第十二話 黒の少年と家庭の事情
セイブルは息の上がっているフレアをかばうように前に出る。
「シュツルム、貴様には荷が勝ちすぎる相手のようだ。下がれ、俺がやる」
「兄者……」
アイゼンもシュツルムを制し、前に進み出た。
「一対一を続けるか、律儀なことだ」
「すみません、若……」
「いや、よくやった」
悔しげに息を吐くフレアを労い、セイブルはアイゼンと対峙する。
「いざ!」
アイゼンは
セイブルは正眼から軽く右へ剣先を開いて待ち受けた。
大鍘刀の振り下ろしを体捌きで躱し、セイブルは反撃に
アイゼンは両手持ちで構えた大鍘刀を、体を軸にしてコンパクトに振り回すかと思えば、右手を離して左手で端を持ち、リーチのある大刀としても軽々と振るう。時には蹴りもとりまぜて飛んできた。
口先だけでなく、まさに変幻自在の使い手だ。
ゲルノート家の家臣団全体を探しても、この男と勝負らしい勝負ができそうなのは数人といまい。
セイブルは感心した、が――。
(俺の敵ではない)
口の端が歪む。
「シラー伯ホルバイン家の流儀といえば<
「その通り、無骨一辺倒な<
アイゼンは豪語する。
「中伝を終えて間もなく破門となったそうだが」
「うむ、我らの器もまた、そこに収まらないほどに大きすぎたのであろう……」
しみじみと言う。
<十方無間流>は〈西方〉において<神濤流>と並ぶ総合武術であり、修行者の数では勝っているほどだ。
<神濤流>は剣を中心に槍・弓の三つの武器に、無手での技が補助的に含まれている程度だが、<十方無間流>はもう少し手広く、無手での技の他、<東方>の武器の研究にも余念がない。
ただ基本的に参考程度であり、「よくわからない武器を敵とした場合の対策のため」という意味合いが強く、自ら愛用するアイゼンらは異端だ。
「なるほど、口もよく回るよう――だっ!」
アイゼンの斬撃を、角度を合わせて強く弾く。
「ぬ――ぐっ!」
アイゼンは大刀に振り回され、体勢を崩す。
セイブルはその懐に潜り込むと、柄で相手の顎を
アイゼンは苦悶の声をあげて大刀を取り落とし、肩を押さえて膝をつく。
「左腕はもうあがらないはずだ。このまま続けて勝ち目があると思うほど愚かでもあるまい、それともここで犬死にするか?」
「貴様ーっ!」
セイブルは激昂して飛び出してきたシュツルムの、ジャマダハルの両手突きを横に飛び退いて躱す。
向き直った相手へ唐竹割りの一撃。
シュツルムは咄嗟に頭上でジャマダハルを交差して受けようとしたが、『雲降ろし』は易々と二重の刃を断ち切り――剣先はその鼻面ぎりぎりをかすめていった。
「もうよせシュツルム、手加減する力の差を見せつけられた時点で負けを認める他はない」
硬直して動けないシュツルムにアイゼンが声をかけた。
今度はセイブルに向き直り、
「仕合において敗者の生き死には勝者が決めること。情けをかけられたことに恨み言は申さぬ――が、せいぜい後悔させてやろう、と負け惜しみくらいは言わせてもらおうか」
と、苦々しげに言う。
「然り然り――」
突如、ヴルカーンが<
地面が爆ぜ、
虚を突かれた一同は咄嗟に両手で顔を守るのがせいいっぱいで、土煙が収まった時には「
◇◆◇◆◇◆◇
刺客の生き残りを縛り上げ、怪我人の手当などを指示するとセイブルはまず家族の元へ向かった。
「ご無事ですか、奥方様」
「大事ありません。モニカも無事です」
馬車の扉を開いて顔を見せたヘルガとモニカに、セイブルはほっと息をついた。
「申し訳ありません、賊の一部を取り逃しました。まあ奇行の過ぎる奴らで、捕らえたところで証人とするには足らぬ者たちでしたが」
「こちらに死者は?」
「おりません。非戦闘員には怪我人も出ておりません」
「ならば、今はとりあえずおいておきましょう。――あなたとは明日、ヴァルムの屋敷で会うはずでしたが、何かありましたか?」
「
ヘルガは自分の頬に手を当て、ゆっくりと撫でる。
「そう……あの人も色々考えてはいるのね」
「お二人のことは当然ご心配なさっておられます」
ヘルガは苦笑すると、居住まいを正す。
「今回もネルケさんには助けてもらったわ、貴方からもお礼を言っておいてちょうだい」
「言われるまでもありませんよ」
セイブルは一礼するとネルケの姿を探す。なんとなく足早に。
◇◆◇◆◇◆◇
「いや、いかな神が我らに救いの手を使わしたかと思っていれば、まさか女神自ら来降なさっておられたとは」
口髭を生やした壮年の男が、感激した素振りで撫子色の髪をした少女の手をとる。
「御屋形様」
セイブルが咳払いすると、男は「おや、これは失礼」と少女から手を離した。
あの後、襲撃を受けることもなく、一行は翌日の昼下がりには王都ヴァルムのゲルノート家
そして夕刻、晩餐の前に「御屋形様」――セイブルの父親であるカール・ゲルノートの要望でネルケを彼の執務室に案内してきたところだった。
「我が娘の命を救って頂いたこと、まことに感謝の念に堪えませぬ。まずはお礼申し上げる。――また、昨日も娘のみならず我が妻まで救ってくださったとか」
そう言ってカールは背筋を伸ばし、ネルケに向かって深く腰を折った。
「頭をお上げください、私はただできることをやったに過ぎません」
「では、こちらからも心ばかりの謝礼を受け取っていただきたい」
頭を上げたカールが目配せすると、秘書然として控えていた侍従が、部屋の中央に用意されていた丸テーブルの上に抱えていた箱の中身を並べた。
金貨の入った袋に、ゲルノート家の家紋――車輪の紋章が入った懐剣。そしてゲルノート家の象徴色である青のフード付きケープ。
ケープは金糸銀糸で縁取られた立派なもので、右の裾の端には控えめだがやはり車輪の紋章が入っている。
「その印があれば、我が家門が貴女のお力になれることもあるでしょう」
前もって聞いていなかったセイブルは非難の視線を父親に向けたが、当人はどこ吹く風だ。
恩着せがましいことを言っているが、やっていることはネルケを自陣営に取り込もうとしているに他ならない。
こんなもの身につけていたら――いや、渡されたことを知られるだけでもネルケはゲルノート家に属する人間だと誰しもが判断する。
そんなことを知ってか知らずか、ネルケはにこやかに礼を述べてそれらを受け取り、目の前で羽織ってみせることすらした。
「では、晩餐の際にまた――」
主にヘルガやモニカに関する当たり障りのない雑談の後、そんな挨拶を交わしてネルケは退出し、今度は侍従に案内されて与えられた部屋に戻っていった。
「御屋形様。一体何を考えていらっしゃるのですか」
部屋に残ったセイブルは二人きりになると、父親に向かって言い募る。
「なにをもなにも、家族のことと家のことに決まっているだろう?」
「クルギア伯との抗争が問題になっている時に……なぜ彼女を我が家の事情に巻き込むような真似をなさるのです」
カールは執務机の椅子に座り、机の上で手を組む。
「彼女は力のある魔法使いなんだろう。魔女の知識や知恵もあるし、優秀な人間を抱えて家に力を蓄えることは周囲への牽制にも繋がる」
「恩人を……」
「それに、彼女をうちに留まらせたいのは
ヘルガのことだ。
「あの方の意図は、そんな利用する形でなくて純粋に友人としてということでしょう」
セイブルは呆れて言う。
「
「なんでかなぁ、
カールは遠い目をしてぼやく。
「まあ、お前も随分とあの娘を気に掛けているようじゃないか。我が家と親しくするのはいっそ好都合とか思わんのか?」
「迷惑をかけるようなことはしたくありませんよ」
セイブルが渋い顔をするとカールはにやりと笑い、
「若いなあ、そんなんじゃまだまだ家のことは任せられんな」
右手で頬杖をついてからかうように言った。
「別に構いやしません。モニカに婿をとらせて家を継がせたっていいくらいだし、その可能性を忘れたこともありません」
「それでお前はどうするんだ?」
「自分一人くらい、どうとでもなりますよ」
不意にカールは真面目な顔になって体を起こし、椅子にもたれる。
「無理だな。なまじ腕に
あの三兄弟を例に出されては言葉に詰まってしまう。
「ま、黙って家を継いでおくんだな。覚悟さえ決めれば、やっぱり芸のない私で務まるくらいの仕事だ」
そこでふと気付いたように、
「しかしモニカに婿というのは魅力的な話ではあるな。多情な男のところにでも嫁に行くことになったら目も当てられん、私の目と手が届くところに置いておきたい」
真顔でそんなことを言う。
「ご自身の多情の産物を目の前にして、よくもまあそんなことを……」
セイブルはそれ以上は呆れて物も言えず、脱力した。
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