第6話 ダイソン球
1b.2
キノたちは平原に出て、低レアリティのモンスターをひたすら
「テイム! またできた!
獲得するだけでも結構やりがいありますね?」
「スライム種で王国でも作りそうな勢いね。最初のうちだけ、作業化しちゃったらすぐ飽きるよ。
でも低レアリティのくせして、毒の血清作ったりとかなんだかんだ色々用途があるんだよねぇ」
ミユキは彼女をネーネリアへ任せて、キノのところへ向かう。
彼には別途、新たな強化を施す。ミユキとアスカが予め考えておいたことだ。
「あの、モンスターのレアリティって」
「総合的なパラメーターの質にはかかってくるけど、プレイヤーが趣味で育成するだけなら、時間さえかければどれでもどこまでも強くなる可能性は秘めてるね。
原理上はスキルシードやパラメーターシードさえあれば、上限を越した拡張が可能だし……とはいえこればかりはレアアイテムだからコツコツ集めるしかない。
もっとも契約紋のスロットは最大で四つ、どれかを集中的に育成することはできても、本気で強くなりたいなら高レアリティのアタッカーがかならず必要になる。
プレイヤー自身のステータスは、基本的に契約紋とモンスターを補助するためのものだから、単体としての攻撃力なんかは殆どない場合が多いの。それでも筋力値をあげて仕込み武器とか持っていると、戦闘時間の短縮や肝心なときのとどめなんか刺すのに都合がよかったりだから、なんだってやってみて損はないはずだよ。焦らず、君なりのやり方で強くなればいい」
「はい! ありがとうございます!」
「とはいえスライム集め自体は血清や後方支援職の領分だから、それだけやってても実戦経験はまったく培われない」
「――」
カリンに次いでスライムを使役する気満々でいたキノの手が止まる。
ミユキは重ねて尋ねた。
「オウリくん、だっけ?
あなたたちのパーティーの前衛アタッカーだったのは」
「えぇ、まぁ。
洞窟で彼から離れたレプリトンを思い出す。
自分自身も突っ込んで行って、洞窟内のエネミーにカウンターをもらい、帰らぬ人となったわけだが。
「でも死ぬつもりはなかったはずです」
「ここが単なるゲームなら、次回から気をつけようで済んだかもしれないけど。
カリンちゃんを中衛に、あなたはヴォラシュで後方支援か。
あの子もある程度は強くなってもらうけど、あなたは彼女を死なせたくないんでしょ、できれば自分の力で守りたい」
「当たり前じゃないですか、俺は男なんですよ!」
「あれまぁ、古風。
どのみちカレンちゃん自身は積極的に前へ出るようでもないなら、結果的にはきみが前に出るしかないでしょう。
そのためにはヴォラシュだけでは心もとない。レベルを上げて契約紋のスロットを解放し、アタッカーとなるモンスターを探しましょう」
契約紋には最大四つのスロットがあり、同時に運用できるモンスターの総数だ。
レベル24に到達すれば二つ目、レベル49、レベル74で最後のスロットが開放される。
これは絶対支配における契約紋/拌も同様で、ただし拌のスロットは開放の上限がレベル49、74、99とずれ込んでいる。無生物の使役は中堅以上の技量が必須なので、ある意味妥当な範囲かもしれないが。
「ポジションを転向しろってのはわかりました。
するといよいよ絶対支配の出番です?」
ミユキは嘆息した。
「……無生物エネミーなんてそうそう見つかるとお想いで?
あなたが中堅になってからならまだしも、そんなものが出てくるバトルフィールド自体、最低でもプレイヤーレベル80台は必要よ。契約行動に移る前に死にたいかしら?」
「それは、そうですけど。
でも強くなりたいなら、多少の背伸びは必要でしょう」
「レベルが上がればそれだけ動きやすくはなるけど、そんなことプレイヤーならほかの誰もがやっている。
取り敢えず、ここは向こう二人に任せて行きましょうか」
「何処へ?」
「『
キノも異論はない。
しばらく歩いているうち、彼は気になった。
「さっきから肩に載っているそいつはなんですか」「あぁ、ゆにちゃんのこと?」
「ゆにちゃん」
螺旋状の一角を生やしたスライムは、みゅー、っと変な声で哭いた。
「平原にいたスライムですか」「これはだいぶ昔、ゲーム始まって間もない頃に私と契約してくれた子なの」
ところどころラメみたいの入ってキラキラしているし、やはりそれなりにレアなのだろう。
「攻撃力は大してないけど、『解体』とかがすごく便利」
スキルの名前だろう。【解体】、か……スキルの個々にも練度や等級のあるはずだ、いちばん高いのがSS《ダブルエス》、次にS、そっからはアルファベット順にABCDEF、さらにアルファベット等級ごとに+-《プラスマイナス》の査定を含めた三段階あっての計24等級でスキルの強化具合がわかる。
「今はS+、これだけでも大抵の上級モンスターなら単独で渡り合える。
トドメはほかの子に譲るんだけどね」
「ところでそろそろ移動がダルいんですが。
ポータルとか転移とか、そういう機能はないんですか?」
「あぁ、一度行った場所に飛べるってやつ。
大半のプレイヤーは走歩スキルで短縮するよね、でもそういう便利な機能は特定の人里間、ローカルフィールドを旧来サーバーポイントごとに繋いでいるみたいで、あとはアスカさんくらいしか使えない」
「そこでなんであの人の名前が……いやまさか」
「使徒級『
世界に十二体しかいないとされるモンスター、黄道級にすら間違いなく匹敵するユニットでしょう。
元ははぐれたひとつの端末に過ぎなかったけれど、アスカさんはあれを育てていくうちに、一介のプレイヤーの領分なんて通り越してしまった」
「どういうことです?」
「すこし考えてみましょう。
最初から転移なんて技術があるなら、それを用いた抗争や工作活動は隙をつけばいくらでもできると想わない?」
「でも使うのはプレイヤーだけなんじゃ?」
「この世界ローカル転移は、ある程度までコスト制なのよ。
通行料にバイオメタルを支払うのは単なる様式でなく、そうしないと転移門の維持ができないから。
転移門を使うのはプレイヤーだけじゃなく、NPCであるはずの貴族商人らも用いている。
そして定額制であるうえに、場所も限られている。
主要な幹線道路なんかが混み合うのと同じ要領で、転移門の使用にも順番や待ち時間を念頭に入れなきゃならない。一度飛んでさえしまえば楽なんだけど、そんなに自由なものじゃない」
「でもあの八咫烏?
その使徒級ってのを使えば、アスカさんはどこでも行けると?」
「短距離移動なら比較的どこでもね、それにはMP以外の代償がないし、短距離移動を繋いでいけば実質どこへでも出られる。
操作は煩雑だけどそれを念頭に入れてれば便利、ってとこかな」
「じゃあ今度からアスカさんに運んでもらおう」
「それこそそんなことであの人の手間を煩わせないで欲しいな、走歩スキルはどのみち肝心なときに磨いておかないと命取りだし、道中のモンスターやイレギュラーに対応できるぐらいでないと、この先やっていけないよ」
「そうですか……」
迷宮と呼ばれたそこは、人工物らしい塔の廃墟が丘にくい込んだ入口を象っている。
(つくづく、この世界は)
奇怪なオブジェクトが多いし、ある意味では不自然なはずなのだが、なぜか全てがそういうものだと馴染むのだ。
見上げる宙は、広大な地殻と大気の成す光の屈折で青空と大地がそのまま溶け合っているような錯視を齎す。加えて太陽の周りをいくつかの浮島がこれまた割れた殻のようにして囲っている。
「アスカさんはダイソン球って言うけど、なんか人工太陽を核にしたそういう天体?
SF小説好きなひとは知ってるっぽい」
それでいて昼夜が入れ替わるときは、あの太陽が内側から反転し、柔らかな月光とクレーターが夜を支配する。日照時間や天候も殻の周りで独自の傾向を得ているとのことで、浮島より上空へ向かうには様々な困難が伴う。
「あの太陽まで飛ぶことはできないんですか?
プレイヤーが飛龍種とか使えばいけそうな気がしますけど」
「それに失敗したのがイカロスって聯合が立てたクソ作戦の結果だよ。
物理的にはかろうじて届く距離かもしれないけど、触れたってろくなことにはならないでしょ」
「そもそも名付けたひとバカですよね。
凧のノリが溶けて墜落死したひとの名前持ってくるところからして、自殺志願者かなにかですか?」
「失敗したからそう揶揄されてるだけで、元の名前は違ったはずだよ。
とかく、無謀な目的だったのは間違いない。そのときの指揮者は死んじゃったし。
あのひとが災鴉を侍らせていなかったら、プレイヤーにはもっと被害の出ていた」
「あの
「浮島と雲を抜けて、太陽に近づいた結果、プレイヤーと参じたモンスターらは日光による光線障害を喰らったのよ。ただ太陽へ近づくだけ、そこでなにが得られるか、プレイヤーの関心事のひとつではあったけど……連中の最上部が、光線障害を発症したとほぼ同時に、機械の天使たちが地表の各地へ向かって放たれた。
人里を焼き尽くすんじゃないかって勢いで襲来して、作戦に参加していなかったプレイヤーもあの時多くが死んだよ、さも天の怒りに触れたかと云わんばかりに……それも過去の話だけどね。
まずは目の前の、潜るよ」
二人は迷宮の入口へ踏み込んだ。
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