第12話 発動待機
2a.4
アスカは自分にぎりぎりまで言い聞かせている。
(マリエさんたちの防衛戦略そのものは間違っていない。
遅かれ早かれレイド級への対策をできなければ、変異種とスタンピードで必ず狙われる、人里に置いている拠点やインフラ設備類が破壊されるのは手痛い……けどなぁ、さっきから火力に決定打が殆どないんだ。
なぜカドクラは黄道級のパッシブスキルを教えてやったのに、さっさと使おうとしない?)
のちにほかの毒球投射スキルなんかをいたずら連射しているうちMPを早々に枯らしてしまったことが判明するが、とかく部隊長殿はまったく役に立たなかった。
「カレン、半端な削り方ではそろそろ外堀まで押し出されるぞ。
あれの咆哮など、一発でも使わせてみろ。それにHPが残り五割を切ったところで、あの手合いは必ず凶暴化してステータスの跳ね上がる。長引くほどにみんな不利だ」
「それでもきみに、ヤドリギは使わせない、私が!」
決意が固かろうと、ステータスが総てだ。カレンもそれを痛いほどよくわかっているはずなので、今更野暮なことは言わない。
(結局、大勢はカレイドたちの思惑通りだろう。
それ自体は構わないが――ヤドリギとクールタイムにすぐ動くのに必要なMPは残すとして)
ギリギリまで、ヘリオポリスの攻略者たちの援護に徹している。
彼らに強力なモンスターとの戦闘経験を培いたいのもまた事実、かといってなにかあれば簡単に人は死ぬ、ここはそういう環境だ。
「タイムリミットは、ライトニングサラマンダーの範囲攻撃スキルの射程が街の外堀へ到達し、それでもやつのHPが半分を切らなかったときだ。
そうなった場合、俺は迷わず
「そんなみっともないことはしないよ、みんな総出でやってる、外堀に到達する前に、私たちで必ず倒すから。
マリエさんのゴゥレムマスターがあれば、レイド級だろうと足を止めて袋叩きにできる。
もうちょっとだけでいい、仲間を信じて。
きみにはミユキだっているんだ」
「――」
アスカはなにも語らず、カレンと周辺のプレイヤーらに範囲バフを可能な限りの配分で施していく。
「皆さん、行きますよ!
暫定指揮は私が!」
カドクラがMPを使い切って一時後退、すると彼のそれまで持っていた指揮系統はカレンへと移行した。
(アスカの言っていた条件は妥当だろうけど、とにかくヤドリギだけは絶対にいけない。
あれを使えば、きっとアスカは壊れてしまう)
カレンは現場に立ち会えたことのなかったが、ミユキから訴えられた使用後の彼の変調について、非常に危惧している。
(普段殆ど他人へ関心を持たないあの子が言う時点で、それは相当なんだよ)
「私は陣地形成に集中せざるをえないけど、やはり指揮をカレンに任せてから、みんな一気に動きがいい。
カドクラさんは基本に忠実だけど、やはりデスクワーク特化型か……致命的な失態をしてないから、まだマシっちゃそうだが」
彼が黄道級捕獲クエストを完遂するまで、部隊を組んでいた多くのプレイヤーは、うち二人は死に、残りは黙って離れていった。彼は善良だが、手段の硬直ぶりには人事やマリエ自身に対して頻繁に苦情が舞い込むほどだ。
(それでも責任感があるだけ、大半の軽薄なゲーマーたちよりは組織運用上マシなのよね)
あれ未満の人材など、それこそどこにでも湧いてくるのだから。
しかしライトニングサラマンダーのHPゲージが残り四割へ差しかかったとき、凶暴化ともまた異なるアビリティが展開されてしまった。
「雷の、防壁――領域に入ってはいけない!!?」
それまでサラマンダーの表皮鱗へ取り付いていた小型の使役モンスターらが、一気に身体の内側から破裂して霧散した。
「なっ」「なんなんだよアレは!!?」「うちのリザードマンまで」「畜生、上限解放したばかりなのに!」「モンスターみんな即死か?」
例外的に大ダメージを蒙りながら、なんとかHPの残存しているモンスターは数匹。
(あそこに人間がいたら、ほんとうにひとたまりもない。
雷撃系は領域内の当たり判定がランダムなうえに広すぎる!
前にどっかの浮島で古代遺跡を攻略しようとしたときも、そういう防衛装置でプレイヤーが四人くらいまとめて焼死したが……)
アスカは苦い顔をした。
「くそ、嫌なこと思い出す」
カレンの号令のおかげで、近くにいたミユキも間一髪難を逃れている。
元々プレイヤーは全員テイマーであるからして、予備動作さえわかっていればアビリティとはいえ大型種の攻撃モーションは読みやすいし、それらの回避こそがプレイヤーたちの本格的な生命線なのだ。
(大型モンスターの体表なんて、どこ取り付いてもリスクの塊だが)
「雷耐性を持つ残存ユニットたちで陣容を立て直して!」
「それじゃ、足らない」
アスカがいよいよ彼女の前へ出た。
「待って!」
「ダメだ、あれはアビリティだ、見たとこ織り交ぜた属性別攻撃でも、生半可なものはすべて流されてる、あれの防壁に消失までの待機時間はそういう概念からしてない、あったとしても、すでに外堀へ近付きすぎている。
切れるのを待つには長すぎる、隙がないなら、より貫通力に優れた、渾身の一撃しかない」
「それでも!」
「カレン!」
アスカはすでに災鴉の纒を発動し、右腕に嘴の異形を翳すパイルドライバーを展開していた。
「ミユキも間に合わなかった」「使ってはダメ!」
「凶暴化と雷撃防壁、数は減らしたと言え、スタンピードの残存エネミーがすでに後方部隊と接触している!
これ以上もたついたら誰かが死ぬんだ、きみたちの仲間なんだぞ!!?」
「――、――ごめん、なさい、私の力が、また足りてない」
「いいんだ、カレン、俺の方こそすまない。
これまでに現れたレイド級たちですら、あんな高密度な防壁をアビリティで発現させた試しはない。
まだ輩の情報が足りてなかったのに、あれを迂闊に目覚めさせてしまった、俺の責任だから」
*
話は数分前に遡る。
「ミユキさんはああ言ってたけど、アスカさんはいったい何をする気なんだ」
ミユキはすっかりライトニングサラマンダーへかかりきり、ネーネリアとキノたちは大した火力も持たなければアスカの元まで後退を余儀なくされていた。
それにはネーネリアが答える。
「アスカさんは以前に二度、私の命を助けてくれたんです」
「一度はパーティーが壊滅したときだっけ?」
「それより以前、私が冒険者になろうと決めたのは、あのひとたちがイカロスと呼ぶ作戦で、天使を堕としたあのときです」
「!」
「それから何度も、アスカさんは
レイド級変異種すら一撃で屠る、人従一体型のパッシブスキル、纒を換装したときだけ扱える」
「でもみんないい顔をしないってことは、なにかデメリットでもあるのか?」
「それが、わからないんですよ」「わからない?」
「“ステータス略取”、それがヤドリギの付帯効果です、ほかにもいくつかあるようですけど。
アスカさんはスキルの仕様について疑問があればすぐ答えてくれるひとです、ミユキさんへそれの共有を欠かすことも考えにくい」
「つまりどういう?」
「スキルそのものに直接的なデメリットはないと、あの人は断じています。
嘘をついているというより、含むところがあるのを否めないというか……」
「どうしてネーネリアはそう考えるの?」
カリンが聞いた。
「ヤドリギを使用するたび、あの人は直後から様子がおかしくなるんです」
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