第5話 社員たちの不満

 セリスさんとの面談を終えて数日が経った。私、阿井澤あいざわ 晴太せいたは、魔王軍の人事部長兼総務部長として、組織の実態をより深く知るために、様々な部署を回っていた。ナディアさんの協力を得て、できるだけ多くの社員たち?軍人たち?会社っぽい感じがするから社員たちでいいや、と直接対話する機会を設けたのだ。


「阿井澤様、本日はまず経理部から始めましょう」


 ナディアさんが今日のスケジュールを確認しながら言った。


「はい、お願いします」


 私は頷きながら、心の準備を整えた。


 経理部に到着すると、そこには先日も見た光景が広がっていた。様々な色とりどりの小さな妖精たちが、空中を飛び回りながら計算をしている。その様子は、まるで色とりどりの光の粒子が舞っているかのようだった。


「先日も拝見しましたが、これは……」


「はい、経理部の日常風景です」


 ナディアさんが説明してくれた。


「妖精たちは計算に非常に優れていますが、気まぐれな性格のため、スケジュール管理とモチベーション維持が課題となっています」


 なるほど、種族の特性を活かした人員配置か。しかし、何か違和感がある。


「課長さんはどちらですか?」


 すると、奥から一匹の大きなミノタウロスが現れた。


「私が経理部長のタウロスだ。何か用かな?」


「はい、実は魔王軍全体の業務効率化について調査しているんです。経理部での課題や、社員の方々の不満などがあれば教えていただけませんか?」


 タウロス部長は、大きく息をついた。


「実のところ、問題は山積みなんだ。まず、妖精たちの気まぐれさだ。彼らは素晴らしい能力を持っているが、モチベーションの維持が難しい。今日はやる気満々でも、明日には全く違うことに興味を持っていたりするんだ。仕事以外に興味を持ってしまった日はオフィスにすら来ないことだってあるよ」


 私は頷きながらメモを取る。


「なるほど。他には?」


「データの管理も課題だ。妖精たちは頭の中で複雑な計算をこなせるが、それを記録に残すのが苦手でな。重要な財務データが、妖精たちの気分次第で消えてしまうこともあるんだ」


 話を聞いていると、種族の特性が、思わぬところで問題を引き起こしているようだ。


「社員の方々から直接話を聞いてもいいですか?」


 タウロス部長は快く許可してくれた。まず、妖精の一人に話を聞いた。


「私たち、計算するの大好き!でも、毎日同じ計算じゃつまらなくなっちゃう」


 妖精は、キラキラした目で言った。


「もっと面白い数字で遊びたいな」


 次に、妖精たちのサポートをしている社員たちに話を聞くと、また違った不満が聞こえてきた。妖精たちのサポートをしている社員はゴブリンが多かったが、他の種族もいた。聞くと、他の部署から文字を書くのが早い人たちが送り込まれているとのこと。


「妖精さんたちの計算速度は素晴らしいのですが、その結果を正確に記録するのが大変です。彼らの興味が移ってしまうと、途中まで計算していた内容を聞き出すのも一苦労で……」


 午後には、他の部署も回った。警備部では、目の数が百以上あるアーガスが、こぼしていた。


「私たちは24時間体制で警備をしています。でも、目が多いからといって、ずっと起きていられるわけじゃないんです。交代制を導入してほしいのですが……」


 魔法開発部では、魔女たちが新しい呪文の開発に没頭していた。しかし、彼女たちにも不満があった。


「新しい呪文を開発しても、他の魔女に簡単に真似されちゃうのよ。これじゃあがんばって新しい魔法を開発しても、他の魔女の魔法を真似したんだろうって言われちゃって。少しでもいいから、新しい魔法を独占できる期間があると嬉しいわ」


 そして今日の最後は、配送部。ここでは、飛行能力を持つハーピーたちが荷物の配送を担当していた。


「私たちの羽は、雨に濡れると飛べなくなっちゃうの。でも、雨の日でも仕事は休めないのよ。何か対策を考えてほしいわ」


 一日中、様々な部署を回り、多くの社員たちの声を聞いた。部屋に戻ると、私は出したくなるため息を抑え、軽く頭を左右に振った。


「ナディアさん、状況はかなり深刻ですね」


 ナディアさんは、心配そうな表情で頷いた。


「はい、阿井澤様。魔王軍の問題は、たくさんの種族で構成されている以上、大変複雑です。種族ごとの特性や能力の違いが、思わぬところで軋轢を生んでいるようです」


「そうですね。でも、その多様性こそが魔王軍の強みなはずです。これをうまく活かせれば……」


 私は、机に広げられた各部署の報告書を見つめながら考えを巡らせた。そして、ふと気づいたことがあった。


「ナディアさん、各部署の不満や問題点を見ていると、実は解決策が見えてきます。例えば、経理部の妖精たちが飽きやすいなら、定期的に新しい課題を与えたり、他の部署と連携するプロジェクトを作ったりするのはどうでしょう」


「なるほど……」


 ナディアさんの目が輝いた。


「そう、部署間の人材交流を行えば、新しいアイデアが生まれるかもしれません。警備部のアーガスたちの問題は、配送部のハーピーたちと組ませることで解決できるかもしれない。夜間飛行が得意なハーピーもいるはずですから」


 私は興奮気味に話し続けた。


「新しい魔法を独占できる期間がほしいという魔女たちの希望は、新しい魔法を知的財産だと考えるほうがよさそうです。法務部と協力して新しい制度を作ることで、少しは対応できるかもしれません。そして、経理部のデータ管理の問題は、魔法開発部と協力して改善できるはずです」


 ナディアさんは、感心したように私を見つめていた。


「阿井澤様、素晴らしいアイデアです。ですが……」


「ですが?」


「これらの改革を実行するには、魔王様の許可が必要になります。伝統を重んじる魔王様が、これほど大胆な改革を認めてくださるでしょうか」


 私は、ナディアさんの懸念にも頷かざるを得なかった。確かに、バルグリム魔王は伝統と秩序を重んじる方だ。


「大丈夫です、ナディアさん。魔王様にも、魔王軍の未来のためにはこの改革が必要だと理解していただきます。データと論理的な説明があれば、きっと納得してくださるはずです」


「阿井澤様……」


 ナディアさんは心配そうな表情を浮かべたが、すぐに決意に満ちた顔つきに変わった。


「分かりました。私も全力でサポートさせていただきます」


「ありがとうございます、ナディアさん。では、明日から具体的な改革案の作成に取り掛かりましょう。魔王軍を、全ての魔物たちが生き生きと働ける場所にするんです」


 窓の外では、夕暮れの空が赤く染まっていた。明日からの戦いに向けて、私は静かに決意を固めた。人間界でのブラック企業での経験を活かし、この異世界で理想の職場を作り上げる。それが、私がここにいる理由だと思うから。

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