第5話 ソロプレイヤー狩りと異世界
1b.1
アスカはヘリオポリスのギルドネストへたどり着く。
「キノくんたちを連れてこなくて正解か……」
プレイヤーギルド聯合の発行する広報誌は、ラウンジにて配布されている。
攻略に関する集合知な内容や、聯合の審議に関する議事録が掲載されている。
(聯合のプレイヤーが、第二世代のソロプレイヤーを攻撃して殺した。
マッピングの見殺しなんかじゃなく、直接手にかけるなんて)
今日まで彼らが現れて六日足らず、事件が起きたのはちょうどオウリが洞窟で死んだ頃合い。
「こんなに早く暴発するだなんて」
ギルドマスターのマリエへ面会を求めると、案外あっさり通された。
応接間にはカドクラが同伴する。
現れた時縞マリエ――なお本名ではない――は、アスカの顔を見て、
「そろそろ現れる気はしていた。第二世代のプレイヤーの件でしょう、カレンからも少し聞いてるけど」
「さっそく本題入りますか、聯合は第二世代の実質ビギナーども相手に、なにをやっているんです」
聯合の議事への参加資格は、聯合へ加入しているプレイヤーギルドのギルドマスターであること。
するとマリエもその場へ立ち会っているはずだった。
「そこのカドクラさんも、議事には随伴していたんです」
「その通りよ。
こっからは私の主観が混ざる話だから、彼もいてもらったほうがいいか」
一言でいえば、酷い有様だった。
「聯合の連中、大半が当該プレイヤーの行動に対して肯定的よ。
褒められたものでないとはしながらも、第二世代のビギナーは攻略の邪魔になる、それが彼らの結論。
パーティーを組んでいるならまだしも、とりわけソロプレイヤーに攻略の意思がないなら、いるだけで害悪とまで、『インサニス』の連中などは言い切った」
「ギルド『インサニス』、ギルドマスターのカレイドと、参謀のクルーガーですか。
ほんとうにせこい悪知恵ばかりはよく働くんだな。
ただでさえ攻略へ向かうプレイヤーの母数が減っているのに、ヤツらそんな寝言を言っているんです?」
「第二世代と呼ばれるものが、すでにイレギュラーの塊だからね。
彼らがなぜ急に現れたのか、我々にはわからないし、そこに潜むリスクが未知数というのも否定できない。
我々は2013年からの二年間、かたや彼らは18年からやってきたと僭称する。
どころか、彼らは『インペリアル・フロンティア・ノヴァ』と呼んでいた。
カドクラさん、この意味は?」
話を投げられた彼は、口を開く。
「我々の知らない、違うタイトルではありますけど、それが?」
……アスカとマリエは揃って嘆息する。
「彼らの出自は我々と異なる体系にあるんです。
それが日本語や英語を扱おうと、我々の西暦と彼らの西暦は時間の流れが違う」
「それは、その通りかもしらんが」
アスカを相手にはむきになってしまうのだが、結局会話への想像力が追いついていない。
アスカで補足した。
「カドクラさん、第一世代の『インペリアル・フロンティア』はそれが初のフルダイブVRMMOでした。
18年からやってきた彼らにとって、世界で最初のフルダイブVRMMOは『インペリアル・フロンティア・ノヴァ』なんです、つまり」
「すまない、きみがなにを言っているのか私にはさっぱりわかりそうにない」
カドクラが戸惑っているうち、マリエが言葉を次いだ。
「我々の世界と彼らの世界は地続きの未来じゃないんですよ、それこそ異世界と呼んでもいいでしょう。
文明の水準にさしたる差はありませんけど」
キノたちに聞いたところによると、VR技術についても、フルダイブ技術より先行してアバターを用いた配信者がいるのだとか。ヴァーチャルミーチューバーとか?
中身は解説動画だの某コメント動画サイトの生放送界隈がそのまま転向したようなものとアスカはおおよそを捉えているも、実物を見ているわけではないので正直なところ自信がない。
「彼らは単なる未来人ではない、と。……いや異世界なんてそんな馬鹿な」
「よくよく考えてみれば」
アスカは云う。
「フルダイブの仮想現実だってのに、我々はログインしてからポリゴンだのなんだの、そんなものを大して意識したことありますか? それだけローディングが円滑なんですよ、従来デバイスのスペックから考えれば異常なまでの処理速度といえる。
これだって異世界みたいなものでしょう」「それは、いや、ただのゲームだろう。俺たちはログアウトできてないだけなんだから」
「「――」」
マリエとアスカは見合わせる。
カドクラはゲーマーでもなければデジタルネイティブでさえない、ゲーム内でも技術に対するリテラシーの持ちようなど人それぞれだが、攻略最前線にいる殆どのプレイヤーはゲームを嗜むに必要なことは知っていても、そもそもゲームを構成する技術について見識の深いわけではない、ならばけして彼がひときわ劣っているというわけではないものの、この領域の話ではまったくあてにならないらしい。
(ログアウトできないだけで、大規模失踪事件に繋がるものかよ。
あれが運営側のフェイクでなければ、だけど。
そうでないにしても俺たちの西暦2013年は、本当にフルダイブ技術を一般に普及し成立できるだけの水準で文明が回っていたか?)
所謂当時的に、オーバーテクノロジーだったのではないか。スマートフォンなんてものが本格的に普及し始めて五、六年の間のこと、マテリアルシード社が販売したフルダイブVRデバイスはそのスペックを成り立たせる特許や技術のブラックボックスな領域があまりに大きすぎた。その時点で警鐘を鳴らしたメディアもあるが、デバイスユーザーはそれを軽視し、結果『インペリアル・フロンティア』の発売&配信開始時も熱狂的にそれを受け入れる市場があったのだ。
(ネットゲームに対するリテラシーは、デバイスの普及や世情とともに更新され続ける。
フルダイブゲームへの忌避感や模倣技術においては不気味の谷がずっと課題とされていたのに、マテリアルシード社の技術とクリエイティビティはそれらをあっさり過去のものにしてしまった。
ゲーム世界にいるはずの俺たちでさえ、それが作り物なんだってことを忘れそうなほど……)
そんなこと、攻略そのものに較べたら正直どうだっていいのが、攻略プレイヤー大半の認識だろう。
いやまぁ宗教的な話なら、人間だって神の被造物扱いにされるのはわかっているけど、そういうのはさておき。
「とかく件の第二世代ソロプレイヤー狩り、今回の審議では多数派がそれを不問にしてしまった。
こっからはプレイヤー間の治安が荒れますよ。
第二世代がいくらビギナーとはいえ、攻略に積極的でない第一世代もいますし、そういうのだってレベル60前後、ただもし第二世代の上位がレベリングに勤しんでいてペースを考えるなら、もはや表面的にどちらがどちらか、俺達にはもう見分けがつかないかもしれない。
第一世代のソロプレイヤーや孤立しただけの第二世代のパーティーメンバーを誤認して殺害した場合、誰が責任を取るんです?
まだ起きていないから、なんて言葉で済ますつもりですか、それを今時点、過度な妄想と言えます?
議決を押し切った輩は、本当は人を殺す口実が欲しいだけなんですよ、プレイヤーを殺しても仕方なかったと言える口実が、それは魔女狩りとなんら変わらない」
「わかっているわ。だとしてアスカくん、どうしようというの?
遅かれ早かれ、第二世代側にもソロプレイヤー狩りは知れるでしょう。
この数日のうち、マッピングへの囮だ、トラブルは異常な頻度で更新されている、もうこの対立は止めることのできないかもしれない、聯合が後押ししてしまった以上は、ほとぼりが冷めるまでだって長いわよ」
「――」
カドクラはすでに押し黙っている。事態の深刻さにいよいよもって、自分の想像力の不足を身に沁みてきたらしい。……自覚が生まれているだけ、マシなほうだろう。
「ギルドを、作ります。
第二世代のプレイヤーを軸とした、複数を。
おそらく第二世代のトッププレイヤーたちといえ、数日でギルドの設営権限や敷地は調達できていないでしょう。
キノくんたちを代表に、俺の開放できる設営権限を渡します。一度入ってしまえば、レベルやスキルの不足はどうとでもなりますから。彼らが自衛できるところまでさっさと育成して、聯合側を黙らせるしかない」
「大胆ね?」
「第二世代を排斥したがるのは、現状の彼らはマイノリティにして弱者だからですよ。
ならば潜在的な母数をゲーム攻略のために、最低限必要な水準まで引き上げる。
プレイヤー同士で足を引っ張りあっている場合でないなら、前線のプレイヤーがしないなら、誰かがそれを率先するしかない。
……マリエさん、そのための力を俺に貸してくれませんか」
キノたちを見ていて、アスカはただ想った。
「遠目に誰かが騙されるのを見ていても、俺は愉しくないですから」
「アスカくん」
マリエは告げる。
「第二世代のギルド立ち上げと攻略者を増やすことに、私から異論はない。
ただそれをあなたが率先してやるなら、次に聯合はあなたに目をつけ、間違いなく目の敵にするでしょう。
『インサニス』の連中だけじゃない、始末屋のあなたを除名する口実を求めている奴らは動く――ところで『アーキヴァス・タネガシマ』あたりはあなたに助けられた恩があるそうね、私も個人としたらあなたを庇いたい、だけど彼らでも聯合の憤懣を抑えきれなくなったら、そのときはどうする気?」
「そのときはそのときですよ。
俺自身を切り捨ててでも、ミユキとあいつらを守りましょう」
「第二世代へ、随分と入れ込んだものよね。
……本当にゲームクリアが叶うと、今でもあなたは信じてる?」
「それはつまるところ、あんまりわかりませんけど。
自分の手が届く範囲のものは、なくしたくないじゃないですか。
失って恨んだり、後悔するのは疲れたんですよ」
アスカ自身は自分が優しいとは想わない、慈善家ではありえないなら、それでいて第二世代の保護なんて、今この瞬間なんの得にもならないことを引き受けるとしたら、それはほかの誰も、人としての当たり前を果たすつもりがないのなら、自分くらいは異端に走ってもいいかもしれない、その程度の出来心だ。
周りからはいつも、変わり者だとはよく言われる。
アスカが部屋を出ると、カドクラが口を開いた。
「あれが本当に、始末屋と呼ばれるプレイヤーキラー、なのですか?」
「その通りですよ、カドクラさん。彼自身がそう名乗ったためしはありませんけど。
彼は非凡です。ただの偶然のみに上位調教や絶対支配を獲得し、プレイヤーの頂点と呼ばれてきたわけじゃない――彼を誹る人らがいるのもまた事実ですが、私の知る限り、彼はそのような人非人ではない。
あれでいて、義理に厚いですから」
そんな彼の未熟さも懸命さも含め、マリエとしては彼のことが気に入っている。
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