第10話 改革の幕開け
グリムトゥースの登場から一週間が過ぎた。その間、私たちは休む間もなく準備を進めてきた。ナディアさんは個別面談を、セリスさんは部隊内の調整を、そして私は全体の計画立案と進捗管理を担当した。
今日は、いよいよ部隊全体に改革案を発表する日だ。
「緊張するわ」
セリスさんが小声で呟いた。彼女の赤い瞳に、不安の色が浮かんでいる。
「大丈夫だ」
私は彼女の肩に手を置いた。その感触に、セリスさんの体の震えが伝わってくる。
「みんな、君を信頼している。それに、グリムトゥースさんのような理解者もいるじゃないか」
セリスさんは小さく頷いた。深呼吸を一つして、彼女は扉に手をかける。
「行きましょう」
扉が開くと、そこには50名の魔物たちが待っていた。ゴブリン、オーク、リザードマンなどなど。様々な種族が、不安と期待の入り混じった表情で私たちを見つめている。
「みんな、聞いてくれ」
セリスさんの声が、静まり返った部屋に響く。
「今日から、私たちの部隊は大きく変わることになる。人事部……いえ、経営企画室の晴太さんと一緒に、新しい取り組みを始めるわ」
ざわめきが起こる。その中に、期待と不安、そして少なからぬ反発の声が混じっているのが聞こえた。
「なんで俺たちが実験台にならなきゃいけねえんだ?」
一人のオークが声を上げた。その言葉に、同意するように頷く者も少なくない。
「君たちは実験台じゃない」
私は一歩前に出て、はっきりとした口調で言った。
「君たちは、魔王軍の未来を作る先駆者だ。今の魔王軍には問題がある。それは君たち自身が一番よくわかっているはずだ」
部屋が静まり返る。
「でも、変われるんだ。いや、変わらなければならない。そして、その変化を最初に起こすのが、君たちなんだ」
私は一人一人の顔を見回した。
「個々の強みを活かし、チームワークを高め、そして何より、働きがいのある職場を作る。それが、この改革の目的だ」
「具体的に何が変わるんだ?」
今度は、小柄なゴブリンが質問した。
「まず、役割分担を見直す」
私は答えた。
「例えば、ゴブリンの君たちには、その機敏さを活かした偵察や精密作業を。オークの諸君には、その力強さを活かした重装備での戦闘を。リザードマンの皆さんには、水中作戦や柔軟な動きを要する任務を」
「つまり、オレたちの特性を活かすってことか?」
オークの一人が、興味深そうに聞いてきた。
「その通りだ。そして、それに合わせた訓練プログラムも用意する。各自が自分の強みを伸ばし、弱みを克服できるようにな」
「でも、そんなの上手くいくのか?」
懐疑的な声が上がる。
「正直、わからない」
私は率直に答えた。その言葉に、部屋中がざわめいた。
「でも、このままじゃダメなのは、みんなもわかっているはずだ。だからこそ、変わるチャンスをものにしよう。3ヶ月。その間に、俺たちは奇跡を起こすんだ」
私の言葉が終わると、一瞬の沈黙が訪れた。
「やってみようじゃねえか!」
グリムトゥースさんが立ち上がって叫んだ。
「このままじゃ、俺たちの居場所なんてねえんだ。変われるチャンスがあるなら、全力でやってみようぜ!」
彼の言葉に、少しずつ賛同の声が上がり始めた。
「そうだな、やってみるか」
「面白そうじゃねえか」
「ま、ダメなら元に戻ればいいしな」
様々な声が飛び交う。全員が賛成というわけではないが、少なくとも試してみる価値はあると思ってくれているようだ。
「ありがとう、みんな」
セリスさんが涙ぐみながら言った。
「一緒に、新しい部隊を作りましょう」
こうして、改革の第一歩が踏み出された。
しかし、これは始まりに過ぎない。これからが本当の勝負だ。
その日から、私たちの挑戦が始まった。
最初の一週間は、混乱の連続だった。新しい役割に戸惑う者、急な変化についていけない者、そして相変わらず懐疑的な態度を取る者。様々な問題が噴出した。
「晴太さん、このままじゃ……」
セリスが不安そうに私に近づいてきた。訓練場の隅で、オークとゴブリンが言い争いをしている。
「大丈夫だ、セリスさん」
私は彼女の肩を軽く叩いた。
「これは予想内のことだ。変化には必ず混乱が伴う。誰しもが言われたことをすぐに言われた通りできるわけじゃない。個々人の意識や考え方が違う。変化を受け入れるまで時間がかかる人がいたっていいんだ。お互いにどうするべきか、どうしたいか、どうしてほしいのかを考え、行動していくことが大事なんだ。そうやって起こった混乱を乗り越えた先に、本当の変革がある」
セリスさんは不安そうに頷いた。
そして、二週間が過ぎた頃。少しずつだが、変化の兆しが見え始めた。
「隊長!見てくれ!」
一人のゴブリンが興奮した様子で駆け寄ってきた。
「この前の偵察訓練、今までの倍以上の範囲をカバーできたんだ!」
その報告に、セリスさんの顔が明るくなる。
「それに」
今度はオークが口を開いた。
「俺たち、重装備での機動訓練のタイムが2割も縮まったぜ」
次々と、小さな成功の報告が寄せられる。
「みんな、よくやった!」
セリスさんが思わず声を張り上げていた。
「素晴らしい!これが、君たちの本当の力なんだ。そして、まだまだ伸びる」
私が追従した言葉を受けて、部隊のメンバーたちの目に、少しずつ自信の色が宿り始めているのがわかる。
しかし、全てが順調というわけではなかった。
ある日、バルザード将軍が視察に訪れた。その冷たい目が、私たちの取り組みを厳しく見つめる。
「ほう、面白いことをしているようだな」
バルザード将軍の声には、明らかな皮肉が込められていた。
「しかし、所詮は子どもだましだ。本当の戦いでは通用しない」
その言葉に、部隊のメンバーたちの表情が曇る。
「いいえ、将軍」
私は一歩前に出た。
「これは、魔王軍の未来を作る取り組みです。必ず、結果でお示しします」
バルザードは冷ややかな笑みを浮かべた。
「ふん、3ヶ月後が楽しみだな」
そう言い残して、彼は立ち去った。
その夜、私は一人で書斎に籠もった。ノートを広げ、これまでの経過と今後の計画を見直す。
「まだ道半ばだ」
私は呟いた。窓の外には、満月が輝いている。その光に照らされて、私は決意を新たにした。
「でも、必ず成功させる。みんなの思いを、絶対に無駄にはしない」
そう心に誓いながら、私は次の一手を考え始めた。3ヶ月という期限まで、あと2ヶ月。この短い期間で、私たちは魔王軍の歴史を変えるのだ。
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