第3話 記憶

夢を見た。まだ夏の未練が残る季節の夢。一瞬顔を見せた秋は、声をかける前に姿を消した。


「あんた自分無いよね。いつも私達に合わせてさ。キモいよ」


心無い言葉が私の耳を貫き、汗が私の額をつたい落ちる。暑さのせいで出た物じゃ無いことくらい分かっていた。まだまだ冬なんて来ないのに、一気に温度が下がった様な感じがした。


「別に...合わせてる訳じゃないよ!ただ私は本当にそう思っているから―」

「嘘つき」


私の精一杯の虚勢も彼女の鋭い一言で掻き消され、まるで時が止まったかの様な感覚に襲われる。人に合わせる事も、自分の意見が無い事も全部私の当たり前だった。


『嘘じゃないよ……』


反論出来なかった。自分を主張する事が無かった私には反論なんて出来るはずもなかった。そこからだろうか、彼女達から執拗な嫌がらせを受けるようになったのは。あの時楽しかった日々が嘘のような地獄へと変わり果てていった。


「……っ」


気が付くと教室の入口付近に立っており、片手にはほっとレモンを持っていた。いつの間にか、夏の未練は断ち切られ冬が顔を見せていた。


「結局秋には会えなかったな」


そんな独り言を呟いていると、教室にただ独り残された人が私に向かって喋りかけてくる。


「咲…さん。なにしてるのボーッとして」


そうだ。私はこの人に出会うため、今ここに来たんだ。私と似ているこの人を救うため。同じ思いをさせないため。だから、精一杯の大丈夫を見せないと。


「キミさー咲さんじゃなくて、咲ね。同い年に敬語使うとか変だよ」


男の子が少し不満そうな顔をする。最初に会った時はこの顔しか見せてくれなかった。


「咲だって。キミじゃなくて怜司だって言ってんのに。昨日話した内容忘れた?」


窓際を眺めながら、ぶつくさそう言う怜司をよそに、私は前の席に着いた。怜司の前にいる時だけ、私は私でいられる。


「怜司、昨日放課後だけじゃなくて午前中も話しかけてよって言ったのに。全然話しかけてくれないんだもんな」

「いやだって、咲さん昨日いなかったし。本当にに同じクラス?」

「いなかったんなら、誰かに声掛けているか聞けばいいじゃん」

「いやそこまでじゃないっていうか…どうせ放課後会えるし」


こんななんてことない世間話もしたことなかった私には、この放課後は特別だった。特別だからこそ、怜司が卒業してしまうのが怖かった。

記憶に後ろ髪を引かれ続ける私に、未来という存在は余りにも眩しく、余りにも鬱陶しかった。


「…そんな当たり前に会えるなんて思わないでよ」

「?何か言った?」

「―ううん。なんにも。そんなことより、今日も怜司の話!聞かせて!」


同じクラスで同い年のはずなのに、私と怜司の間には、越えられない大きな大きな壁がある。それに怜司が気が付いた時。その時が多分、最後になるだろう。

気持ちが良いくらい澄んでいる青空に、雲が1つ影を落とした。

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放課後ふたりぼっち 冬目 @syou_setuo

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