何でも王都では魔法探知による治安維持が行われているらしい。詳しくは公表されていないが、実際ここまで平和を保つことは簡単でないだろう。初めて子供だけで出かけた時は感心してしまった。
「ねえねえメーティア、あれ何かな?凄くいい匂いするよね!」
「ベディ、あまり遠くに行ってはいけないよ。そもそも僕らだって買わなきゃいけないものがあるんだから。」
私の手をつないだままベディがどこかへ行こうとする。それを止めようとするバーディスが私の腕を軽く引く。綱引き状態だ。バーディスはともかく、ベディはぐいぐいと引っ張るものだから、自己強化を入れてなければそれなりに痛い。
いつ来ても活気のある市場だ。皆が買い込む早朝以外はそこまで混雑しているわけではないが、それでも手をつないでなければ迷子になる可能性がある。
「僕らは、牛乳と魚を買わなきゃ。メーティアは桃だったね。魚と牛乳は重いから、桃を先に買いに行くか。」
「へいらっしゃい!おや坊主共、お遣いか?偉いことだな!」
「おっちゃん、桃くれ。この子が食べるんだ、甘いやつをくれよ。金はこれで。」
「お嬢ちゃん、桃とは贅沢だねえ!ほいよ、10ゴールドだ。おまけにラズベリーでも一口食ってくか?そろそろ売れなくなって捨てるとこだ。」
果物屋の店長は桃を買い物籠に入れると、ついでと言わんばかりにラズベリーを一人一房渡してきた。それを口に放り込むと、随分熟していたのか、噛むまでもなく甘みが口に広がった。
「わー、やった!おじさん太っ腹~!」
「ん、これすげー甘いな。おっちゃんありがとな、また来るからよ。」
「あいよ、ごひいきにな!」
続けてべディとバーディスが頼まれたお遣いを達成すべく、魚屋と牛乳屋をそれぞれ回った。
彼らもまた感じよく、牛乳や魚は腐るといけないから、と氷を一緒に付けてくれた。氷の冷気が気持ちいい。
「よし、これでお遣い終了だな。氷が解けて魚が腐る前に早く帰るぞ。メーティア、転ぶなよ。桃が傷んじまうぞ。」
「わかってる、転びたくても転べないよ。両手ふさがってるんだもん。」
行きと同じく、私は二人にサンドイッチの具材の如く挟まれている。躓いても、転ぶ前に引き上げてくれるだろう。
今日はこの二人だけだったが、日によっては他の友達が一緒についてくることもある。この地域の子供達は皆顔見知りで、よく一緒に遊んだりお遣いに同行したり、関わることが多い。彼らの中でも私は一番小さく、周囲の子供達によく世話を焼かれている。
「メーティアはちっさいねえ、ちっさいのにお遣いに来て偉いねえ。」
「メーティアは賢いからな。どこかへ突然走って行ったりすることもないし、騒いだりすることもしない。誰かのようにな。」
「バーディス!私そんなんじゃない!ちょっと覗きに行くだけじゃない!」
この二人はいつ見ても言い合いをしている。仲のいい兄妹で微笑ましく、少し羨ましくもある。
私は一人っ子だから、自分の時間は沢山あるけれど、家で話し相手は両親しかいない。それでも十分愛を注いでもらっているし、そもそも私の中身はいい年をした大人であるため、寂しくはない。ただああいう人間関係は、前世の私にもなかった。実際いたらどうだろう、鬱陶しい時もあるのか?
幼子の人間関係に思いを馳せていると、突然ラッパの音が辺り全体に鳴り響く。何事かと我に返ると、いつも周囲を警戒していた兵士たちが歩き回り、通りの真ん中を開けるようにと叫んでいる。
鳴り響くラッパは次第に大きくなり、リズムに合わせて太鼓が追加された。周囲の人がサーっと道端へ避けていく。
「メーティア、脇に逸れるぞ!あの馬車は王族だ!」
振り返ると、通りの奥からたくさんの派手な兵士に囲まれた馬車が見える。白と金で飾られた大きな馬車、そして掲げられた旗に刻まれた紋章。あれは王族を示す紋章だ。
「シュルト殿下の御成だ!」
「殿下、お帰りなさいませ!」
馬車が近づくと周囲の人々はわっと騒めき、賛美の言葉を口にする。
「シュルト殿下って?」
「シュルト殿下を知らないの?シュルト殿下は第二王子様だよ、まだまだ幼いけどね。そうだね、メーティアと同い年だっけ?」
「そうだね、幼いけれど聡明な方だと聞いているよ。メーティアも見なよ、あの馬車の窓から姿が見えるかも。」
バーディスの言う通り馬車を見ようとするも、周囲の大人が背伸びしている中で幼子の目線が通るはずもない。ぴょんぴょんと跳ねていると、バーディスが私を抱え上げてくれた。
「あっメーティアずるい!私もだっこして!」
「ベディは重くて無理だよ。どうだいメーティア、見えるかい?」
バーディスも特別背が高いわけではないが、先程よりは良く見える。ゆっくりと動く馬車が私達の隣を通った瞬間、馬車の窓からちらりと眩しい金髪がなびいた。ほんの一瞬だけ、金髪の持ち主が窓の外へ顔を出した。
太陽に照らされる金色の髪と、どんな空よりも澄み切った瞳。
力強いラッパも観衆の騒めきも、その瞬間だけは聞こえない。
その一瞬だけ時が止まったようにすら思えるほど美しい人だった。
王子はすぐに顔を引っ込めたが、その一瞬でどれ程の人が引き込まれただろう。
観衆が一瞬で沸き立ち、騒めきは歓声へと変化した。男は帽子を取って振り回し、女は軽く跳ね回った。
このままでは迷子になりかねない。急いで私たちは大通りから脇に逸れ、別の道を通って帰ることにした。
「あれがシュルト殿下?多分見えたよ、凄く人気だね。」
「そうだろう、王子様に限らず、王族は皆人気なんだ。なんたって、この国のことを一番に考えてくれる人たちだからね。パパが言ってたけど、今の王様は貧しい人々が仕事に付けるように尽力してくれたんだって。」
「そうそう、しかも皆美形!王子様もかっこよかった?」
ベディがうっとりとした顔で聞いてくる。まさに夢見る乙女だ。
「かっこよかったよ、凄く。」
「やっぱり?私も王妃様を一回見たことがあるんだけどね、凄く美人だった!やっぱり王族の方々は私達とは違うのね!」
王族か。自分は平民だから、関わることのない人間だろう。
実際幼いながらも美しい人だったし、平民にもかなり人気であることが良く分かった。立憲主義で育った私の感覚に、王族と言う存在は馴染みが無い分、興味深い。
「さ、早く帰ろう。おばさんが心配するよ。」
籠の中身が減ったり崩れていないことを確認すると、3人とも歩みを早めて帰路につくのであった。
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