第4話
いつもの時間に着いたが、ひよりちゃんはいなかった。焦る気持ちが胸を占める。
名前を呼んでみようか、とも考えたが、もし外出中だったらイタい奴だ。いや、きっとそうだ。車はあるけれど、家にいないのだ。居間にいるなら、そこに見える窓から俺の姿が見えているはずだから、そうに違いない。
そう言い聞かせて、心にわだかまりを抱えたまま、踵を返した。
「爽太くーん!」
はっと後ろを振り向く。目線は斜め上――、ではなく真っ直ぐ前。
「なに帰ろうとしてんの!」
「あっ、いや、今日はいないのかと思って……」
「いるよ~。爽太くんが来るの見えたから、アイス取ってきてたの!」
そう叫ぶひよりちゃんの手には、袋に入った棒アイスが二つ握られている。
俺は多少安堵して木陰に戻った。アイスを包む袋に何か文字が書いてあるように見えたが、すぐにぺりぺりと破られて、ひよりちゃんはそれらを裏口のごみ箱に捨てた。
「スイカバーとメロンバー、どっちがいい?」
「じゃあ、メロンバー」
「はい」
俺は手渡されたそれをかじる。メロンバーを選んだのは、ひよりちゃんがスイカバーの方が好きだと知っているからだ。
ひよりちゃんは満足そうにスイカバーにかじりついている。昨日のことは、忘れているだろうか。
「ひよりちゃん」
「ん?」
「今週の日曜に花火大会があるんだけど――、一緒に行かない?」
彼女は目を見開く。口が開きかけ、その形は「ご」になるような気が、する。
「あいやっ、別に、無理だったら無理で大丈夫だから」
「ううんっ! 無理じゃない! むしろ嬉しい。誘ってくれて」
俺は自分に失望した。ひよりちゃんが断れないような言い方をしたことに。しかし無理強いしている自覚があればあるほどそれは加速していく。
「いや、本当に無理しなくていいか——」
「いや、ほんとに無理してなくてっ……」
そこでお互いに黙り込んだ。アイスが溶けて手に垂れた。服で拭っても、まだ微妙にべたべたとした。再び垂れてきそうなアイスのしずくを口に含む。今度は反対側から垂れた。
「ほんとに、嫌じゃないの」
落ち着いた声が通り過ぎて、顔を上げる。
「でも、公民館じゃなくて、あそこがいいかな」
微かに口角を上げてひよりちゃんが指したのは、あのトタン屋根だった。
「え、俺も?」
「当たり前じゃん、ここじゃよく見えないよ。それに対してどう? あそこ。めっちゃきれいに見えそうじゃない?」
屋根の上から見る花火を想像する。でも、上手く思い浮かばない。いつもより近くで見る感じがするのだろうか。
「そう、かもしれないね」
「でしょ? じゃあ決まり! 日曜日は屋根に座って二人で花火を見る!」
「あ、うん」
ひよりちゃんはさっきまでとは打って変わって、不思議なくらい舞い上がっていた。花火花火っ、と声に出しては両手両脚を忙しなく動かしている。俺が心配そうな目を向けると、彼女はえへへと笑った。
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