第25話 芸術は爆発だ! つまりぼくは芸術家だ!

 悠久の時を生きる王女とはいえ、マイアさんも一人の人間だった、ってわけだ。

 ここではないどこかを目指して旅立った人たちも、死んでいった人たちも、二度と会えないという点では変わりない。

 ぼくは夢の中で、ハンサムでダンディなおじさんに会ったような気がする。

 会ったことはないし、顔もはっきりとは覚えていない。

 マイアさんの夢はきっと、コンピューターの中に残された記録の一部なんだろう。

 でも、そのおじさんはどこにも出てこなかった。

 なのに、ぼくはその鋭くて優しい瞳を知っていた。

 

「あずさを頼むよ。私はもう、見守るしかできないから」

 

 そう言っておじさんは消えていった。

 ここではないどこかへ行ってしまった。

 それだけは、なぜかわかった。

 

「……!」


 目を開くと、細胞活性装置の中だった。

 そうだ。ぼくはユウをかばって間島に撃たれたんだっけ。

 身体に大穴が開いて、黒焦げになって。

 まあ、死ぬよね普通。

 なのに脳さえ無事なら生き返れるんだから、もう何でもありだな。

 不老不死も頷けるよ。

 でも、おかげで助かったみたいだ。

 中からも確認できる時計を見ると、三十分ほど経っているらしい。

 蓋が開くと、あずさが目元を真っ赤にして覗き込んでいた。

 

「おはよう、兄さん。具合はどう?」

 

「あずさが助けてくれたのか。ありがとう、もうバッチリだ。……間島は?」

 

「生き返るなり間島くんの話? あのねえ、兄さんは黒焦げで身体が半分ちぎれそうになっていたのよ。もっと自分のことも考えてよね」

 

「いやあ、つい反射的に動いちゃってさ」

 

「はァ? 何それ。バッカじゃないの」

 

「す――」

 

 すまない、と言い切る前に、あずさはぼくを勢いよく抱きしめてきた。

 柔らかくて、暖かい感触が全身を包むよう。

 それに、とても良い匂いがする。

 

「あずさ……?」

 

「黙りなさい!」

 

 あずさが耳を噛んできた。

 な、何てことをするんだ! ぼくは耳が弱いんだぞ!

 

「お、おい。おっぱい当たってるぞ。離せよ」

 

 あずさはますます腕に力を込めてきた。

 

「イヤよ! ぜったい離さない! 一生離すもんですか! 離したら、兄さんはまた勝手に死んじゃうんだわ! やめてよねそういうの!」

 

 あずさの全身がガタガタ震えているのに気付いて、ピンクな気分はしぼんでいった。

 心配掛けちゃったな。

 ぼくはあずさの頭をなるべく優しく――いやらしくならないように気をつけながら――撫でてやった。

 昨夜のことを思い出す。

 あずさは、ユウのことが好きなんだ。

 だから、あずさのためにもユウのことを守らなきゃいけない。

 間島が撃った時は反射的にかばってしまったけど、あの状況でレーザーからユウを守る方法は、今も思いつかない。

 だから、あれしかなかったんだ。

 

「大丈夫……あずさを悲しませるようなことはしない」

 

「当たり前じゃない! 約束よ」

 

 あずさは小指を立てて突き出した。

 ぼくも小指を絡め、指切りをする。

 だけど、すまない。

 これはあずさを悲しませないための指切りで、ぼくが死なない約束じゃないんだ。

 何があってもぼくは二人を守ってみせる。

 だって、ぼくはあずさのお兄ちゃんなんだから。

 

「……でも、間島も放ってはおけないよ」

 

「よっぽどあの人が好きなのね、ホモホモしい。間島くんは落ち着いてるわ。武器も取り上げたし……来て」

 

 ぼくはあずさと制御室に戻った。

 間島は椅子の上であぐらを掻いたまま動かず、床をじっと見つめていたけど、ぼくに気付くと顔を上げた。

 

「すまねえ、アニキ。つい、カッとなっちまって。あんなつもりじゃなかった。アニキを殺しちまったらどうしようって。治療の間ずっと、気が気じゃなかった。アニキは俺の恩人なのにな」

 

「間島がぼくを殺したくないのと同じように、ぼくだってユウを失いたくはないんだ。ユウは、ぼくにとっては大事な友達なんだから」

 

 義理の弟になるかもしれないしな。

 それは言わないけど。

 

「ああ、そうだろうよ。わかってるんだ。池本を殺したって何にもならないって。アニキやあずさちゃんに同じような悲しみを負わせるだけだって。俺がバカだったよ。アニキをあんな目に遭わせて、やっと気付いたんだ。……すまなかったな、池本」

 

 ユウは無言でかぶりを振った。

 

「間島くん。君の怒りももっともだよ。僕の父が何もかも悪い。父に代わって、謝らせてくれ」

 

「もう、いいんだ。どっちにしろお袋はもう、帰ってこないんだから。くそう、あの時、細胞活性装置があればなあ……」

 

 ユウが差し出した右手を間島はそっと握り、二人は握手をした。

 でも、そう簡単に何もかも解決する訳じゃない。

 気持ちの上では間島もまだ納得できてはいないんだろう。

 だって、間島が握手した手をズボンにこすりつけるのをぼくは見たんだから。

 すぐには無理だ。今、すぐには。

 でも、いつかはわかり合える日が来ると思う。

 ぼくは、そう信じる。


 *

 

「兄さん、あれを見て」

 

 あずさがモニターを指さした。河原の様子が映っている。

 ワールド・ゲート社のスタッフが一〇〇人近く集まっていて、何隻ものボートをトラックから降ろしていた。

 

「どんどん増えるな」

 

 レーザーで船を壊したって、どんどん補充されてくる。

 これじゃあキリが無い。

 このまま行けば、いずれ数に押されて押しきられるか、こっちが疲れ切っているうちに乗り込まれて制圧されてしまうだろう。困ったな。

 

「アニキ、テルミット爆弾をセットしたぜ。このリモコンのボタンを押せば、何もかも一発だ」


 ぼくにリモコンを渡したのは、なんと間島だった。

 

「気が変わったのかい?」

 

「いや。確かにこの神殿は欲しいっすよ。でも、あいつらとガチでいつまでも戦い続ける訳にもいかねえ。いつかは数に押されて、神殿を取られちまう」

 

 ロボット工学三原則があるから戦闘ロボットは作れない。

 戦いは人間にしかできないんだ。

 この制限を解除するコマンドもあるけど、それは使うべきじゃないとぼくは思う。

 

「あいつらに神殿を渡しちまえば、自分たちが儲けることに使うだけだ。あいつらはますます金持ちになって、俺ら貧乏人はますます惨めになる。今よりももっとだ。だったら、ブッ壊した方がまだマシってもんすよ」

 

「決まりだね」

 

 どちらにせよ、この神殿がある限りぼくたち一家は命を狙われ続けるんだ。

 叔父さんや君枝さんを巻き込む訳にはいかない。

 科学に対する冒涜かもしれない。

 考古学に対する暴力かもしれない。

 それでも、ぼくとぼくの家族の命には代えられない。

 もったいないけど、仕方がないんだ。

 河原に行くと、ユウはすでにエンジンのセットを終えていた。

 ぼくらはタイヤなしスクーターを川に沈める。

 これはオーパーツだ。

 現代に存在していいものじゃない。

 

「忘れ物は無いかい?」

 

「大丈夫だ」

 

「よし、じゃあ早く乗って。このエンジンはイケるよ。テストはまだだけど」

 

 すごい自信だ。例の機械で作った物だから間違いないんだけど。

 ぼくと間島で舫いを解き、船を蹴り出す。

 膝まで水につかりながらも追いついて、あずさとユウに引き上げてもらった。

 

「じゃあ行くよ!」

 

 ボタン一つで音もなくエンジンは始動した。

 対岸ではワールド・ゲートの社員が何か叫んでいるけど、ぼくたちに停まる義務はない。

 ここはぼくらの私有地で、勝手に入ってきたのはあいつらなんだから。

 ぼくはリモコンを取り出した。

 安全カバーを外し、電源スイッチを入れる。

 緑色のランプが点灯した。

 あとは起爆スイッチを押せば、赤ランプがついて全てが終わる。

 

「……押すよ」

 

 でも、ぼくの指は震えていて、どうしても押せなかった。

 神殿を見つけてからの思い出が、いくつも胸をよぎっていく。

 もうお別れしなきゃ。

 でも、どうしても押せない。

 指が固まって動かない。

 だめだ。

 あの神殿を失ったら、人類の英知の結晶が失われる。

 でも家族の命が掛かってる。

 叔父さんと君枝さん、何よりあずさを守るために壊さないと。

 ボタンを押さないと。

 でもあれがあれば人類は新しい次元に……。

 あずさが寂しそうな顔をした。

 

「与えられるものをありがたがってるだけじゃ、家畜と同じ。そうよね? 間島くん」

 

 間島は頷いた。

 

「そうさ。欲しいものは自分の手で掴み取るから価値があるって、アニキの叔父さんが言ってることだろ。池本、お前も何か言ってやれ」

 

「僕は信也に任せるよ。信也が自分で考えて、自分で決めたことなら。ここは君たち家族の土地だ。どうする?」

 

 ぼくは三人の顔を順に見た。

 

「……うん。押そう。でもみんな、ぼくに……ぼくに力を貸してくれ」

 

 あずさが、ユウが、間島が、ぼくに手を重ねた。

 暖かい手。

 優しい手。

 逞しい手。

 大丈夫だ。

 

「爆破!」

 

 スイッチを押すと、まばゆい光がここからも見えた。

 やがて聞いたこともない、とんでもない爆発音が聞こえてきた。

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