第10話 レイド級変異種 対抗戦線

2a.2

 クルーガーもまた、アスカとカレンの一連のトラブルを観ていた。

 ゆえに苦言を呈している。

「たくやっすいメロドラマを演じてくれるな、つくづくなんなんだあの男は――。

 雰囲気からして湿っぽいというか、戦場で女にうつつ抜かしてるとは」

「そこが面白いんじゃないか、人間味っていうのは」

「……なぁカレイドよ」

 現場から少し離れた位置で、ふたりは改めてスタンピードとレイド級変異種の侵攻を傍観していた。

「あんな腑抜けたやつを、今でもなお好敵手だと言えるのか、あなたは?」

「クルーガー、彼は不動なんだよ。

 上位調教や絶対支配を手にし、および使徒級を侍らせたのはけして偶然でもなければ、今の彼が衰えているではけしてない――偏屈なプレイスタイルじゃあるがね、彼はすでにほかのプレイヤーに追随できぬ領域へ踏み込んでいる、そう期待させてくれるだけの格があるんだ」

「格、か。些かフィーリングに寄った主張だな、ゲームである以上、これは統計の集合体であり、本質的にプレイヤーの行動が逸脱することはないんだぞ。彼と同じステータスの強化、その行程さえ分かれば、プレイヤーとしての彼のスペックは原理として再現が可能なはずだ」

「技術は可能だろうけど、彼がそれを最初に発見するに至った経験を掘り下げないことには、ただの劣化コピーに過ぎない、それはわかってるだろう」

「我々に必要なのは攻略に使う力だ、彼の薄っぺらい人生を再演してやる意味がない」

「それもごもっともなんだけどね。

 俺は彼の人生、その苦渋も決断も、それら全てに思いを馳せてなお、彼と戦うことを愉しみたいんだよ」

「そうか、なら仰せのままに」

 クルーガーは肩を竦める。殺伐としたデスゲームのなかにおいて、娯楽の何たるかを見失わないある種の徳のようなものがカレイドには備わっている、クルーガーでさえそう想うときのある。

 フィーリングに寄るのは主義として好まないが、人を期待させ羨望を集める因子というのはあるはずだ。

 クルーガーにしてみれば、それさえ統計の範囲に最後は収まってしまうのだが。

 それでも……自分の前に現れるものには、自身の想像を瞬間的にでも飛び越した熱を観たいのが人間である。

(俺たちは寧ろ人間らしいくらいだろう、けれどなぜかな?

 ヤツが災鴉を扱うたび、始末屋アスカはどことなく、人間の範疇から外れたなにか異形のように見えてしまうのは)

 フィーリングそのものがダメなのではない、その後どのような視点や焦点かを当てて、その原因を納得いくまで追求するべきだった。

 まるであれは……人としての姿形をとっているだけの、中身は異形の如き不可解さを醸している。

 あれは凶暴というより、どこまでも怜悧な刃――そんなものが女との安っぽいメロドラマを演じるところのギャップ落差からして、薄気味悪いッたらありゃしない。

 人物プロファイリングでもクルーガーが噛んでいたらまた話は別だったろうが、それはさておき。

(始末屋アスカは、なにかが異常だ)



 洞窟で発生し、平原からタリスマンへかけて向かっている、スタンピードの群れとその後方に控えるライトニングサラマンダー。

 マリエのゴゥレムマスターは、岩石や土を利用しての陣地形成能力が高いため、落盤トリックを駆使したトラップを短時間で形成できる。

 そうして出てきたレイヨウの群れの第一陣は平原にできた土の段差に蹴つまづいて停滞した。

 そこへカドカクらが率いる部隊が続々と攻撃を開始する。

「動きが抑えられているうちに後方からやってくる次の群れを削れ!

 レイド級が来る前になんとかするんだ!」

 ミユキとキノらが合流したのは、そんな矢先。

「さっきまでスライム狩ってた土地が改造されてる!?」

「一定時間経つと地殻から修復作用が働くから、作戦が終わるまでほっといていい。

 もっとも大まかなものだから、時々地形は変わっちゃう。

 キノくん、私らも加わるよ」

「え? はい」

 暴走するレイヨウの異形たちは、NOAHたちの経験値稼ぎにはうってつけだ。

 並走するヘリオポリスのプレイヤーたちは、レイヨウにトドメを刺しては経験値を喰らっていくそれを唖然と眺めている。

「青い、キマイラ?

 レベルは大したことないようだが――なんだあのステータス!?」


 “【表層切削】撃破前の攻撃時、一定確率でドロップアイテムを獲得出来る、自身で撃破した場合、撃破後の獲得アイテムの重複時に一定確率で追加ボーナスが発生する”


(これはちょっとお得感のあるな、ところで)

「“纒”!」

 ヴォラシュとNOAHを両腕へナックル状に換装し、キノは自らも群れへ突っ込んだ。

「よせ!?

 きみのレベルでカウンターを喰らったりでもしたら!」

 親切なプレイヤーのひとりは忠告をかけるが、彼自身も長くやるつもりはなかった。

「大丈夫です!」

(一撃離脱だ、スタンピードのエネミーが攻撃へのカウンターを持つなら、そのまえに最大火力でまずはひとつ……頼む、削れろ!

 今の俺の最大火力で無理やり押し切ってでも、単独で撃破する!)

 もっと強くなる、でなければカリンを守れない!

 俺は強くなるべきなんだーーもっと。

「!!?」

 一体を確実に仕留めたはずだが、直後衝撃波と共にHPの八割が刈り取られている。

「なにが大丈夫、よ」

 ミユキのマフラーがたなびき、彼の胴を引っ掴んで放りあげた。

「カウンターにも種類がある、とりわけスタンピード中のモンスターへゼロ距離攻撃は、撃破後も蓄積余波を喰らう、知らないのも無理ないけど」

「すいません」

「いつまでも呆けていたら、別の誰かに負担がかかる。

 レベルは上がったんでしょう、次!」

「!?」

(レベルアップと同時にHPとMPは上限の上がって全開放される。

 スタンピードで暴走したレイヨウが放つ状態異常は継続されるのか、“鈍重化”、機動力とアバターの操作感覚に狂いが出てる、接近戦はまだリスクが高い、でも)

 このまま終わらせるつもりもない。

「レイド級がくるってなら、まずはこいつらで稼ぐしかないじゃないですか」

 ミユキのマフラーがたなびき、両端に抜剣している。

 さらには両手にも握り、視認した目標に片っ端から投擲、消滅させていく。

(なんだあのナイフの威力ーーレアリティとレベルが違えば、あれだけできるって!?)

 キノは周囲の反応をうかがった、ところがヘリオポリスのプレイヤーらもミユキの攻撃力に驚いていた。

「あの子にはエネミーの急所が見えているんだろう、けどスタンピードで暴れ狂っている中で、あれだけ繊細なコントロールをものとしているなんてな」

「――」

 先程キノへ忠告をくれた男が近づいて、彼の肩に触れる。

 状態異常が解除された。

「あ、ありがとうございます。さっきはすいません」

「私は『回復術士』なんだ、この程度のことなら幾らでもやっている。

 きみのように無茶をしてでも、だが……先がもたんぞ。

 スタンピードもレイド級も、初めてのようだな?」

「えぇ、まぁ」

「今どきそんなプレイヤーがいるのか、いや詮索はしない。

 彼女に師事を乞うているのか」

「それが?」

「いや――彼女、教えるのは得意?」

「問題ありません、俺が追いつけば済む話ですから」

「そうか。励めよ」「はい!」


 カリンたちがプランタートルとともに現着する。

「なんとか間に合った、防衛設備の強化がてらに北上してきたら、思いのほか侵攻が早いですねぇ」

「ネーネリア、カリン!」

「キノくん!? そっか、その青い子、キノくんの新しいモンスター。

 なら私も、できることからやらないと」

「今いるの、スライムだけだろう?」

「だったら――ミユキさん!」

 カリンは彼女を呼んで駆け出した。

(契約紋の待機スカウト状態、なんで、いやまさか)

 ミユキは彼女の右手が輝くのを見て、おおよそを察したようだが、

「スタンピード中のモンスター、私が調教テイムできますか!?」

「正気?

 まぁ一度試したら諦めも、いや……まず一か八か、試してみましょう」

 作戦はミユキが攻撃して動きの鈍ったレイヨウ属種の一体を、カリンの契約紋で使役する。

 内容はシンプルだが、対象とのパラメーターに差異がある場合、モンスターとの契約はやりにくい。

 ミユキのほうではなにか思いついたようだ。

「私が援護する、その間に――機会は一度限りよ」「はい!」

「こうしちゃいられないな、俺も!」

 ノアの纒を解除して、カリンの元へ派遣する。

 せめて肉壁くらいにはなるだろう。

「手伝う、君のやりたいようにしろ!」「ありがとう、キノ!」

 スタンピードの厄介なのは、モンスターに“恐慌”状態が付与されているところ。

 これがある限り、契約紋の調教行動は意味をなさないし、仮に待機状態へ持ち込めても成功する確率は限りなく低い。契約とは理性の上に成り立つものだからだ。

(対象のみの恐慌を抑え込めるなら、必要なのは)

 調律師であるカレンが、いつぞや用意したナイフ。

 神経毒により対象のモンスターから恐怖を除去する。

(医療用とカレンは言っていたけれど、こういうのにはお誂え向きか)

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