第六話 撫子の少女と鉄機兵

 鉄機兵に対し、グスタフとオディロは左右に散り、セイブルが正面から相対する。フレアとイルザはネルケをかばうように前に並んだ。


 最初に仕掛けたのはオディロだった。

 側頭部へ向けて電光石火の突きを放ち、鉄機兵がのけぞってそれを躱すと、そのまま首を払いに変化する。――ゲルノート家が採用している武芸流派〈神濤しんとう流〉の中伝、『横繁吹よこしぶき』だ。


 甲高い音がしてオディロの剣が弾かれる。


「硬っ! ――うへっ!」


 鞭のようにしなる鉄機兵の腕の薙ぎ払いを、横っ飛びに倒れ込むようにして避ける。その隙をグスタフが飛び込んで埋める。

 胴を横薙ぎにしたグスタフの剣もまた、耳障りな悲鳴を上げて表面を滑り、弾かれた。


「ヴァラグント鋼の剣が全く通らん、何で出来てんだこりゃあ!」

「はああああああっ!」


 オディロの泣き言を吹き飛ばす息吹の声とともに、セイブルが低い姿勢で突進する。

 伸び上がるような飛び込み突きが、ホールの空気をつんざく破裂音を立てて鉄機兵の胴を貫いた。


 〈神濤流〉の『必勝芸ひっしょうげい』――いわゆる奥義とか必殺技に類する、ゲームにおける特殊技の呼び方――、『浪切なみきり』。

 余韻もなく、突きに負けない速度で剣を引き戻し、構える。


「通るじゃないか。だから最後は気組みだと言った」

「それでなんとかなるのは貴方だけなんすよ」


 胴を貫いたくらいでは機能停止には至らないらしく、鉄機兵は再び両腕を振り回す。


「〈球電ボール・ライトニング〉!」


 ネルケも従士二人に守られながらぼんやりと観戦していたわけではない。〈球電〉の呪句を完成させると、鉄機兵の後方に放電する青白い光球が現れた。

 一瞬ふらふらと漂ったそれは、宙を滑って吸着するように鉄機兵の背中に張り付いた。弾ける閃光と共にその高電圧と高熱を解放する。


 〈球電〉はネルケの使える中で最大級の攻撃魔法であり、ゲームではおおむね中盤クラスの魔法に相当した。ちょうどゲームでネルケが登場する頃である。

 

 閃光の後には鉄機兵の肩から背中にかけてうっすらと焼け焦げ跡が覗く。


 球電に打たれて一瞬硬直した鉄機兵の右腕をグスタフが斬りつける。じゃりんと耳障りな音をたてて蛇腹の腕が踊った。

 構造的には脆い部分のはずだが、同時に軽く柔軟で衝撃を吸収しやすくもある部位だ。


「オディロ! そっちの腕を封じろ!」

「おうよ!」


 二人が左右からそれぞれ鉄機兵の両の腕を叩き、弾く。それでも鉄機兵は、目と頭が二つあるかのように両者別々に対処してくる。

 空いた正面、セイブルが打ち掛かり、焼け焦げた肩に亀裂を残す。


 「渾身の一撃じゃないといかんか」


 下がったセイブルを拳で突こうとする左腕をオディロが剣で受け止める――と、その拳が瞬間、バチッと放電した。「ぎゃっ」っと引き攣るような苦悶の声を上げ、オディロはのけぞり吹っ飛ぶ。


「オディロ!」


 イルザが悲鳴を上げた。


「二人とも、行って!」


 ネルケの言葉を受けて女従士二人が駆け出す。イルザが倒れたオディロを引きずって離れ、フレアが彼の役を引き継いだ。


 セイブルは天の位――上段に構えると、気息を整え、汪溢おういつした〈サイキ〉を全身にみなぎらせる。


 呼吸法により〈気〉を練り上げ、身体能力の強化を行う技法は、この世界で武芸者を名乗る者であれば程度の差はあれど誰しも身につけている。

 練達者であれば鉄剣の一振りで大岩を断ち、肉体は鋼のように頑強に、拳足の一撃でひぐまの臓腑を破るという。

 「気組みが全て」というセイブルの主張も、この世界ではあながちただの精神論や根性論とは言えないのである。


 セイブルは鋭い息吹とともに『必勝芸』を発動する。


「――〈神濤流〉『磐根破いわねやぶり』!」


 間合いに飛び込み、大上段から〈気〉を込めた剣を叩きつける。

 見えない巨人の拳で殴られたかのように鉄機兵の胴体が多数の亀裂を走らせ、後方にかしいだ。


(『磐根破り』……ゲームだと強制打属性攻撃だったっけ)


 『オクシデント・ストーリーズ』は物理攻撃属性は斬打突の三属性がある。打撃属性はダメージ係数が他に比べて低めの代わりに防御力を割合で無視する性質を持ち、硬い敵に効きやすい。


 ネルケがそんなゲーム脳に浸っている間にもセイブルの攻撃は続く。

 振り下ろした剣を右下に引き、右足で大きく踏み込みざま全身をねじるように天高く斬り上げる。

 〈神濤流〉必勝芸、『波濤はとうくだき』。


 先の一撃で亀裂だらけになった胴体の前部装甲が砕かれ、内部が露わになる。その胸のあたりに一寸いっすん強ほどの、虹色のきらめきを放っている透明な石が一つ。〈精霊力ニューマ〉が活性化している竜骸石だ。


 「その竜骸石を抉り出して!」


 鉄機兵の左腕を払い落として踏み込んだフレアはネルケの声に応え、返す刀で胸もとに突きを入れ、石をはじき出す。

 その瞬間、鉄機兵は文字通り目から光を失い、そのまま仰向けに倒れこんだ。


「……やった?」

「そのようだ」


 しばしの緊張感ある沈黙の後、フレアのつぶやきにグスタフが答えた。


「イルザ、オディロの容態は」


 セイブルの声にはっと二人の方を見やると、寝そべった姿勢のまま本人が手をあげる。


「問題なしです。剣ごしにいかずちを受けましたが、柄の革巻と手袋のおかげで大事には至りませんでしたよ。ま、ちっと痺れたし腕も火傷しましたが、イルザの治癒魔法でそれも」


「ならさっさと起きなさいよ、いつまでも膝枕してもらってないで」

「へいへい」


 フレアの呆れ声に生返事をしてオディロが起き上がると、「人騒がせなんだから」とイルザもその後頭部をはたきながら立ち上がった。


「……これは一体何だ? 何でできている?」


 グスタフは鉄機兵の破片を拾い上げてめつすがめつ眺めていた。フレアも足下に飛んだ破片を拾う。


「鉄より硬くてずっと軽い……なんだか金属というより陶磁器か何かにも見えるわね」

「多分似たようなもの。セラミックの一種だと思う」

「んじゃ鉄機兵じゃなくて陶磁器兵とでも名前を変えた方がいいかしら」


 ネルケの言葉にフレアは口をへの字に曲げてそう言った。


「これは結構でかいぞ」


 オディロが拾い上げたのは鉄機兵――陶磁器兵?――の動力だった竜骸石だ。


「やはり幻獣の落とす屑石とはワケが違うな」


 〈精霊力〉の結晶である竜骸石の大きさは絶対的なもので、出力の差に直結する。小石を大きな石と同じ分量集めても同じ力は発揮できないのだ。大きくなるごとに指数関数的にその力は増大する。

 現在出回っている爪先程度の砂利のような小石は、魔法灯ランプや発火具といった日用品に利用する程度がせいぜいである。だがオディロが掌の上で転がしているサイズとなると強力な魔法の触媒として高値がつくだろう。


「さて、こんな相手がいたということはこの先は重要施設というわけだ」


 セイブルが奥の扉に向かうのを一行は追いかける。


(いよいよあれとご対面ね……)


 ゲームとこの世界の情報はほぼ一致することは確認できた。ネルケの計画は、ここからが本番となる。


 ネルケは扉横のパネルを操作した――といってもただ一つしかないボタンを押しただけだが。

 空気の抜けるような音を立ててドアが両側にスライドする。そこにあったのは小部屋というには狭い一室だった。


「何これ」


 イルザが憮然と言い、オディロが小部屋を覗き込む。


かわやじゃないよな……何もないし」

「いいから、みんな乗って――入って」


 ネルケは戸惑う一行を急かす。ただ一人セイブルだけが訳知り顔だ。


「魔女殿の言う通りにしよう、皆部屋に入れ」


 部屋は六人が入っても体が触れあわないようにする程度の余裕はあった。

 ネルケが今度は部屋の中のパネルを操作するとドアが閉まり、低い唸りとともに揺れが生じる。体重が増えて体を床に押しつけられるような圧力を感じ、ネルケとセイブルを除く四人は驚いて手を壁についた。


「な……なんだあっ」

「やはり昇降機エレベーターか」


 驚いて天井を見上げるオディロを尻目に、セイブルがにやりと笑う。悪戯に成功した子供のような、年相応の屈託のない笑みに、ネルケはちょっとドキッとした。


 彼は王都や港湾で人や貨物を揚げ降ろしする昇降機や起重機というものを見たことがあった。乗ったことも。動力は人力か、風車で揚水した水力だったが。


「じゃあこれは上に登ってるわけですか」


 そこにすっかり見慣れてきた人工の明かり以外の何が見えるというわけでもないのだが、フレアも上を見上げる。


「そのようだな」


 セイブルが頷く。


 しばらくして唸りが止まると、ドアが再び左右にスライドして開く。

 全員が昇降機を降りると、背後でドアは自動的に閉まった。


「ここは……」


 キョロキョロする一行の前に、黙ってネルケは進み出る。


 そこはだだっ広い部屋――というか空間だった。天井には鉄骨のレールとクレーンが縦横に走っている。

 そしていくつかの変わった物体が安置されていた。


 ネルケは振り返り一同に説明をする。


「ここは格納庫兼ランチャー台。そしてあれは航空機――空を飛ぶ機械です」

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