第8話 ぷにお、転生ス
1b.4
突如として15階層内に現れた、フローターキマイラと呼ばれる変異種は、ながらく前線に立ち続けるミユキでさえ見知らぬ、全身が青い姿のキマイラであり、おまけ後頭部には小さなウロボロスが天使の輪よろしくに円環している。とはいえ、レベルそのものは40前後であったため、ミユキの攻撃サポートを受けながらキノがとどめを刺して撃破した。
「やっぱり動きが早すぎて、俺一人ではどうにもできなかった。
『準使徒級変異種』? ご大層なのは名前だけみたいだけど……」
「今レベル上がったといえ、レベル30前後なんてそんなものでしょ。
ごめんなさい、変異種が出るとは予想していなかった、ここの階層ボスはてっきり普通のキマイラだとばかり想ってたから」
「色違いってことはレアですかね?
因子だけは回収できそう――っと、あれ」
キノは撃破したキマイラの残滓とドロップアイテムを確認する。
“因子回収に成功しました”
ここまでは良いのだが、
「キノくん、なにかあった?」
「撃破エネミーの因子回収はできました、ただタブに変な表示が出てて」
ミユキも覗き込む。
「そうか、ウロボロス」
「なにかわかります?」
“ウロボロス属は因子からの【転生】が可能です”
“【転生】時には所持しているモンスターの一体を選択して消費することで、転生前のモンスターのスキルと経験値を受け継ぐことができます”
「普通の因子継承とはどう違うんです?」
「因子継承は、撃破したモンスターの性質を孵化させた次代にもほぼそのまま継承できる。
ただし当然レベルは初期値にリセットされるけどね。
15層までの間に、ヴォラシュと使ってたスライムの経験値も上がってるでしょう」
「ヴォラシュはまだ外すわけにいきませんから、……そうだな、悪い、ぷにお」
ミユキはスライムにぷにおと名付けた彼のセンスに吹き出している。
「笑うことないじゃないですか」
「半日も経たないうちに絆を育んだね。
で、継承するフローターキマイラにも、名前をつけてあげるの?」
「そうですね……出してから考えましょう」
“所持している『スライム属種(ノーマル) ぷにお』からステータスの一部を継承します”
選択するとぷにおの頭頂にウロボロスの輪が現れ、ぷにおが驚いているうちに取り込まれてしまった。
「ぷにおぉおおおおお!!?」
「うるさい、落ち着け」「――!!!」
キノが動揺しているうち、ぷにおの内側からフローターキマイラの手足が生えて、やがてそのものへと変質している。
「ぷに――お前、そこにいるのか」
ぷにおだったものは、姿の変われど内面の自己同一性を維持しているようだ、取り込まれている間もエフェクト的には、生贄にされたというより、同一のものへと昇華される、そういう品性のあった。
「名前は、じゃあ相変わらずぷにおなの?」
「いえ、流石にこの凛々しい姿だし、今度はもっといいやつ……そうだな、NOAH《ノア》ってのはどう」
「うみゃーし!」
ネコ科の顔で、それはそのように首肯する。
スライムだった頃のレベルが18、ただモンスターごとのレベルアップにかかる経験値の量は違ってくる。
すでにレベルは12に達しており、ステータスもスライムだった頃より堅実だ。
「外へ行く、キノくん。
そろそろアスカさんを止めないと」
「え?」
*
元々、彼女はアスカたちのパーティーの目付け役として現れたのだ。
アスカがタリスマンで起こしたある凶行、その結果彼はヘリオポリスとの対立寸前に追い込まれた。
「だからってお目付け役を、今やるか?
レイド級の変異種がどれだけ厄介か、君ならわかるだろう。
スタンピードはライトニングサラマンダーに怯えたやつらが、勝手に恐慌しているだけだ。
奴さえ討てば、抑えられる。そうすれば誰も傷つかない!」
「変わらないな、アスカは。
それで、きみ自身はどうなるの」
「――」
「アスカ言ったよね、誰にも譲れないことをしてるだけって。
あなたが“ヤドリギ”を使うつもりだって聞いた、マリエさんは、あの人は止めてほしいって言った。
うち的には、言われるまでもなかったけど」
“『
「安心してアスカ、今の私じゃどうせあなたを殺せない。
けど、だからこそ止めるぐらいはやってやらないとね」
「なぜ止める」
「圧搾寄生弾体には、代償がある。そうなんでしょう?」
「そんなものはない、前にもステータスは公開しただろ」
「ないならなぜ、いつまでも絶対支配のレシピを開示しないの?
第一世代のほかの誰かに、そんなリスクを負わせないつもりでしょう。
死に場所ならほかで探して」
「俺は好きにやってきただけだ。
これまでもこれからも、ただこの力を独占するためだけにな」
「嘘が下手だよ、きみは」
スタンピードの群れが見える。
カレンは向こうへ駆け出し、自身の首に槍の穂先を向けようとするも、そんな自殺未遂はアスカの飛ばしたエレキビッツ――灰色の電磁端末に阻まれる。
「新しい無生物ユニット!?
そりゃ使わないはずがないよな、きみが」
「二対でひとつのスロットを共有している、エレキビッツだ」
カレンは自身の身体を張って、アスカを止める気だ。
(あーあ、ほんと厄介な女に惚れちまった……。
まぁ俺が同じ立場なら、少なくともマリエさんと同じ判断を下すのもそうか)
「――、やりにくい」
「やめる気になった?」
「あぁわかった、わかったよバカ。
ギリギリまで君たちに任せよう……ここでお互い、消耗するのは得策じゃない」
「そう、だね」
「いつからだ。
いつからスタンピードの群れのなかに身投げできる女になった!?」
「こればっかりは……かな」
カレンはアスカに肩を抱かれ、支えられる。
惚れた弱み、そう唇が揺れたのを彼だって見逃していない。
だからこそ、困っている。
「怒ってる?
こんな女々しいやり方選んだ私に」
「俺を止めたいなら、そんなことしなくていい。
きみたちヘリオポリスが、その力を見せつけるなら――出る幕、なくなるだろう」
「いいや始末屋、君は必ずその力を使う」「!」
聞き覚えある青年の声が、頭上からした。
浮いた牛に乗っている、あれが彼の持つ黄道級のうち一体だろう。
「――カレイド、あんたか」
(インサニスのギルドマスター、黄道級トリプルホルダーが、出向いたってのか。
この騒ぎを聞きつけて……!)
「ひっさしぶりぃ、スタンピードとレイド級変異種の二重災害とはまた難儀なことを起こしたね。大方やってることのマッチポンプとそう変わらないだろうに」
「冷やかしに来たのかこのクッソ忙しいときに」
「いんや、きみが使徒級をどう扱おうところで、大した問題じゃない。
使徒級が災害を誘発するというのは、あくまで憶測だからねぇ、なにせきみ以外でそれを検証も事態の収拾もしょうがない、余人をもって替え難いってことだな」
「きみならレイド級変異種を叩くなんて易いんじゃないのか。
どうせならヘリオポリスへ手を貸してくれよ」
「それはダメだ。これは聯合の一翼を担ってきた、ヘリオポリスの現在の実力を確かめるものだ」
「「!」」
アスカとカレンは唖然とする。
「悪く思わないでくれ、うちの参謀はそう決めて、俺はそれに対する責任を負う。
立場あるものってのはつくづく、くだらない立ち居振る舞いに振り回される」
「きみがその要らん矜持をかなぐり捨ててくれれば」
「ヘリオポリスの手間が省けるって?
流石にそれは甘えじゃないかな、アーキヴァス・タネガシマのとき、アスカくん、きみは彼らのネストが倒壊しないことを約定に討伐を実行したんだっけね。
けれどそんなもの、一時凌ぎに過ぎない。この先レイド級やその変異種がこれまで以上に頻発し、非戦闘エリアであるはずの街や村落を危機に晒さないとは限らない、そのとききみ以外の聯合のプレイヤーたちが君に甘んじて自衛するだけの力を持たないのは、正直なところね、恥だと想うよ?
不足の結果として滅びるようなら、それは必然じゃないか」
「あんた」
突き放すだけの理屈は最初から持っているわけだ、強者然としていっそ清々しい。
「ダークヒーロー気質のきみが今更手を引くじゃあるまい、クルーガーはきみを愚かだと断じているが……そうだな、ひとつだけ。始末屋くん、俺と
きみほどの強者が烏合の衆に搾取されるさまは、俺とて目も当てられないからね」
「ならせいぜい、ヘリオポリスの活躍を指咥えて見ててもらおうか」
「――」
カレイドは片眉を上げるも、それ以上なにも言わなかった。
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