第9話 死霊術師への追憶

2a.1

 報告を受けたマリエは、それをよくない兆候だと想った。

「前線にカレイドたちが現れた?」「協力を要請しましょう」

「いいえ、カドクラさん。彼らを相手している時間はありません」

「しかし彼らは黄道級ホルダーですよ、レイド級変異種の討伐なら、彼らにだって旨みが」

 マリエはそれに頷いたうえで、しかしこうも語る。

「一理ありますよ、ほかのプレイヤーだったなら。

 そんなもの、彼らがレベル上限の解放してから年がら年中やってることなんです。

 インサニスは実力至上主義、クルーガーの主張を忘れましたか?

 聯合のプレイヤーの質が低下するなら、それが人里に降りようとレイド級変異種の対処は不毛だと、彼は過去に言っているし、カレイドは彼の主張なら鵜呑みにする」

 実際は鵜呑みにしたうえで、それをギルドの総意としてケツ持ちできるから、カレイドというやつの器量は敵にするには厄介すぎるのだ。

「彼らの協力はあてにできない、ギルマスはそうお考えなのですね」

 いい加減、カドクラは諄い。

「……それでもなお、彼らが手を貸してくれる万一を期待するなら、好きにすればいい。

 ただし作戦行動への支障は避けてください」


 直後現場へ向かったカドクラの懇願は、にべもなく断られることになる。

*

 思い出すのは、あの日の水場の暗がりだ。

 崖のある海岸で屍人の根城を構えたあの人のもとへ、俺は行かなくてはならなかった。


『久しいな、アスカくん』

『ゆーのすけさん、あんたを止めにきた』

『お得意の圧搾寄生弾体ヤドリギとやらは使わせないよ?』

 そう言って彼は、アンデッドの尖兵を無数に顕現させた。

 そのなかには、プレイヤーだったはずのものの姿も含まれる。

『“ステータス略取”のあろうと、チャージタイムの必要な大技に稼がせないといっている』

『あんたたちのパーティーを憶えてますよ、あんたの手で看取ったわけですか』

 そう聞いたなら、一度キョトンとされた。

『は?

 ……そういや、彼らはどこへ行ってしまったんだろうね』

 彼はしばらく寂しげにケタケタと笑うのだ。

『――』『私の言うことを聞いてくれなくて、刺してしまったよ。それきりだ』

 ダメ元というより、好意的な解釈を寄せてやりたかったのはアスカの心情。

『あんたはそんな人じゃなかったはずだ、今だって』

『どうだ、か!』

 嬉々としてスピアを担い、カラミティ・レイヴンの纒を用いるアスカヘの近接戦を挑む。

 アスカは剣戟の中で、彼はこちらのタマを本気で取りに来ていることぐらいわからないじゃなかったが。

『キューリはあんたを尊敬してた、だからまだあんたを諦めたくない!』

『そのキューリくんを見殺しにしたんだろう、私がそうした時のように!?

 いい加減に猫を被るのはやめたらどうだ始末屋?』

『っ、だとして、あんたの手に入れたそれは!

 “ネクロマンサー”は、あんたが助けようとした証じゃありませんか』

『ただのゲームシステムなんて意味はない、ただの行為になんて価値がない!

 結果だけだよ、なにをなし得たか、我々が賢明なら、誰も喪われずに攻略を続けることができたはずだ、きみとてキューリくんを喪って気付いたのではないのか!?』

『それは詭弁ですよ、今だって今を必死に生き残りたい人たちはいる!

 あんただってもう、絶望しなくたっていいんだ!』

『いつの間にそんな甘ちゃんになったんだきみは?

 ミユキくんに上位調教を用いたときからして、きみたちの関係は壊れていた、歪んでいた』

『!』

『そうだろう?』

 屍人の尖兵たちが彼の息切れに入れ替わるかたちで、アスカを直接追撃し続ける。

『ミユキくんを連れてくるべきだったな!』『あの子にはあの子の戦いがある、俺はキューリのためにも、誰にもここを譲れない!』

『ほんとうに愚かだな、きみは。

 契約紋のスロットに、彼女以外のモンスターを入れないのは同情か?

 そのくせ裏の契約に、プライヤーを狩り尽くした使徒級なんかを侍らせている!』

『――』

『アスカくん、気づいていたか?

 きみの言葉は軽いんだよ、まるで生きていない、キューリくんやミユキくんに向けた言葉には合理はあったが、同時に常に欺瞞の味がした。今日までいったいなにを隠している?

 ふたりの知らないところで誰か殺したか、私のように?

 ならおめでとう、今からきみも私の幽鬼の仲間へ入りたまえ、絶対支配だの太陽機真鴉ラー・マキナ・クロウはとかくとして、きみの持つ技術はいずれすべて私が手中へ収まる。

 死んで構わないけど、せめて契約紋/叛の開放条件は述べていけ。

 自我のないアンデッドどもでは、喋ることもないからな。

 私はこの力で世界の総てを制する』

『ただのゲームシステムとは、あんたの言葉だ。

 この借り物の力の結果が大事ならそれでもいい、けどあんたはもう、そのシステムに呑まれちまったらしいな!』

 アスカは習得したばかりのサイドジョブ、ネクロマンサーで向かう敵の手数を一時押さえ込み、今度こそチャージタイムを終えてゆーのすけの懐へと特攻をかける。

*

 ……いや今回ネクロマンサーはダメだ、ヘリオポリスや聯合のプレイヤーの前であれを使うのは、本当に最後の手段だ。

 あの場にいたゆーのすけ以外にはおそらく露見していない手段であるし、やってもいいが、プレイヤーとしてもろもろの信用と引き換えにしていい手札ではない。

 ゆーのすけの際にそれを隠し駒として利用できたのは、彼のアンデッドの主導権に割り込んで一瞬の意表を突く、そういう限定的な利用に留めたから。

(ヤドリギもネクロマンサーも、インサニスの連中が見てる前で迂闊に使えないとなると……俺にレイド級相手の決定打はない。

 結果としてミユキはオールラウンダーだが、俺は災鴉に甘んじて、モンスターの契約も育成もやってこなかったし――こういうときにツケが巡ってくる、いや……)

 きっとあのとき、ゆーのすけさんの言った通りだ。まるで生きていない。

(そりゃとうに、俺は俺の人生なんて生きていない。

 ゆーのすけさん、あんたが正しいよ)

 キューリ――佐藤鳩里を喪う、それよりもずっと以前。ゲームが始まる前からして、俺には俺自身の核たるものがなにもないのだ。


 カレンの横顔をふと盗み見る。きっとミユキや彼女ですら、俺の正体に気づくことは一生ないだろう。

 もっともこんな紛い物の世界へ閉じ込められた今更、個人の真贋など、それこそどうだっていい。

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