魔法学習
初めて話す言葉は「ママ」と「パパ」にした。
両親が揃っているときに一緒に言ってあげよう。
何か月も一緒に過ごしてみて、彼らが良い人たちだということはよく分かった。母親は常に私のことを気にかけてくれるし、父親も恐らく仕事の合間だろうに、作業着のまま頻繁に私のことを見に来る。
その度に私はにこっと軽く笑うのだが、両親はその度にちょっとオーバーな位喜ぶ。文字通り跳ねてどこか飛んでいきそうなくらいには。気持ちは分からなくはない。
実際初めて言葉を発した瞬間はとんでもなかった。
母は嬉しさの余り後ろに反り返り、そのまま倒れてしまうのではないかと焦ったほどだ。仏頂面に定評のある父は男前な顔が台無しになる程眉を八の字に下げ、口をパクパクさせていた。まあ、喜んでくれたようで何よりだ。
それから私はひたすら言葉の発声練習に勤しんだ。無口の期間を経て、物言う口の有難さを痛感した故だ。
自分の声で自分の意志が伝えられることがこれほど尊いものだったとは!転生してから驚くべき視点に何度気づかされたことか。赤子にとっては世界のすべてが新鮮だ。
声が出るようになってからは、毎日母親の話す言葉を真似して発音してみた。
最初は「あー」「うー」といった喃語しか出てこなかったが、次第に顔や舌の筋肉が発達してきたのか、音程と発音を変化できるように変化していった。
それからはもう、母や父が言う事一から十まで全てを真似るようにしている。
正直他の人から見れば、大分不気味だ。だってまだようやく立てるかどうかの存在が、ひたすら母親の言葉を真似しているのだ。
それも単語レベルではなく、文章レベルで話しているのだから。
しかし、母と言うものは、時に盲目的な生き物である。
「あらメティ、おしゃべりの練習?なんて上手なの!きっと天才に違いないわ!」
きゃっきゃと心底嬉しそうに私の頭を撫でまわす母に、怪しまれなくてよかったと胸をなでおろす。
母は自分の真似をする幼い娘が可愛くて仕方ないのだろう、様々な言葉を私に聞かせた。良い練習になる。
そうして、2歳を迎えるころには何とか日常会話なら成立しそうな程度の言語能力を手に入れた。実際に話すことは殆どなかったが。
これでようやく次のステップに進めるというものだ。
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話す聞くができるようになった後は、読み書きだ。
読み書きというのは、特に母国語を習得する時、発声でのコミュニケーションよりも集中して訓練に取り組まなければならない。
簡単な絵本は以前から母がよく読んでくれていた。言葉がほとんど書かれていない、絵がメインの本ばかりだ。
冊数はそれほど多くないから、同じ本を何度も何度も読み聞かされた。その度に母の読み聞かせ技術が上がっていったものだから、面白くて何度もリクエストしてしまった。最終的には映画の女優か?と思うほどに演技が上手かったと思うのは、親バカならぬ子バカだろうか。
さて、その読み聞かせで分かったことが多くある。
まず、この世界の文字は表音文字だ。文字を幾つか組み合わせて言葉の発音を表す文字で、覚えなければならない文字数は決まっている。
これが分かった時、少し安堵した。表意文字であったならば、難しい本を読むためには、何千種類ものの文字を覚えるのにどう頑張っても何年もかかっていただろう。表音文字なら、例え意味が分からなくとも辞書で簡単に調べられるし、何とか読み飛ばすこともできる。
更に、度重なる母の演劇により、どの文字がどの発音に当てはまるかは大分分かってきた。最低限識字可能な親を持ったことは、幸運であっただろう。
以前家の中を歩く練習がてらあちこち動き回っていた時、父親の部屋に本棚があるのを見つけた。私の絵本とは違い、分厚い本がいくつもきっちりと並べられており、タイトルにも分からない単語が使われていた。専門書のようなものだろうか、日常会話では使用しない単語が使用されていた。
ただ、魔法関連であることは確かだ。何冊か本をペラペラと流し見した時、挿絵に魔法陣のようなものが描かれていた。あれはきっと魔法に関係する何かに違いない。ああいう形状の模様はゲームの中くらいでしか見たことがないからだ。
両親が本を読んでいる所は見たことがない。母は絵本を読んでくれるくらいだから、きっと文字が読めないわけではないだろう。それでもここの本を自ら読むことは無いし、一度ここの本を母に持って行ったら、
「メティ、その本は難しいわ。一緒にこっちの絵本を読みましょう?」
と断られてしまった。それはそうかもしれない。未就学児にこんな分厚い本を読み聞かせる親はいない。
父も同じだ。父の部屋にあったのだからと父に本を持って行けば、
「お前にはこの本は早すぎる。」
と戻すように言われてしまった。
つまり、この本を読みたいのであれば、二人の助けなく、自力で何とか読むしかないということだ。
それでずっと絵本を読み、文字の解析していたわけだ。
しかしようやく、挑戦できるようになった。
いつも通り母の目を盗み、二階へ上がると父の部屋へ向かう。実はこの二階へ上がるという行程がとんでもなく難しかったりする。ただでさえ体が小さくて上り辛いのに、万一怪我でもしてしまったら両親はショックの余りぶっ倒れてしまうに違いない。そう言ったことを考えると、ゆっくりと歩みを進めるしかない。
父の部屋に入ると、いつも通り小さい本棚に所狭しと本が並べてある。
その中でも、1つの本を手に取った。
分厚い本が多くある中、一番薄い本。タイトルは『魔法学の歴史と基礎』。
更に、棚の一番下に鎮座してある巨大な辞書を取り出し、隣に並べる。
これで準備は完了だ。
パラリとページをめくり、本を読み進めていく。分からない単語は見つけ次第、1つ1つ辞書で丁寧に調べていく。辞書の調べ方も簡単だ、日本語辞書や英語辞書で調べるのと同じことをすればよい。
そうして読み進めるうちに、この世界の魔法について輪郭がはっきりし始めた。
『まず、この世界における魔法と言うのは、魔力が起こす非科学的な事象全般のことであり、ある程度知能のある生き物は強弱あれど大体使うことができる。
特に人間において、魔法は人間が精神力を魔力に変換して使用できるらしい。魔法を使用すると、炎や風と言ったエネルギー体だけでなく、水や土と言った物質を創造することも出来る。
このような魔力を主として戦う人間のことを、魔術師と呼ぶ。』
これは素晴らしい、まさに夢のような力ではないか。
そう歓喜したが、これにはどうやら代償が伴うようだ。
『先程述べた精神力というのは人が何かを為そうとするときに発生する意思のようなものであり、その精神力こそが魔力の根元になるらしい。
より純度の高い意志力は威力の高い魔法を生み出す力となるし、その精神を保ち続ける維持力は使用できる魔力の総量を増やす。
逆に言えば、意思なく起動する魔法は弱く、諦めてしまえばそこで魔力は枯渇してしまう。精神と直結した力である。』
また、魔力を使い続けると精神力が削れてしまい、疲弊してしまうらしい。これは体力に近いものがある。筋肉を使い続ければ疲弊して、いずれ動かなくなってしまうだろう。
精神力というものが実際にエネルギーとして発現する感覚がない私にとって眉唾ものであるが、中々に興味深い。早く実際に試してみたいものである。
だが、焦りは禁物だ。より知識を得る必要がある。
どうやれば魔法を使えるようになるのか?その答えは少し先のページに書いてあった。
魔法は使いたい力を想像し、どのような形、或いはどのような働きをするか強くイメージすればよい。そうすれば、魂が意思を魔力に変換し、体内で充満させて魔法が実現するとのこと。
イメージだけでそんな簡単に魔法が使えるのか?と半信半疑で試しに風を想像してみる。
そんなに大きくなくていい、小さい風が髪を揺らす程度に、指先から空気が流れるような感じで...
そうやってイメージすると、突然頭の中心が熱くなり、何かスイッチを入れるような、実体のない見えない力が実態あるものに置き換わるような、そんな感覚に襲われた。慣れない感覚に思わず背筋がぞわりとするが、一度発生した魔力は止められない要で、その熱は一瞬で大きく膨らんだ後、指先へと移動する。
次の瞬間、ボッと小さな音と共に風が私の髪を巻き上げた。
初めて見る現象にぽかんとし、まじまじと指先を見つめる。特に指先に変化はない。
風が幻なんかではなく本物であったことは、私の崩れた髪が物語っている。
一瞬遅れて歓喜の感情が湧き上がり、体が小刻みに震える。これが魔法というものか。
初めて使用したので上手く使えるか不安であったが、案外簡単にできてしまった。というか、身体が勝手に動いていた。
人間が違和感なく糖を消費して筋肉を動かすように、暑いときには発汗するように、お腹が空いたら食べ物を口にするように、本能に導かれていた。
魔法を使うのがこの世界にとっての人間として当然のように。
ただ、書かれていた通り少し頭が疲れた気がする。長時間勉強した時のような、少し眩暈のするような疲れが明らかに出ていた。
使用した魔法が小さいものだったせいか、何とか本を読み進められそうな程度の疲れではある。疲れ切ってしまう前にもう少し読み進めておかねば。
未だバクバクと鳴る心臓を宥め、再び本の続きへ目を落とす。次は、魔法使用の危険性についてだ。しまった、迂闊に試す前にここを読むべきだったか?
『魔法は基本的に自分の精神力の限界を超えて使うことはできず、最終的には頭痛や熱で頭が働かなくなったり、気絶してしまうこともある。時間をかけて休めば精神は回復するので、無理せず使用することが大切だ。
一方で、タガが外れてしまい、気絶してもなお堅い意志を持ち続け精神力を酷使し続けた者も歴史上少数ながら存在し、そういった人の末路は悲惨なものだった。ある者は発狂して自らの体をえぐり取り、ある者は正気を失い廃人のようになってしまった。魔法を使用する者は常に自分の限界を把握しておくことが大切である。』
何とも恐ろしい。先ほど大分適当に魔法を発動したが、規模の大きいものを発動しようとしていたらどうなっていたのだろう。熱や頭痛を出して倒れてしまったらどれ程両親が心配するか。
やはり魔法の練習は座学が終わるまでやめるべきか?いや、練習する方法があるのでは?
『魔法の使用にはリスクが伴う一方で、何度も練習することで効率よく精神力を魔力に変換できるようになる。また、強い意志を持ち続けられるような訓練も有効だ。』
なるほど、訓練すれば成長してより多くの魔力を使えるようになるらしい。
それなら早くから練習を始めたほうが良さそうだ。幸い練習方法は次の章に載っている。
「メティ?何してるの、ご飯よ~。」
母親が探している声がする。今日はここまでだ。
本を素早く閉じ、元の場所に戻しておく。また明日読もう。
「今行く!」
ひっくり返って頭を打たないように、転んで骨を折らないように、ゆっくりと立ち上がり、覚束ない足取りで母の元へと戻る。
今日のご飯は何だろうか。フルーツがいいな。
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