第7話 改革案のプレゼン準備

 オープンオフィスに隣接するガラス張りの部長室に朝日が差し込んでいた。透明な壁越しに忙しく働く魔物たちの姿が見える。机の上には山積みの資料が広がっている。魔王への改革案プレゼンまで残り3日。この3日間で、魔王軍の未来を左右する提案をまとめ上げなければならない。


 人事部長と総務部長を兼務することになった私は、この広々としたガラス張りの空間で両方の業務をこなしている。元々別々にあった人事部長室と総務部長室を統合し、効率的な業務遂行のためにこのレイアウトに変更したのだ。透明な壁は、オープンな組織文化を象徴しているようで、何となく気に入っている。


阿井澤あいざわ様、おはようございます」


 ノックの音とともに、ナディアさんがガラスドアを開けて入ってきた。彼女の手には、新しい報告書の束が握られている。ナディアさんも人事部長付きと総務部長付きの秘書を兼任することになり、忙しい日々を送っているはずだ。


「おはよう、ナディアさん。それは?」


「はい、各部署から集めた詳細な意見書です。昨日お伺いした通り、できるだけ多くの階級の魔物たちから意見を集めました。人事と総務、両方の観点から分析しています」


 私は感謝の意を込めて頷いた。ナディアさんの仕事の速さと正確さには、いつも感心させられる。


「ありがとう。さっそく目を通してみよう」


 報告書に目を通しながら、私は徐々に魔王軍の実態を把握していった。予想通り、多くの魔物たちが現状に不満を抱えている。人事面での課題だけでなく、総務的な側面、例えば職場環境や福利厚生に関する不満も目立つ。


「ナディアさん、これらの意見を踏まえて、改革案の骨子を固めていきましょう。人事と総務、両方の視点から考える必要がありそうです」


「はい、お手伝いさせていただきます」


 私たちは会議用の長テーブルを挟んで向かい合い、改革案の詳細を詰めていった。透明な壁越しに見える忙しそうな部員たちの姿が、この改革の重要性を再認識させる。


 まず、労働環境の改善。これは人事と総務の両面にまたがる課題だ。


「残業時間の上限を設定し、それを超える場合は上司の承認を必要とする制度はどうでしょうか」


 ナディアさんが提案した。


「良いアイデアですね。それに加えて、休暇取得の義務化も盛り込みましょう。総務の立場から、休憩スペースの拡充や、快適な職場環境の整備も提案しましょう」


 次に、給与体系の見直し。これは主に人事の領域だが、総務の観点からも重要だ。


「ナディアさん、魔王軍の予算状況はどうなっていますか?」


「はい。人材流出による戦力低下を補うために、傭兵の雇用に多額の資金を使っています。この部分を削減できれば、給与の引き上げは十分に可能です。また、総務部門では以前から経費削減案もいくつか準備されていたようです」


「なるほど。それは説得力のある論点になりますね」


 キャリアパスの整備も重要だ。明確な昇進基準を設け、各人員の適性に応じた配置転換を行う。また、スキルアップのための研修制度も充実させる。


「魔法力向上プログラムや、リーダーシップ研修なども効果的かもしれません」


 ナディアさんが付け加えた。


「そうですね。個々の人員の能力を最大限に引き出すことが、魔王軍全体の強化につながります。総務部門でも、業務効率化のための研修を企画しましょう」


 さらに、種族間の差別をなくすための多様性尊重プログラムも盛り込む。これは、組織の結束力を高める上で不可欠だ。


「ナディアさん。今は秘書という立場ではなく、魔王軍に所属する一ダークエルフして答えてください。今の魔王軍には、どのような取り組みが効果的だと思いますか?」


 ナディアさんは少し考え込んでから答えた。


「種族間の相互理解を深めるワークショップや、多様性を認め合う文化醸成のためのイベントなどが良いかもしれません。総務部門が主体となって、そういったイベントの企画・運営を担当できます」


「素晴らしいアイデアです。ぜひ取り入れましょう」


 最後に、魔王軍の使命と価値観の再定義。単なる世界征服ではなく、魔物たちの幸福と安全を守るという新しいビジョンを打ち出す。


「これは魔王様を説得する上で、最も難しい部分かもしれません」


 ナディアさんが心配そうに言った。


「確かにそうかもしれません。でも、この改革なくして魔王軍の未来はない。何としても理解してもらわなければなりません」


 改革案の骨子が固まってきた頃、外はすっかり暗くなっていた。ガラス越しに見えるオフィスも、徐々に人が少なくなっている。気づけば、丸一日議論に没頭していたようだ。


「ナディアさん、今日はここまでにしましょう。明日は具体的な数値目標と、実施スケジュールを詰めていきます。人事と総務、両方の視点から細かく検討する必要がありますね」


「はい、わかりました……阿井澤様」


「なんですか?」


「この改革、必ず成功させましょう。私たちにとって、とても大切なことだと思うんです」


 ナディアさんの真剣な眼差しに、私は強く頷いた。


「ええ、必ず成功させます。魔王軍を、いや、この異世界をより良い場所にするために」


 その夜、帰宅途中の道すがら、私は空を見上げた。無数の星が輝いている。その一つ一つが、魔王軍で働く魔物たちの希望の光のように思えた。


 明日からのプレゼン準備は更に厳しいものになるだろう。人事と総務、両方の視点から改革案を練り上げる必要がある。しかし、この改革を成功させることが、私がこの世界に転生してきた理由なのかもしれない。そう思うと、不思議と心が落ち着いた。


 魔王であるバルグリムさんの説得。簡単な道のりではないだろう。出会ったときから、自分の考えに固執する頑固親父のような印象が強い。話を聞く気になってくれる時点で、奇跡と言ってもいいくらいだ。だが、魔王軍にいる人員たちの未来のために、全力を尽くす価値は十分にある。


 家に帰ると、私はさっそくプレゼンテーションの構成を練り始めた。導入部分では、現状の課題を明確に示し、魔王軍の存続が危機に瀕していることを印象づける。そして、人事と総務の両面から具体的な改革案を提示し、その効果を数値で示していく。最後に、新しい魔王軍のビジョンを魔王と共に創り上げていくことを提案しよう。


「よし、これでいける」


 満足げに頷きながら、私はペンを置いた。明日は、ナディアさんと共により具体的な内容を詰めていこう。魔王を説得し、魔王軍を変える。その先にある、新しい異世界の姿を思い描きながら、私は静かに目を閉じた。

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