第14話 三条アスカとは誰だったのか?
2b.2
アスカと――そう呼ばれてきた少年の疲弊は、ピークに達していた。
「この紛い物が」
あまり愉快でない相手から、胸倉掴まれている。
「お前なんかがあの三条亜寿佳くんであるはずがないんだ!」
なるほど、今日はとことんついていないらしい、あるいは……過去が執拗に、俺を追ってくる。
最初は吹き出すように、やがて彼は哄笑していた。
マリエさんたちは突然のことに困惑しているようだけど、まずカドクラを見咎めた。
「カドクラさん、やめてください。
彼のおかげで我々は犠牲を出さずにあれを倒せた」
「よしましょうマリエさん。
カドクラさんが言っているのは、そもそもそういうことじゃあないんですよ」
「……アスカくん」
「質問を質問で返して悪いんだけどさ、カドクラさん。
ひとつだけ確認させてもらっても?」
カドクラはへらりと笑うアスカの心境がまったく読めずに苦い顔をして、黙りこくる。
「あなたには、
考えてみればおかしいことだらけだよ、会ったばかりだというのに、いきなり突っかかってくるんだし、あんたが逆上するだけの理由がないほうがおかしい。
最初はてっきりあんたがいよいよ更年期かなにか差しかかったかなとも想ったけど、普段のあなたの器を人から聞くぶんには、無能なり義理を果たす人だというのも、おおよそ知っている、で、だ。
それがあんたが納得する答えかはわからない、だがおそらく俺はあんたの言うところの三条亜寿佳を知っているし、俺が使っているのは『彼の名前』だよ」
「!」
カドクラは愕然となり、反射的にアスカを突き飛ばす。
「奪ったのか、三条くんの名前をッ!
始末屋などというふざけた汚名で、今なお彼の名に泥を塗っている!
あんなに誠実で、優しかった彼を――お前なんかが!」
「待って!」
カレンが間に身を割って入り、ミユキがさらにその前へ出てカドクラの顎を足蹴にした。
アスカは視力も回復していないなら、突き飛ばされたさきでぼんやりしている。
「ミユキも、抑えて!
今なにかやったら、アスカに不利だ!」「――、なんなのこのクズは?」
ミユキは殺意を隠さず吐き捨てる。
カドクラは彼女に蹴倒されたことに納得いっていない。
「私は正しいものをあるべきところへ戻そうとしているだけだ、邪魔をしないでくれたまえ!」
ミユキはユニスライムを纒で換装し、さっさと彼の片腕を【解体】で斬り落とす。
痛みもなければダメージも発生しないが、萎縮させるには充分だ。
マリエが諌めに来た。
「だとしても力に訴えるのは下策です。
彼はあなたと対話するつもりでしたよ、アスカくん、無事?
ちょっと、あなたまさか、見えてないの?
立てる?」
「いえ、なんとか」
マリエはここで初めてアスカの失明に気づくも、アスカ自身はひとりで起き上がる。
「……どういうことだ?
プレイヤーアバターの顔は現実のそれをスキャンしたものが反映し拡張される。
だがお前の顔は、彼とは似ても似つかない」
「慌てなくても話してやるさ。
ただそのときは、それこそ彼の家門の名誉が天秤にかかることになるが」
「なに?」
「俺は三条亜寿佳の名を奪ったんじゃない、押し付けられただけだ。
俺が家へ招かれたとき、あんたの知ってる亜寿佳くんはすでに故人だった。
ただ一人の嫡男だったこともあって、彼が死ぬと家が途絶える――云うて傍系だったけど、父親が世継ぎに執着したんだよ。亜寿佳くんの死んだ時点でそのひとはもう不能で、いっそ血は繋がってなくていいからと、東南アジアの闇市場へ手を出した。
彼の戸籍を手にする代わり、彼の事故死を隠蔽し、日系人の俺はあの家に縛られた。
そんなやつに選択の余地なんてほかにあったと?」
「人身売買……そんな、本当なの?」
マリエはすぐに察した。ヘリオポリスのプレイヤーたちもそれを聞いて愕然としている。
アスカは肩を竦めた。
「よりにも日本で法治国家で、里子ですらなく金で人を買う。
俺にはそのあたり感覚の薄かったけど、一応マズいのはそうですから。
まぁカドクラさんにばらされちゃったわけですが」
「じゃあアスカくん……するとあなたはいったい『誰』なの?」
「知りたいんですか、プレイヤーネーム『アスカ』を騙る別人、では足りないというならそれでもいいですよ。俺はまがりなりにも拾ってくれた家の義理に報いたかったんですが、いまさら気にしてどうなるでもありませんし」
「いえ、……やめとくわ。
誰も幸せにならないもの」
カドクラが言う。
「信じるんですか、やつの言葉を!?」
「彼とてあなたにそんなことを詰められるとは想っていなかったでしょう、予め用意していた答えでもない、自分や周りが不利になりうる嘘を吐く理由はすくなくとも私には見受けない。
皆さんはどうでしょう?
プレイヤー『アスカ』は始末屋である以前に、いちプレイヤーとしてヘリオポリスの作戦に協力を惜しまず、これまで身を尽くしてくれました、そんな彼の行動を見知っているあなたがたは」
ヘリオポリスのプレイヤーたちは、聯合に睨まれているアスカの行動を快く想っていないものもまた多い、しかし彼の出自がこのように明かされた今、頭に血が上ったカドクラと腹を割ったアスカとならば――、やがてひとりのプレイヤーの少女が皮切りだった。
「私は――ギルマスとカレンさんが信じてきた、そのひとを信じたいです。
レイド級変異種相手に身を削って、もうぼろぼろじゃありませんか、なのに、疑うだなんて」
「私もだ、彼は一度として前線から無責任に逃げるようなことをしなかった!
ギルドへ所属していたわけでもないのに、以前は
「――」
(――、あれ?)
想っていたより自身へ同情票の集まっていることに、アスカは内心驚いていた。
「俺は、んな大層なこと、してきてないですよ……」
「アスカくん」
マリエに呼ばれ、顔を上げた。
うすらぼんやりと、視界に光が戻ってくる。
「これがあなたが培ってきたものだよ、あなたを批難するひとはいなくならないかもしれない、でも。
これまであなたがしてきたことの中に、まったく誠意がなかったわけじゃないでしょう?
あなたは優しい子だから、ミユキちゃんやカレンたちはまだ一緒にいてくれる、違うかしら」
「――、でも俺は、戦うしかなかったんです。
そうすることでしか、誰にも報いることができなかった、本当にそれだけなんです、自分のためにやってたことなんです、そんな俺なんかが、なんかで、いいんでしょうか」
「当たり前じゃないですか!」
ミユキの声がした。
「それを誰よりあなたの傍で、私たちは見てきたんです!
だからもう隠さなくてもいいんです!」
「ミユキ……」
「いるじゃないですか、こんなに!」
ぼやけていた視界が、徐々にくっきりしていく。
ミユキ、カレン、ネーネリア――キノくんたち、マリエさん、俺を庇ってくれるヘリオポリスのプレイヤー方々。
アスカの頬を知らぬ間に熱いものが伝う。彼はそれを乱雑に拭って、ミユキの足元へこけているカドクラの元へ向かった。
「なにを……」
「あなたには、強くなってもらわないと」
ミユキが落とした肩口を押し付けて、【キュア】のスキルで状態異常から彼を解放する。
彼は付け根をゆっくりと揺らし、アスカを怪訝な目で見ていた。
「偽物を演じてきた俺を止めたいなら、いずれあなたの拳で証明すればいい。
ここがどういう世界か、あなただってわかっているはずだ」
契約紋とゲームシステムこそがすべて、優秀なスキルやアビリティ、そして数値と運、そういうものが残酷なまでにすべてを支配している。品位というのも、結局は強者のみが勝ち取れる権利なのだから。
「俺が強さを求めたのは、たぶん品性が欲しかったからです。
守りたいほど強く願う誰かより先に、自分の人間らしさ、正しさにそれがあるとしたら――お行儀のいいほうが、俺としては楽だった。
あなたはどうです?」
「――、わからんよ、そんなこと」
アスカから差し伸べた手を、カドクラは取って立ち上がる。
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