第4話 絶対支配とは
1a.4
重ねた唇の意味をアスカはぼんやりと考えている。
(もうあの時のこと、許してくれたのかな?
いや、調子に乗るな)
「アスカさん」「――、なに」
ミユキたちのところへ戻るが、キノは相変わらずアスカを睨んでいた。
彼のことなどどうでもいいのだが、ミユキと話していると先程のカレンの言葉を思い出す。
――ネーネリアや第二世代の子達をミユキが拾ったのは、きっとそれを大切にしていたきみに、忘れて欲しくないからなんだよ。
との話だったが、
(そこまで考えているものかよ、この女が)
はっきり言ってアスカは、ミユキのことを馬鹿だとさえ想っている。
「カレンのところに行ったんですよね」「それがお前になんか関係ある?」
「いえ、それは……」「あなたがその人のご主人なんですよね、どうしてそんな言い方ができるんです」
ミユキとアスカの話なのに、キノ少年は勝手に割ってきた。
アスカは彼を無視する。
「お前はいつもこっそり会ってたくせして」「気づいてたんですか――、ごめんなさい」
「謝れとは言ってないだろ、もういい」
普段から終始、こんなに感じだ。プレイヤー同士の主従なんて、成り立つはずがない。
成り立つべきではないのに、契約紋に縛られたこの歪な関係は二年続いている。
始末屋アスカの悪名を轟かす、二つの力。
ひとつは上位調教、プレイヤーであるはずのミユキを侍らせているその力。
そしてもうひとつ、
――生物以外の無生物ユニットをも侍らす絶対の領域、これはそういう支配の力。
アスカさんがあなたに何を見たのかは知らない、だけれどその力を第一世代で持っていたのは、これまであの人だけ、ほかの誰にも教えてなんてこなかったの。
あなたはあの人に選ばれた、その意味を噛み締めなさい。
ミユキはマフラーをはだけて、自身の首に浮かんだ従者の契約紋を示し、上位調教の何たるかについてもよく語った。
――元々は龍とかオルタナとか私たちが呼んでる、人語を介する程度の知性とか戦略能力を持つ霊長が、契約紋を持つプレイヤーないしプレイアブルと結ぶための『上位調教』。それがシステム的には高位の契約だったのはきっと間違いない。ただ私とアスカさんの場合、システムの露呈の仕方がきっと最悪のシチュエーションだった、特にアスカさんにとっては。
(プレイヤーがプレイヤーを侍らせる力、あらゆるユニットを侍らせる絶対の支配権。
両方持っていれば、それって最強そうなのに)
――アスカさんがそれを聞いたら鼻で笑うでしょうね、システムの借り物の力を結局は戦略としてどう役立てていくかなんだって。
そう美味い話はないってことらしい。
だが、キノが結果を焦るのは無理もない。
連れているカリンは、オウリの消失を見てから意気消沈していた。
(一刻も早くこのゲームから抜け出す、でも今この瞬間はそうじゃない。
このままカリンが憔悴していくなんて、そんなの俺が耐えられない、俺がカリンを守らないと。
誘った手前ってのがあるだろう、オウリ。
お前がいない世界で、俺なんかがどうすればいいんだよ?)
先にいなくなったやつを羨みたい気分になる時点で、正直どうかしているのだ。
「本当に……向こうでは大規模失踪事件扱いか」
第一世代の人らが懸念した通り、こちらの現実社会での肉体もVRデバイスごと一斉に消失したことにされている。カリンはあれを見てから、休んでくると野宿用の結界テントへこもってしまった。
「これがほんの一時的なもので、実は単なる不具合でしたならそれでもいい、けど」
そうでないとしたら、俺たちはここでの生活に馴れていくしかない。
学業だ受験だは数日ならまだ巻き返せるだろうが、第一世代のように年単位で時間に拘束されると、まともな社会復帰から危ういことは、キノにだってすぐ想像がつく。
(第一世代の連中は、みんな信用ならない……あの男だって、オウリの死を利用しただけだ。
俺たちのために動いていたわけじゃない、なのに)
あの男の配下である、ミユキの元へ身を寄せている自分たちは、いくらなんでもかっこうがつかない。
すると、やるしかないのか?
アスカは彼の後頭部を見下ろして、軽く引いている。
「いやなにに対する土下座だよ」
カリンが言っていた、アスカさんの話を聞いてみたらどうかと、あの人は結果的に私たちを助けてくれたのだから、ほかの第一世代の状況を大して把握できないうちから見切りをつけるのは早計なんじゃないかと。頭の隅ではわかっていたことだ。
「カリンを護れる力がいるんです。このままいつ帰れるかの目処もつかない。
もうもしかしたら戻れるかもなんて、言ってる段階を過ぎてしまった、だから」
「取り敢えず、顔を上げてくれないか」
キノが言われた通りにしたが、その顎を彼は下から掴んだ。
「な、なんですか!?」
「その威勢やよし、けどきみは一番最初にすべきことを忘れてるかな。
――うおぃなんだこの圧倒的モチモチ感」
アスカは予想外の頬の柔らかさに驚きながら、指を食い込ませている。
「う、はなひてくらはい……一番最初にすることって?」
「おっと脱線――そりゃ謝罪だろ、俺に対する」
「あ、はい」
数秒前の驚きが嘘のようなポーカーフェイス、あまりに切り替えが早くて、キノのほうは追いつけない。
「どれ、マジなんです?」
ミユキがカリンを連れてやってきて、アスカに追随して彼の頬をこね始めた。
「うわマジだすごい無限にこねてられる」「ほんとですねキノくんってば、こんな特技が」
「
キノはすっかりいじられているが、カリンが急に襟へ手をかける。
「カリン、どうした――」
彼の首元が蛍光し、契約の待機状態へ移った。
「カリン、今のは?」「上位調教だけど」「え」
「キノくんが私のものになるの」「待ってカリン、何を言ってるん……なにかの間違いじゃ」
「間違いなんかじゃない、この力があれば、プレイヤーを侍らせることができる。
ミユキさんが教えてくれたから」
「なっ」「正気か?」
アスカですら苦言を呈する。
カリンは翳した右手の契約待機を解除した。
「なるほど、本当にできるんですね。
モンスターの首につけるのと同じように」
「え、え、え」
キノは首元になにも変化のないことを確かめている。アスカが補足した。
「上位調教は互いの具体的な同意か、明言がなくとも信頼が一定の形をなせば主従として結ばれる。
基本はモンスターへの契約行動と変わらない」
「――、ええと」
キノはカリンをぼんやりと見ている。
「途中で、やめた?」
「できるか確認ぐらいするでしょ。
こんなものなくたって、キノくんは私の言うこと聞いてくれるし」
「そりゃあまぁ、そうだけど」
カリンはすっかり彼を手懐けているようだ。まだ二人とも十四歳と聞いたが、
「……マゾなの?」「え、は、違いますよ俺とカリンはそんなんじゃ!?」
「そのつもりはあるんだ。
あれは大したコだな、あっさりシステムを馴らしてる」
「え」
「このままだと、どちらが守られる側だろうな」「――」
キノは浮ついていた自分を恥じて、意気消沈する。
浮き沈みの激しいやつだ。
「強くなりたいなら、まずは自分の持っているものの意味を把握しろ。
プレイヤーなんてどれだけ足掻いてもふとしたことで死ぬ、信じて肩を並べた仲間が恋人が、なんてことはいくらでもある……まずはきみ自身が戦い生き残れ」
そうすればカリンと過ごせる時間も増えるだろう。
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