第十一話 撫子の少女と辺獄の三兄弟

 ネルケ達が東ルクシウス王国の王都、ヴァルムへ向かったのは、小さなお茶会での『お願い』から一週間後。


 <古王朝>時代に整備された街道を補修して使っているため、大きな街道には恵まれている。が、婦人と子供の馬車旅となるとそれなりに時間もかかる。

 そのため、ヴァルムへの先触れを兼ねてセイブルが先行し、ついでに道中の手配を行っていた。


「明日にはお兄さまと会えますね。こんなに長い間顔を合わせていないのは、ずいぶん久しぶりな気がします」


 有蓋馬車の中、差し向かいに座りあったモニカの弾んだ声。


「ああ、そういえばそうですね」


 モニカを退屈させないため、そして自分達の疲労を半減するため、ネルケとヘルガは交代で少女と同じ馬車に乗ることにしていた。

 ネルケは騎馬でも良かったのだが「婦女子の待遇ではない」とヘルガに窘められたのもある。


「……脈がないのかしら……なんだかお兄さまも自覚があるのか怪しいし……」


 セイブルの不在に今気がついたようなネルケの返事に、モニカは何やらぶつぶつとつぶやきながら考え込む。馬車の音でネルケには何を言っているのか聞こえなかったが。


 不意に馬がいななき、馬車が急停止する。

 つんのめって倒れ込みそうになったモニカを咄嗟にネルケが支えた。


「何、どうしたんですか!?」


「道の前方が倒木で塞がれているようです。賊の罠かもしれません、馬車から出ないでください」


 窓に顔を出して問うと、騎馬の従士が警告を発した。

 従士達は迅速に主の家族が乗った馬車を守るべく動く。


「クックククク……さすがは音に聞こえたゲルノートの『鉄輪騎士団』よ」

「左様……判断が速い」

「然り然り」


 ネルケは馬車の窓から彼らの姿を見た。

 喉の奥を震わせるような笑い声と共に、街道脇の木立の陰から現れたのは――。


「なんだぁ……野盗にしてもけったい・・・・な奴らだな」


 従士の一人が毒気を抜かれたように言う。

 現れたのは、奇抜な風体をした三人組の男だった。


「クックククク……我らを野盗ごときと見誤るとはな」

「左様……人の本質を見抜くまなこは鍛えておらぬようだ」

「然り然り」


 男達は三人揃って巨漢で、成人男性の平均的な身長より優に頭一つ二つは大きい。

 横幅もそれ相応、隆々とした体躯を誇らしげに、肩で風を切るようにして歩く。

 その広い肩の上には太い眉に突き出た頬骨と、やたらと「濃い」顔がのっている。


 リーダーらしいのは、不精髭だらけの口元に傷痕のある、焦げ茶色の短髪をツンツンに逆立てた男。

 素肌に直接、袖のない黒革のつなぎ・・・――トゲのついた肩当てや、膝パッドなどが備わっている――を着込んでおり、鍛え上げられた筋肉がそれを下から押し上げているため全体的にぴっちりとしている。


 比べて細身の二人目は、腰まであろうかという黒の長髪で、前髪はひさしのように大きく前方に張り出していた。その下の額には大きなバツ印の向こう傷。

 やはり素肌の上に灰色のロングコート――ただしこれも破り取ったような跡を残して袖がなくなっている――を羽織っており、引き締まった胸板や割れた腹筋を前合わせからチラ見せしていた。


 スキンヘッドの三人目は一層の巨体で、横幅も特に広かった。

 上半身は裸で、服の代わりに太い革帯が斜めに交差しており、常人離れした筋骨を晒している。上腕部はネルケの腰ほどもあるのではないかという錯覚に陥るほど太い。


 実際のところ、一目でわかるのは彼らは筋肉モリモリマッチョマンの変態以外の何者でもないということだった。夜道で遭遇したらネルケでも悲鳴を上げる。


「うげっ。なんだあれ」


 騎乗したままネルケの馬車の側によってきた従士が絶句した。

 見やればオディロだった。他にも遺跡探索行の時の面子が集まってきている。


「我らの名は!」


 三人組が揃って叫んだ。

 無精髭が、仁王立ちの状態からばっと右腕を高くさしあげる。


「『斬鉄』のアイゼン!」

「自分を斬ってない?」


 長髪が両手を広げ、大きく胸を張る。


「『斬鉄』のシュツルム!」

「かぶってる上にやっぱり味方斬ってない?」


 スキンヘッドが右手を右肩に担ぎ、左手を前方に伸ばして見得を切る。


「『疾風』のヴルカーン!」

「そっちが疾風なんだ……」


 いちいち律儀にツッコミを入れているのはイルザだ。


「我ら! 『辺獄のリンバス三兄弟』!」


 再び三人一緒に叫ぶ。


 何か腫れ物に触るような空気が流れる中、従士の一人が勇気を振り絞って声を上げた。


「何用だ! 我々をゲルノートの従士団と知ってのその態度、事と次第によってはただでは済まぬぞ!」


 三人は再び喉の奥で笑う。


「クックククク……もとより承知の上」

「左様……それこそ望む所よ」

「然り然り」

「ふざけおって……!」


 激昂した従士が下馬して追い払うように抜剣すると、長髪が前に進み出た。


「高名な『鉄輪騎士団』の名に敬意を表して、この次兄シュツルムがお相手しよう」


 男の両手にはいつの間にかジャマダハルと呼ばれる<東方>の武器が握られていた。

 握った拳から垂直に刃が突き出たような特異な短剣である。


「痛い目を見ないとわからんようだな……後悔するな!」


 従士が斬りかかるが、シュツルムは長躯に似合わぬ俊敏さでその斬撃を躱した。さらに続けて息つく間もない連続攻撃を仕掛けるも全て回避されてしまう。


 シュツルムは焦れて大ぶりになった従士の一撃を初めてジャマダハルで受け流すと、相手の胴体に鋭く重い前蹴りを入れて吹き飛ばした。


「口ほどにもないな。ゲルノートの従士とはこんなものか」


 シュツルムが嘲笑い、従士達の間にピリっと緊張感が走る。普段は気のいい彼らが、ネルケにもわかるくらい殺気立った。


「お嬢様を奥方様と一緒の所にさがらせて……いつでも逃げられるように」


 馬車の窓に顔を寄せ、フレアが言う。


「え?」

私と同格以上の三人・・・・・・・・・が相手じゃ、このうえ伏兵がいた場合対処が難しい」


 彼女はそう言って馬を降り、前に進み出る。


「私が相手をするわ」

「女か……だが確かに先ほどの男よりは腕が立つようだ」


 それ以上は何も言わず、抜剣して地を蹴り、フレアが仕掛けた。




 ネルケはフレアの言葉の意味を考える。

 奇抜な格好、奇矯な言動、外連味のある態度、確かに彼ら「三兄弟」は陽動にはぴったりだろう。

 実際、護衛達の多くは彼らに意識を取られすぎている。


(護衛の注目を集めるのが目的? そうなると伏兵の配置と目的は……)


 ネルケは馬車を降り、同乗していた侍女と手近にいた従士に言い含めて、モニカをヘルガのいる後ろの馬車へ移動させる。

 グスタフがこちらの動きを認めてついてきてくれた。寡黙だがよく周囲を見ている男だ。


「ネルケさま……」

「大丈夫、ヘルガ様と一緒にいてください」


 モニカをヘルガに任せたその時、三兄弟が現れたのとは反対の木立の間から新手の男達が十人ばかり現れた。

 こちらは普通の革鎧を身につけた平凡で没個性な並の男達である。


 何の変哲もない男らは装填済みのクロスボウを構え、馬車の周囲の従士達に射かけてきた。


「<矢弾避けミサイル・プロテクション>!」


 最初からその方向を警戒していたネルケは、咄嗟に『ねこぱんちワンド』を構え、防御魔法を展開する。

 デフォルメした猫の手型の先端飾りは竜骸石がしこまれており、消費の少ない魔法であれば<精霊力ニューマ>の導出を省略することができる。


 欠点は、これを装備して物理攻撃をすると、何故かかけ声が「にゃっ☆」になってしまうことだが、ネルケには殴り合いをするつもりはないのであまり関係がない。


 クロスボウの太矢ボルトが不可視の力場によって逸らされ、男達は舌打ちするとこちらに斬りかかってくる。


 三兄弟の方に多くの意識が集中してしまったため、すぐに対応できたこちらの従士はグスタフを含めて七人。

 余った数がヘルガの馬車へと走る。


「<炎壁ファイヤーウォール>!」


 これも予想済みだったネルケの魔法が燃えさかる炎の壁を生み出し、その進路を遮った。


「いかせるわけないでしょ」


 こちらの騒ぎを聞きつけ、従士が数人回ってくる。

 もとより武芸の腕前ではこちらの従士達が圧倒しており、人数で拮抗すればあっという間に制圧された。


 二十人の護衛の半分からがこちらにやってきた計算になるので、ネルケはとりあえず反対側の三兄弟の方へ戻ることにする。




「そらそらそらそらーっ!」

「くっ……」


 ネルケが戻った時、シュツルムの手数にリーチで勝るはずのフレアは圧倒されていた。


 従士達はとうに全員下馬し、馬車に張り付きながら二人の戦いを見守っている。


 こちらはこの場だけで相手の約三倍の人数がいるわけだが、従士達は手を出しあぐねていた。

 フレアはこの護衛隊の中でおそらく一番の手練れだ。

 その彼女と互角以上の使い手三人を相手に押し囲んで乱戦となれば、間違いなく警固に隙ができる。

 今さっきも裏を突かれたばかりだ。相手が一対一にこだわってこちらの兵力が浮くならその方がいいのでは……というわけだ。


 しかし、フレアが勝てない限り手詰まりなのも確かである。


「どうしたどうした。女の陰に隠れて観戦とは、ゲルノート従士団、『鉄輪騎士団』とやらも名前倒れだな。我ら三兄弟、全員を一度に相手にしても構わぬのだぞ」


長兄――たぶん長兄――アイゼンが「クックククク」と喉を震わせて笑うと、消去法で末弟となるヴルカーンも「然り然り」と頷く。


「言わせておけば……っ!」


 従士達がいきりたつ。


 アイゼンもまた背中に背負った武器――龍頭大鍘刀りゅうとうだいさつとうと呼ばれるこれも<東方>の武器だ――を下ろす。

 スケート靴のブレードやそりのスキッドのようなシルエットで、刃の反対側に平行して柄がついている大刀である。


「その意気やよし! 我らの強者への道の糧となるがよい!」

「然り然り」


 ヴルカーンも大きな鉄鞭かなむちを左右それぞれの手に持つ。


 その時――。


「そこまでだ!」


 馬蹄の音を響かせて現れたのは、あす王都で再会することになるはずだったセイブルと、彼が率いる十名ほどの援軍だった。




「その面妖な風体、貴様ら『辺獄の三兄弟』だな」

「えっ、知ってるんだ……」


 颯爽と現れ、三兄弟をめつけて言ったセイブルに、ネルケとオディロは異口同音につぶやいた。


「何かおかしいか?」

「いえ、おかしいと言うか……」

「そういうノリの世界だったかしらというか……」


 ネルケはオディロと顔を見合わせる。


「何が言いたいかわからんが……奴らは三兄弟といっても義兄弟で、それぞれシラー伯に仕える重臣達の嫡男グループだったそうだ。婆娑羅ばさらが過ぎて、度重なる問題行動の末にそろって放逐されたという話だが」

「親は泣いてそうですね」


 セイブルとオディロの会話を聞きとがめ、アイゼンが笑う。


「クックククク……強者はどこへ行っても排斥されるものよ」

「左様……親に泣かれたくらいで強さを求める我々の信念は小揺るぎもせぬ」

「然り然り」


 三人は先ほどと同じポーズをとり、


「『暴風』のアイゼン!」

「『鋼鉄』のシュツルム!」

「『暴風』のヴルカーン!」

「さっきと違うしやっぱりかぶってるし交換した方がよさそうな組み合わせあるし」


 今度はネルケがいれたツッコミを、三人は無視して続ける。


「我ら誰にも依らず、依らせず、ただ自らの力で神の恩寵なき荒野に立つ三本の柱! 故にこそ『辺獄の三兄弟』! 三人いればあんまり寂しくない!」

「左様……偉大なる長兄、このアイゼン兄者は、母親に『あんたなんか、産むんじゃなかった』と泣き崩れられても、ちょっぴりしか泣かなかったし」

「然り然り」

「やめろォ! なんかすっごいやるせない気持ちになる!」

「一体なにやらかしたの……?」


 オディロが両耳をふさいでイヤイヤと首を振り、イルザが慄くように疑問を口にした。


「確か貴様らの本名は……」

「ふっ……そのようなもの、とうに捨てたわ」

「左様……我らの本質を見極められぬ俗人のつけた名など意味はない」

「然り然り」


 セイブルを制し、三人は三度みたびポーズをとり、


「我らの魂の名は!」

「あっ、もう結構です。はい、ありがとうございました」

「むうっ、そうか?」


 名乗ろうとしたのをネルケが止めると、存外素直に引き下がった。


「どうやらクルギア伯に雇われたようだが、そこまでの腕を持ちながら何故婦女子の襲撃のような真似に手を貸す」


 セイブルに問われると、アイゼンは「はっ」と、さもどうでもいいことだと言いたげに唾棄して笑った。


「一体なんのことやら……我々が求めるはただ強者を食らって自らを高めることのみ。世に名高いゲルノートの郎党を敵手とするのに他に理由を必要とせぬ。我らの陰に隠れた者たちが勝手に何をしたところで知るところではないわ」

「左様……それに、さらった女子供に酷いことするつもりはないって言ってたし」

「然り然り」


 セイブルは頷いて下馬する。


「なるほど……では世の中には食えぬものもあると、その牙を砕いて教えてやろう」


 真顔で臆面もなくそう言い切り、愛剣となった『雲降ろし』を抜き放つ。


「……実はセイブル様もわりと『あっち側』の人なんじゃ」

「それ以上はいけない」

「やめてあげて」


 ネルケの疑惑をオディロとイルザが握りつぶした。

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