第11話 新人事制度の発表
「えー、本日はお集まりいただき、ありがとうございます」
私は緊張した面持ちで、セリス隊の50名の魔物たちを見渡した。会議室は、様々な種族の魔物たちでぎっしりと埋まっている。ゴブリン、オーク、リザードマン、他にも少数の種族たち。それぞれが不安そうな、あるいは好奇心に満ちた表情で私を見つめていた。
「早速ですが、本日から実施する新しい人事制度について説明させていただきます」
言葉を発した瞬間、会議室内にざわめきが広がった。隣に立つセリスさんが、不安そうに私の袖を引っ張る。
「あの、晴太さん……大丈夫でしょうか? みんな、すごく緊張してるみたいです……」
セリスの赤い瞳には心配の色が浮かんでいた。私は彼女に小さく頷きかけ、再び魔物たちに向き直った。
「まず最初に、皆さんに約束したいことがあります」
私はゆっくりと深呼吸をし、声に力を込めた。
「この改革は、決して皆さんを苦しめるものではありません。むしろ、皆さんがより活躍できる環境を作ることが目的です」
会議室の空気が、少しだけ和らいだように感じた。
「具体的には、以下の3つの柱を中心に改革を進めていきます」
私はホワイトボードに向かい、ペンを手に取った。
1. 適材適所の人員配置
2. スキルアップ研修の導入
3. 労働環境の改善
「まず、適材適所の人員配置についてです」
私は1番の項目に下線を引きながら説明を続けた。
「これまで、皆さんの個性や得意分野が十分に活かされていなかったのではないでしょうか?」
会議室の後ろの方で、小柄なゴブリンが恐る恐る手を挙げた。
「あのさ……オイラ、実は爆弾作るのが得意なんだよね。でも、いつも重い荷物運ばされてて……」
「そうなんですか!」
私は目を輝かせた。
「それは素晴らしい才能ですね。今後はそういった特技を活かせる配置を考えていきます」
ゴブリンは嬉しそうに頷いた。その横でオークの男性が不安そうな表情を浮かべている。
「オークの方、何か心配なことがありますか?」
オークは落ち着かない様子で答えた。
「俺たち、力仕事しかできねぇって思われてるんじゃないですかね……」
「いえいえ、そんなことはありません」
私は即座に否定した。
「オークの皆さんにも、きっと様々な才能があるはずです。例えば……」
私は少し考え込んだ後、パッと顔を明るくした。
「そうだ!オークの方々は団結力が強いですよね。チームビルディングのリーダーなんかぴったりだと思います」
オークの顔が驚きに満ちた表情に変わる。
「マジっすか?俺たちにそんな仕事ができるなんて……」
「できますよ、絶対に」
私は自信を持って答えた。
「皆さん一人一人の可能性を最大限に引き出すこと、それがこの改革の目的なんです」
セリスさんが横から口を挟んだ。
「でも、晴太さん。今までのやり方を変えるのって、すごく大変そうです……」
「その通りです、セリスさん」
私は頷いた。
「でも、変化を恐れていては何も始まりません。まずは小さな一歩から始めましょう」
私は2番目の項目に目を向けた。
「次に、スキルアップ研修の導入についてです」
会議室内に期待と不安が入り混じったざわめきが広がる。
「これは皆さんに新しいスキルを身につけてもらうための制度です。例えば……」
私は、リザードマンのグループに視線を向けた。
「リザードマンの皆さん、水陸両用の特性を活かした活動が得意だと聞いています。その特性を活かして、沿岸地域の偵察や防衛のスペシャリストになるための研修なんてどうでしょう?」
リザードマンたちの目が輝きだした。彼らの中の一人が興奮した様子で叫んだ。
「俺たち、海と陸の両方で活躍できるってことっすか!?」
「その通りです!」
私は笑顔で答えた。
「皆さんの得意分野を伸ばし、新たな才能を開花させる。それがこの研修の目的です」
セリスが不安そうに私の耳元でささやいた。
「でも、晴太さん。研修にはお金がかかりますよね……魔王様が許してくれるでしょうか」
私は小さく頷いた。
「大丈夫です。費用対効果はしっかり計算済みです。バルグリムさんにも必ず理解していただけるはずです」
最後に、私は3番目の項目に目を向けた。
「そして、労働環境の改善です」
会議室全体が一瞬静まり返った。魔物たちの目が、期待に満ちて私に注がれる。
「具体的には、残業時間の削減、休憩時間の確保、そして……有給休暇の導入を考えています」
突如として、会議室が歓声に包まれた。魔物たちは興奮のあまり、飛び跳ねたり抱き合ったりしている。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
セリスさんが慌てて声を張り上げた。
「みんな、落ち着いて!まだ説明は終わってないんですよ!」
しかし、興奮した魔物たちを静めるのは難しそうだった。私は思わず苦笑しながら、セリスに向かって囁いた。
「まあ、これだけ喜んでもらえるなら、いい兆しですよ」
セリスさんは困惑した表情を浮かべながらも、小さく頷いた。
「はい……でも、この熱狂ぶりに魔王様が拒絶反応を示してしまわないか心配です」
「大丈夫ですよ」
私は自信を持って答えた。
「この改革で、必ず魔王軍は強くなります。魔王様にもそれを理解してもらえるはずです」
混乱の中、私は静かに微笑んだ。これが、私たちの改革の第一歩。長い道のりになるだろうが、必ず成功させてみせる。
そう心に誓いながら、私は興奮冷めやらぬ魔物たちを見つめ続けた。
しばらく待っていたが、いつまで経っても興奮冷めやらぬ魔物たちに説明を続けなければならない。私は咳払いをして注目を集めた。
「えー、皆さん。もう少しだけお時間をいただきたいのですが……」
セリスさんが慌てて私の横に立ち、大声で叫んだ。
「みんな!静かにして!晴太さんの話を聞くよう!」
彼女の声に驚いたように、会議室が一瞬にして静まり返った。私は感謝の眼差しをセリスさんに向けてから、再び魔物たちに語りかけた。
「ありがとうございます。では、新制度の詳細について説明させていただきます」
私が説明を始めると、魔物たちは真剣な表情で耳を傾けた。適材適所の配置、スキルアップ研修、そして労働環境の改善。それぞれの項目について、具体的な施策を説明していく。
説明が一段落すると、小柄なゴブリンが恐る恐る手を挙げた。
「あのさ……オイラたちゴブリン、今まで雑用ばっかりだったんだよね。これからは、もっと重要な仕事任されるってこと?」
私は頷いて答えた。
「その通りです。例えば、あなたのような爆弾の専門家は、特殊武器開発部門で活躍していただけると考えています」
ゴブリンの目が輝いた。
「マジで!?オイラ、一生懸命頑張るよ!」
その言葉に、周りのゴブリンたちも興奮して騒ぎ始めた。しかし、その様子を見ていたオークの一人が、不安そうな表情で口を開いた。
「でもよ……俺たちオーク、今までの仕事なくなっちまうんじゃねーのか?」
私は優しく微笑んで答えた。
「いいえ、そんなことはありません。オークの皆さんの力強さは、魔王軍にとって大切な資産です。ただ、それだけでなく、皆さんの隠れた才能も活かしていきたいんです」
オークは少し安心したように見えたが、まだ完全には納得していない様子だった。
そんな中、リザードマンの一団が興奮気味に前に出てきた。
「俺たち、水陸両用の特殊部隊として活躍できるってことすか?」
「はい、その通りです」と私は答えた。
「皆さんの特性を活かした新しい戦術も開発していきたいと考えています」
リザードマンたちは嬉しそうに尻尾を振り、互いにハイタッチを交わし始めた。
その光景を見ていたセリスさんが、不安そうに私に近づいてきた。
「晴太さん……みんな、すごく期待してますけど、本当にうまくいくんでしょうか?」
私は彼女の肩に手を置いて答えた。
「大丈夫です、セリスさん。今は自信を喪失し、諦観を払拭することが最優先なのです。何事も、新しいことを始めるには、取り組む方のやる気や目標意識が大切です。がんばった先にある未来をイメージすることができれば、自ずとやる気が湧いてくるものなのですよ。もちろん、確かに課題はたくさんありますが、みんなで一つずつ乗り越えていきましょう」
セリスさんは少し安心したように頷いたが、その目にはまだ不安の色が残っていた。
説明会が終わり、兵士たちが退出していく中、突然ドアが勢いよく開いた。そこに立っていたのは、魔王軍の幹部の一人、バルザード将軍だった。
「何だこの騒ぎは!」
バルザード将軍の声が会議室に響き渡る。
「人間どもの真似事をして、魔王軍の伝統を汚すつもりか!」
セリスさんが驚いて私の後ろに隠れる。私は冷や汗を流しながらも、毅然とした態度でバルザード将軍に向き合った。
「将軍、これは魔王様の承認を得た改革です。魔王軍をより強くするための……」
バルザード将軍は私の言葉を遮るように言い放った。
「黙れ!人間風情が、魔王軍のことなど分かるはずがない!」
その時、セリスさんが勇気を出して前に出た。
「で、でも将軍!この改革で、みんなはもっと強くなれるんです!」
バルザード将軍は冷ややかな目でセリスさんを見下ろした。
「貴様まで人間に騙されおって!」
緊張が高まる中、突然部屋の隅から声が聞こえた。
「ふむ……面白い話じゃないか」
その声の主は、まさかの魔王バルグリムさんだった。いつの間に部屋に入ってきたのだろう。
バルザード将軍は驚いて魔王に向き直った。「魔、魔王様!こんなことを許すおつもりで……」
バルグリムさんは手を上げてバルザード将軍を制止した。「バルザードよ、新しいものを恐れるのは愚かというもの。この改革、しばらく様子を見ようじゃないか。人事総務部長兼経営企画室長には、3ヶ月間の猶予を与えておる。うまくいかなかったときには、魔王軍の伝統を遵守させることになっておる。お主も将軍らしく、腰を据えて構えておれ」
魔王の言葉に、会議室全体が静まり返った。バルザードさんは悔しそうな表情を浮かべながらも、魔王に頭を下げた。
「は……はい、魔王様」
バルグリムさんは私とセリスさんに視線を向けた。
「お前たち、期待しているぞ。魔王軍を、本当の意味で最強の軍団にしてみせろ」
私とセリスさんは力強く頷いた。
「はい!必ず結果をお見せします!」
魔王は満足そうに頷くと、バルザード将軍を連れて部屋を出て行った。
部屋に残された私とセリスさんは、ほっと息をつくと同時に、これからの重責に身が引き締まる思いだった。
「急なできごとにびっくりしてしまいました……」
私は額の汗を拭った。
「ただ、これで一つ山場は越えましたね」
セリスさんは少し興奮した様子で言った。
「はい!でも……これからが本当の勝負ですね」
私は頷いて答えた。
「その通りです。さあ、明日から本格的に改革を始めましょう」
そう言って会議室を出ようとした時、廊下の向こうから慌ただしい足音が聞こえてきた。
「大変です!大変なことになりました!」
走ってきたのは、魔王軍の伝令係。彼は息を切らしながら叫んだ。
「人間の国から、和平交渉の使者が来たそうです!」
私とセリスさんは驚きの表情を交換した。こんなタイミングで和平交渉?これは改革にとってピンチ?それともチャンス?
私たちの改革は、思わぬ展開を迎えようとしていた。
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