第13話 圧搾寄生弾体《ヤドリギ》

2b.1

 アスカはキノたちがやってくると、二人の新たに手懐けたモンスターらを見て、驚きと笑みを浮かべる。

「カリンちゃん、そいつはスタンピードの群れのなかから契約したのかい?」

「はい!

 ミユキさんが手伝ってくれて」

「高レベル帯の調教契約は危険度が高まる、まったく無理はしなくていいんだぞ。

 それでもよくやったな、きみたち」

「アスカさん」

 キノの顔は険しい。

「なにをするつもりですか、圧搾寄生弾体ヤドリギって」

 アスカはそれを聞かれることを読んではいたものの、静かに嘆息した。

「ミユキもきみも、そんなに俺があれを使うのがイヤか」

 槍を携え戻ってきたカレンに対しても、相変わらず苦い顔を作っている。

 息の浅いながら、彼女ははっきりと叫ぶ。

「当たり前でしょ!?

 前使ったときに倒れたのは聞いてるんだから!」

(それは絶対に、穏やかじゃないな)

 きっとそれを、一番間近で見ていたのはミユキのはずだ。

 だからレイド級変異種が現れたなら、あんな切迫した顔で前へ出ているのか。

「倒れるようなリスクって、いったいなんなんです、アスカさん」

「きみたちには関係ない。

 自分の身を守ることに集中していろ、死にたいのか」

「アスカさん。

 はっきり言って、そういうものなら、俺は使うべきじゃないと想います。

 ヘリオポリスの人たちに任せましょう」

「その話は周回遅れだ、きみはレイド級の厄介さを経験していない」

(やはり俺程度の言葉じゃ、弱いか)

 直感では彼にそれを使わせるべきでない警鐘が鳴っている。

「俺個人の負担程度で、他のプレイヤーの死亡率を下げられるなら、それに越したことはない。

 きっといつか誰かは、ゲームのクリアへたどり着く。

 俺はまだ、諦めてないよ」

 だめだ、これは。止める理由がなくなる。

 この人たちは死屍累々と重なってきた、脱落者たちの経験と怨念を負っている、それが直感としてわかってしまう。その言葉には確かな圧があったから。

(言葉に嘘はない、なのにどうして――こんなにも死に場所を求めて聞こえるんだ?)



「……損な性格してますよね」

 ネーネリアが圧搾寄生弾体の待機状態へ入ったアスカを見てぼやく。

「ネーネリアやミユキさんは止めないの?」

「私たちの言葉で止まるなら、とっくにそうしてます。

 アスカさんは普段はヒルアンドンなくせして、こういうときやたら頭の回転早いんです、正論をぶつけてくるからおバカな私や自称口下手なミユキさんでは、説得力に欠けるというか……それに、止めたら誰かが代わりに負担しなきゃならないのは事実なんですよね。

 そもそも個人で対処するようなものでもない、あれは獣の姿をした天災です」

「――」

 キノは黙って、アスカの行動を見守っている。

(見届けて、俺になにができる?

 いいや、そんなことは一先ずいい。あれが使徒級、あのひとが堕とし侍らせた眷属)


 禍々しい黒鉄の怪鳥、それがアスカの痩身に取り付き、寄生しているかのようだ。

圧搾寄生弾体あっさくきせいだんたい、装填」

 パイルドライバーの中核に種のようなものが現れ、シリンダー状の機構が揺れる。


「ターゲットロック、投射体勢を確立、受動緩衝機構待機――格子マテリアル内圧縮率カウント」


 弾体の格子マテリアル、パーセント表記された圧縮率の100に到達すると、いよいよ引き金が引かれた。


「“shoot & vacuum”」


 種が射出されるとともに、それは根のようなものを拡大して弾道の尾に引きながら、全長30メートル近いライトニングサラマンダーの脇腹へと喰らいついた。

 奇怪なの断末魔とともに、周囲の音が歪曲して不快をあたりに撒き散らす。

 着弾点から弾道の軌跡を何かの荒々しい光が逆流した。

(なんなんだ、あれは――)

 アスカは身体を揺らすも、光と弾道の作る渦中へと取り込まれてしまう。

「くそ!」「キノ!?」「キノさん!」

 キノは彼の元へ駆け出し、案じたカリンたちが口々に叫ぶ。

 着弾を確認した直後、出張っていたミユキとカレンもまた戻ってくるが、渦に弾かれる。

「やはりダメなの!?」「なぜ彼は進んでる? まさか」

(理屈はわからないけど、拌契約紋を解放しているものだけが、あの中を進めるとしたら)

「ミユキ、私が行く、行かせて」「――」

 そう述べたとき、ミユキは驚いていたが、カレンにならなにかわかるのだろうことも、察している。

 だが……いい顔はしなかった。

「あの人の従者は私だ。

 どうして逃げたくせに、いまさら引っ掻き回して、あの人を苦しめるの」

「ミユ」「どうしてあの人は、いつもあなたを選ぶの?」

「――」「行ってよ、カレン。私では結局、あの人を止められなかった」


*


 キノは渦中でおかしなものを見た。

(これは、龍の五感、記憶……そしてあの人の?)

「アスカさん、いるんでしょう!?

 なにをやって――」

 声をかけるまでもなく、目の前にいた。右腕を射出体勢で掲げたまま、心ここに在らずという虚ろに見開いて、

(これが代償ってことかよ、くそ!)

 キノですら膝をついた。視界に都合のいいものだけが見えるわけではない、これは情報の奔流なのだ、濁流とさえ言える。こんな流れに身を置かなければ、成立しない技だと言うのなら、ステータスに表記がないのも、アスカが語らないのも頷けた。

 しかしこんなものを濫用すれば、人の心はいつか壊れてしまう。

「ダメだよアスカさん、これは人の手に余る力だ」

「……うるさい、人の思考にッ、割り込むな、ばか」

「バカとはなんですか!」

 アスカからすれば、混濁する意識の中で余計な処理の負荷をかけているのが、キノにほかならない。

 はっきり言って邪魔だ。ライトニングサラマンダーのだろう巨龍の五感、視界や匂いといった、人間の矮小な身体では本来到底知覚できない感性を強引に拡大され、自己というものをすでに見失いかけている。

 なのに名前を呼ばれて――まだ俺なんかを生き地獄へ繋ぎ止めようとするんだド阿呆が。

 左腕が直後、キノの胸を突き飛ばす。

「なにすん――」「ごァ、ぐ、ォ」「!?」

 身体中へ激痛が巡り、キノは悶絶する。

(あの中心、情報密度が数段跳ね上がって――俺を巻き込まないために、だからって)

「……人間を捨ててまでやることですか!」

「アスカ!」

 カレンが遅れて入ってきて、アスカたちは振り向いた。

 キノは彼女が前に出るのを制する。

「ダメです、あそこに踏み込んだら人間は壊れる!

 もう元に戻れない!」「けど!?」


 唐突に音と奔流が収まる。

 アスカの周りから、弾体の生んだ事象が引いてーー完了してしまったことの、痛いほどわかってしまった。アスカはふらつくも、なんとか立って息をしている。


「なんなんですか、あなたは。

 こんなバケモノに魂を売って!」

「キノくん、やめて……私たちでは、ライトニングサラマンダーを倒せなかった。

 それが全てだ」

 カレンはアスカの元へ駆け寄って、その肩を抱いた。

「痛みを分かつこともできないなんて、そんなのイヤだよ、きみは」

「カレン……なのか」

 彼の目は焦点があっていない。

 彼は彼女の顎に指を這わせるが、釈然としていないようだ。

「どうしたの、アスカ」「そこにいるんだよな」

「そう言ってるじゃな――アスカ、見えてる?」

「――、どうやってやるんだっけ」

 実質的な失明宣言だ。

 ミユキたちは背後でいたたまれない顔を作っている。

「ミユキ、これは初めてのケースだよね?」

「はず、これまで隠せてたとも思えないし……」

 カリンは嘆息して、アスカの頬を叩く。

「なんでか、わかる?」

 アスカは首を横に振る。

「……いや、そうだよね。

 廃人の面倒なんて誰も見たくないよね、こうなる前に潔く死んでおくべきだったか」

「どうしてそんなこともわからなくなってるの!?」

 彼の胸倉を掴んで揺さぶる。

「いや、俺は元々こんなだよ。

 価値がなければいつもそこにはいられない、それだけなんだ……きみらはそうじゃないかもしらんが、悪いけど」

 現場にいた一堂、それを聞いて戦慄した。

 キノはひとつだけ、はっきりとわかってしまう。

(ダメだ、この人はヤドリギなんか使うまでもなく、最初から人間として壊れてる。

 前から合理性でしかものを見ないところがあったが、こんなのは行き過ぎてるだろ――)

 どうしたらそんな哀しい考えしかできなくなるんだ?

 攻略の第一線にいる輩が、人間性や品位に著しく欠いていたりはゲーマーならそうおかしなことではない、だがアスカのそれは、自身の存在意義に大きく依り過ぎている。

 キノは話を変えることにした。

「……もういいです、後処理行きましょう。

 ライトニングサラマンダーの素材ドロップ、あるんですよね。

 ほら、殆どアスカさんの取り分でしょうけど」


 カレンに肩を支えられながら、アスカは移動を始めた。

 足取りは意外にもしっかりしているのだが、

(痛みに慣れすぎている。見えないことにも、まったく恐怖していない)

 彼女にはアスカの横顔がひどく憔悴して見える。

「ありがとう、肩貸してくれて」「外してやろうか」

「――、ごめん、すぐ回復するはずだから」

「どうしてこうなるって言ってくれなかったの?

 ステータスを隠してた?」

「主観的な問題だと想ってた、スキルの仕様は公表してる通りだ。

 記載としては、失明なんてないんだし」

「直後の昏睡や気絶もでしょ?

 今は動けてても」

(するとメンタル的な部分に現れるのか、アバター制御そのものには本当に問題がないとしたら、脳に負荷が蓄積し過ぎたと考えるべきでしょうけど……どうしてそんな肝心のことを、システムが案内しないのよ)

 いや、半分くらい答えはわかっている。契約紋を始めとしたゲームシステム、ゲームのためのコンソールだったはずのこれらすべて、そもそもおそらくが『人間のために用意されたツールではない』から。これまではただ分かり易くそう表示してきただけで、技術としてのできることやアバター制御は問題なかろうと、本来疲弊するはずの人間の脳に過負荷をかける情報交換は、それそのものをシステムはアバターや人体への害としてみなしていない。

 加えて、我々をこの世界へ閉じ込めたVRデバイス端末と、消失した現実の身体の在り処は未だわかっておらず、つまり、我々は我々の主体となる世界におらず、運営にシステムとして、ゲーム内生態系の生存競争枠組みへ取り込まれてしまっている。……ずっと、アスカの言っていたことだ。

「でも現にそうなってる。あの時と同じだ、タリスマンできみがプレイヤーを返り討ちにしたときの」

「はぁなるほど、今になって我が身に跳ね返ってきたかぁ」「――」

 その際アスカは、非戦闘エリアでミユキのユニスライムを利用し、二人のプレイヤーへ解体スキルで再起不能なトラウマを与えた。自衛上の都合というのはあったのだけれど、振り返って当時のまともな反省どころか、緊張感が伴わない。

(ダメだ、感情が欠落してる。今叱ったところで、なにも届かない、生返事が返ってくるだけ)

「……カレン、今でもヘリオポリスだけでレイド級変異種を無傷で倒せたと想うか?」

「そうすべきじゃあった、でも――レイド級も変異種も初めてでないし、前はそれで犠牲者が出てる。

 さっきの雷撃防壁で、前線へ出ていたモンスター、六割がやられた。これがプレイヤーでなかったのは、“奇跡的”だね。

 火力も心もとなければ、ほかに手はなかったよ、きみは身を削ってまでやってのけた、それでも」

「お互いの尽力を否定しない、それだけのことが難しいよな、本当に」


 スタンピードの収まると、鎮静したレイヨウの群れは元の洞窟へ向かって去っていく。

 ヤドリギを喰らってのち、ライトニングサラマンダーの骸はその場に横たわっていた。

(一撃でレイド級変異種の残るHPを喰らい尽くした、レイド級を始めとした巨体はそれだけで耐久値が理不尽なほど高いのに、災鴉の攻撃はまるでそれを無視している。

 そういえば纒を使う前にも時々放って攻撃させてたの見えたけど)

「キノくん、気になっているようだな」「え?」

 まだ彼の目は見えていないはずだ。

「見えもしないくせ、ひとの機微に疎いのか聡いのか、せめてどっちかにしたらどうです。

 気持ち悪いですよ?」

 アスカはお構いなしの説明を続ける。

「使徒級の放つ攻撃は【使徒の祝福】のアビリティのおかげで、向こうの耐久値を無視して固定ダメージが生じる。並のモンスターアタッカーのスキル攻撃で0.02パーセントしか削れなくとも、いまの災鴉なら通常攻撃で小さくとも必ず0.2パーセントのダメージは入っているはずだ。もっともそれだけで削れるようなものじゃないけどな、あれは。

 移動の際に地形そのものを変質させ、敵対するものすべてを阻む環境を確立する、それがレイド級変異種の厄介なところだ、必ず戦略単位の対応をプレイヤー側は求められる」

「あれだけ大型なら、対応が遅れればそれだけ面倒ってことですか」

「土地の荒廃は特に厄介だ、農耕地帯になんか現れたりしたら、そちらはそちらで収穫量や自給率にもろ差し障る。

 直接の死人より、あとの経営に長々と尾を引くんだ、だから俺たちはあれにインフラを破壊させるわけにいかない」

「――使徒級を、俺が侍らせることって、できますか。

 ヤドリギなんて使うの、絶対にごめんですけど」

「いいんじゃないか、そうでなくとも強いのは事実だし。

 長い目で見るならわからない、ただ今すぐには無理だな。

 使徒級の出現や襲来自体がイカロスの際に一度だけ、あれだって偶発のイレギュラーみたいなものだし、まったく同じ状況を再現しても、犠牲に欲が釣り合わない。あれはこの世界の禁忌タブーなんだと想う。

 願うだけなら勝手だが、くれぐれも慎重にな、いいことばかりじゃない。

 ……あぁ、それと。攻撃力は申し分ないが、使徒級の扱うスキルやアビリティの大抵は、古代モンスターなんかから怒りを買うから……奴らの天敵ってことは、向こうもこちらを排除しようって抑止に動くわけだからね、特に力のあるものは。

 小規模な発動なら問題ないことも殆どだが、近くにレイド級が寝てると今度みたいなこともある」

「?」

 まるでアスカがこの事態を巻き起こしたような口ぶり――実際そうなのだが、キノがそれを正確に理解するまで、もうしばらく時間が必要だった。

「ところでアスカさん、さっき見たもの」

 あなたの記憶のなかに、気になるものが……それをキノが言い渋るうちのことだった。


 ライトニングサラマンダーの骸に立つカドクラの関心は、ヤドリギの使用や彼に戦功を奪われたことにない。だが今度の戦闘、彼の中で始末屋『三条アスカ』へ対する不信感を決定的なものにするには、充分以上だった。

「このが」

 アスカがカレンの肩から離れ、自立したところへやってきて、彼の胸倉を掴む。

「お前はいったい何者だ……?」「!」「カドクラさん、なにをしてるんです!?」

 現場の皆が気色立つ。アスカは男の顔を見えていないにも関わらず、落ち着きを喪うことのなかった。

 カレンたちを手で制する。

「カドクラさんか、どうした、いまさらになって」

 マリエも現着し、異変に気づくや近づいてきた。

「なにをやっているの!?」

「こいつの化けの皮を剥いでやる!

 お前なんかがあの『三条亜寿佳』くんであるはずがないんだ!」

 みな、カドクラの唐突に憤る意味がわからない。いや、一人だけは自覚していた。

 始末屋と呼ばれてきた少年のそのひとだ。

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