第2話 始末屋と呼ばれた青年

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 青年は機械の鴉を喚んだ。

 プレイヤーが使役するユニットは、オミット体と呼ばれるSD《スーパーデフォルメ》形態を扱えるようになる。

 先程の“領域制圧”は機械の八咫烏が放ったものであることはキノにもすぐに察せたが、それどころではない。

「どうして、こんなことを。

 オウリを助けるつもりなんてなかったんだ、あんたは!」

 キノは憤って、青年の胸倉を掴んで食ってかかる。

 対するアスカと名乗った青年の瞳は、ひどく冷たい。

「ならここで死んだほうがよかったか、全員、そこの娘共々」

「それは――理屈だ、こじつけだ!

 あんたは俺を騙した、本当にオウリを助けられたなら、あんたの回復術で果たすべきだった!

 オウリを返せよ!?」

 アスカは悪びれるでもなかった。

「生憎、間に合ってないからな。

 HPを全損したプレイヤーは、消滅するしかない。

 消滅するまでの秒間、プレイヤーの肉体オブジェクトは“無生物”と判定される。

 もう少し早ければ、なんて言うなよ?

 俺とお前は他人同士だ、義理もない」

「あんたは絶対に許さない、三条アスカ!」

 新鮮な憎悪だった。そうあって当然の。

「よもや自分たちが第一世代の連中に、洞窟をマッピングするための囮にされてたと、気付いてないんじゃなかろうな」

「え?」

「人を信じ過ぎたな、だから利用される」「――」

「まぁ、お前の努力は無駄ではなかったさ。

 手に入れたその力の意味、よく考えるといい」

 アスカは危険の去ったことをわかっているなら、二人を置いてさっさと洞窟から立ち去ろうとした。

 ……いつぞや、キューリを喪ったときの自分には、あの少年のように吐き出せる怒りなどあったろうか、そんなことをふと考える。

(見かねて身体が動くほど、情に厚いわけもない。

 俺はあの子らを利用しただけだ、傍に置いておくのも面倒くさい)

 傍からは始末屋などと呼ばれるが、自身でそう名乗ったことはない。

 ただ、自分が薄情なほうであることを否定はできないだろう。

 でなければ、プレイヤーキルなんてしてこない。


 洞窟の入り口に、二人の少女が待機していた。

 一人は長いマフラーを襟から流す、盗賊然としたプレイヤー。胴の露出度が腹冷やしそうな程度におかしい。

 もうひとりは彼女の従者にして金髪の令嬢。

「アスカさん、放っておくんですか?」

「あんな腑抜けどもを連れていたら、命がいくつあっても足らんだろ。

 ミユキ、お前があれらと共倒れしたいなら好きにしろ、俺は責任を取らん」

 盗賊姿の少女、ミユキはそう言われると、さっさと洞窟の奥へ消える。

「――、そんなことを言って、ミユキさんがやめると想いますか?」

「あいつは人の指示なんていつだってろくに聞かないからな。

 なにが従者なんだか……」

「相変わらずですね、アスカさん」

 こちらはミユキの従者であるなら、立場的にはアスカが元締めなのだが、

「どいつもこいつもその辺り、お構いなしだからな」

「?」

 ネーネリアにその自覚は薄い。こいつばっかりはなんだか楽しそうにしている。

 人がひとり死んだばかりというのに、“オルタナ”というやつは、結局こうなのだろうか?

 いや、単純に気にしてないだけなのはわかってる。プレイヤーでない彼女には、プレイヤーの死を特別視する理由がないのだから。

*

 アスカを除くキノたち四人は、一晩を野宿していた。

 だが、キノはオウリのいなくなったばかりというのもあり、ミユキへの警戒が解けない。

 中園央璃なかぞのおうりは、キノこと紀乃郁きのかおるにとってかけがえのない親友だ。

 新しく出たフルダイブVRゲームを一緒にやろうと言われ、ふたつ返事でついていった。

 もっともそれまでVRゲームに関心なんてさしてなかったキノがその気になったのは、央璃がタッチの差でクラスメイトのカリンこと天都花凜あまつかりんへ勧誘していたからだ。

 オウリはカリンに気があった。

 キノはそれを知っていたから、彼らの恋路を見届けてやろう気になったのだ。

 カリンが迷っているうち、キノを加えたパーティー三人でと勢いで彼は畳み掛けて、放課後にログインしようという話になり……それからこの五日近く、ゲームからログアウトできていない。

 この身体は娯楽以上の意味で飲食を必要としないが、現実に残っているはずの肉体はその限りではないはずだ。キノたちは外部からの救援を待ちながら、ひとまず攻略に励むことにした。

 ゲーム内は不可解に塗れている。

 ログアウトできない、それだけだって大事には違いないが、そもそも俺たちの知る『インペリアル・フロンティア・ノヴァ』はサービス開始したばかりだったはず。

 ログアウトできなくなってから探索すると、既にレベル150~170台へ達したプレイヤーたちに出くわした。彼らと我々とは、どうやら異なる時間経過を過ごしているらしく、彼ら“第一世代”は2年近くこの世界に閉じ込められているらしい。

 そして彼ら曰く、現実社会に我々の肉体は残っていないという推測を伝えられた。

 向こうの経験則では、ログアウトできなくなって数日目を境に、大規模失踪事件という体で報道されたニュース映像の切り抜きが運営から配信されて以降、運営から第一世代へのコンタクトは一切なくなったという。肉体がないなら、このゲームの途中で死んだ場合肉体へ“戻れる”ことはなくなる。

 あるいは肉体が別の場所へ転送されたにしても、それが何処だか分からない以上、HPゲージの全損によるゲームオーバー即ちプレイヤーとしての死が社会的な死とイコールであるデスゲームにほかならない。

(ログアウト不可のデスゲーム、なぜか今更、新作だと想ってのこのこ迷い込んできた俺たち第二世代――そんなものを、第一世代が快く歓迎するではないのは理屈としたらわからないじゃないが)


「オウリは第一世代のせいで、あなたたちのせいで消えたんです。

 ……いくらなんでも、バトルフィールドの推奨難易度から騙される筋合いはないですよ。

 そんなに俺たちが目障りなんですか、第一世代は!?」

 憤る彼に対して、ミユキは言った。

「文化が違う、とでも言おうかな」「文化」

「私たちは二年以上も、ここが仮想現実だとわかっているのに現実社会に帰ることができない。

 ネットがあって、文明があって、仕事があって、生活があった。

 あなたたちもそうでしょうけど、ここに居着いてしまえば、いやでもその感覚は薄れていく」

「――」

「第一世代は攻略を進めるに連れ、いたずらに母数を減らしてきた。

 とすれば、個々人なんて最早どうだっていい、あなたたちをマッピングがてらにちょうどいい、消耗品の観測気球程度にしか見ていないんでしょう、運がなかったわね」

「そんな……帰れないってことですか、私たち?」

 カリンが絶句し、キノは崩れる彼女の肩を支える。

「まだそうと決まったわけじゃ!?」

「そうだね。あなたたちがある日私たちの居場所へ急になだれ込んできたように、その逆もありうるかもしれない。あるといいよね、手遅れにならないうち」

 ミユキの口調には、第一世代はとうにそんな安直な外部からの救いなど諦めている、そういう息苦しさがあった。このままではいずれ、第二世代が同じ道を辿り狂っていくと暗に示している。

 キノはカリンを宥めながら、それ以上は楽観論を口にすることの出来なかった。

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