第7話 災鴉が呼び起こしたもの

1b.3

 アスカは平原のネーネリアたちと合流する。

「遅かったですね、アスカさん」

「今すぐこの場から離れよう」「どうしたんです?」

「この前の洞窟、ヤバいものを呼び覚ましちまったかもしれない」

 カリンは要領をえていないが、ネーネリアは察した。

「……災鴉を扱う代償ってことですか、またしても」

「ヘリオポリスのほうでは前線の強化に繋がるならって言ってくれたが、俺たちは戦闘態勢に入る。

 キノくんたちは迷宮に?」

「さっき行ってしまいました」

「まぁ――こっからは反対方向だから、ほっとこう」

 カリンのスロットと所持モンスターらを確認するが、スライムばかり。

「ダメだな、きみを巻き込んだらキノくんに申し訳が立たない。

 ネーネリア」

 彼女が使役するプランタートルがオミット体を解除し、ふたりを背中の甲羅プラントの上に乗せる。

「このまま飛ばすぞ」

「待ってください、なにをするんです!?」

 カリンが聞き終える前に、プランタートルの周囲の視界が切り替わる。


「ここは、街?」

 カリンは驚いて見渡していた。

「これ、ワープしたってこと」「その通りよ、お嬢さん」

 ギルドマスターのマリエは緋色の鎧を固めて、先陣の指揮をとる。

「初めまして、『ヘリオポリス』のギルドマスターをやらせてもらってる、時縞マリエです」

「は、はじめまして、カリンです」

「うん、いいこね。

 ネーネリアちゃんはプランタートルを連れて、こちらの後方支援を任せてもいいかしら」

「わかりました」

 飛ばした時点から、アスカは予めこうなる予想のついていただろう。

 災鴉の転移は、自身や契約者のみならず、近くにいる対象ならそれを指定して飛ばすことができる。

 敵味方問わず、だ。イカロスの際にも無際限に発揮され、多くのプレイヤーたちを翻弄した悪辣なスキルであった。

「洞窟へ向かわせた斥候役がスタンピードの発生、そして“レイド級変異種”を確認した。

 案の定全部がこちらへ向かってくるそうよみんな!

 何としても、やつらを食い止める!」



 交易都市や特定の城塞には固有名詞があるが、洞窟や渓谷、迷宮や平原はそこいらに点在しているため都市群や村落を起点と最低限のマッピングのみで、あるいはたとえば砂漠だとか特徴的な地形でもなければわざわざ名前を与えられない。

 それでも『ヘリオポリス』の所在するこの交易都市『タリスマン』は、聯合でも初期に攻略プレイヤーを囲って勢力を拡大したことで、そこでなにかあれば他のプレイヤーギルドもすぐそれを察知する。

 高みの見物を決め込む飄々とした青年と、知的で冷徹な印象を与えるもう一人。

「ゴゥレムマスターであるところの、ヘリオポリスのギルマス自らが動くとはね。

 クルーガー、これをどう見立てるよ?」

「始末屋が行った洞窟で、それからレイヨウ種のスタンピードと、レイド級変異種『ライトニングサラマンダー』の出現。おそらく使徒級のスキルの弊害だろう、ただ因果関係としてそれを結ぶだけでは弱いな。

 奴を蹴落とすならもっと確たる傍証が欲しい――第二世代のプレイヤー狩りにちょうど噛み付いているのだし、あれは聯合にとって邪魔な存在だ、絶対支配とそれに伴う残る拌契約紋のスロットの解放法を吐かせてから処分する」

「おぉ、こわ」

「君とて一度そうと決めたら容赦しないだろう、カレイド」

「にっしっし、するとまたタネガシマのとき以来か、面白いものが見れそうじゃん?」



 ヘリオポリスのプレイヤーと使役するモンスターらは、交易都市の堀と外門の防御を固めている。

 加えてカリンには、見慣れない土の人形たちが堀を整備し土嚢を重ね、あるいは自らを突き崩して土嚢や防壁の材料と変えていく様を眺めていた。

「プランタートルの育てた種子です、使ってください」

 ネーネリアはギルドのプレイヤーたちの防衛設備の強化へ力を貸す。

 その種は撒けば短時間で成長し、外壁の表面を這う特殊な蔦が防衛設備の構造を補強し、耐用性能を上げるのだ。

「それもアスカさんの肝いりですか?」

「交配のレシピや検証はあのひとがやってくれる、私ひとりでこんなものは作れなかっただろうね」

 ネーネリアの金髪碧眼が風に揺れる。

 カリンには、最近ずっと疑問だった。

「ネーネリアは、どうしてアスカさんたちと一緒に?」

 せめてきっかけは知っておきたい。

「元はプレイヤーギルドの斥候役をやっていたんですけど、パーティーが壊滅して私だけ生き残っちゃって、追い出されちゃったんです」

「そうなの?」

「そのときアスカさんに助けて貰って、でも従者にはしてもらえなくて、ミユキさんと契約したんです」

「……色々あるんだね、みんな」

 聞いておいて想ったよりハードな話が返ってきたので、彼女はひやひやした。



 発端はおそらく、洞窟でキノたちを囲んでいたエネミーら相手に【領域制圧】を行使したときだ。

 キノたちを助けるため、ほかに方法が浮かばないではなかったが、結果的にレベルの低い彼らが洞窟の外まで生還するには、あのアビリティで制圧するのが一番易く、それ以上の方法などなかった。

(たった二人助けるために、交易都市のプレイヤーを丸ごと危険に晒す……まったく笑えないな)

 使徒級のスキルは、この世界に存在するあらゆる生物とプレイヤーにとっての天敵といえる。

 それだけ強力なものでもあるが、いたずらに使用すると周辺に生息するとりわけ大型の生物から怒りを買って呼び覚ましてしまう。某光の巨人が出てくる特撮なんかで、土地を開発しようとしたら地下に眠っていた古の怪獣を呼び起こしてしまったりする人の業、なんてのが近しいイメージか。

 そうなりうるリスクはわかっていても、なにが呼び覚まされるかまでは、行使するアスカには把握できない。だからこそ最寄りのヘリオポリスには一度顔を出さなくてはならなかった。

(俺のせいだってのに、スタンピードを経験させてこの際にプレイヤーの質を上げようとまで言ってくれた。マリエさんには本当に頭が上がらないな、けど)


「カレン、どうしてここに」

 平原でスタンピードを起こし暴走する群れと、ライトニングサラマンダーを迎撃する。

 アスカは正直、一人で全てを駆逐するつもりでさえいた――事実、彼なら間違いなくそれができてしまうだろう。

 なのに現れた彼女の槍、その矛先がアスカへ向けられている。

「その槍は、なんのつもりだ?」

「それはお互い様だよね、アスカ。

 私らって元から、結局はこういう関係だったじゃない」

「――」

 カレンがなにを考えているのか、アスカには測りあぐねるのだった。

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