第23話 なんだよこいつ、いつもヘラヘラしてるくせに

「神殿を壊そう」

 

 あずさ、ユウ、間島と揃って朝食を済ませ、食後のコーヒーを飲んでいる時に、ぼくは切り出した。

 

「ここの設備を丸ごと壊すには原子爆弾が必要みたいだから、それはまずい。だから、テルミット爆弾をいくつも作って電線で繋ぎ、リモコンで一気に爆破する。これでどうかな」

 

 テルミット爆弾。

 金属酸化物とアルミニウム粉末を混合して着火すると、ものすごい勢いで金属酸化物が還元される。

 アメリカ軍だって新型の燃料気化爆弾として研究しているらしい。

 なぜテルミット爆弾かというと、以前ネットの動画サイトで紹介されていて、何となく作りたいな~と思っていたからだ。

 別に過激派になろうってんじゃないし、誰かを殺したい訳でもない。

 単純な科学的好奇心。

 要するに、こういう派手に爆発するものが好きなんだ。

 ほら、特撮ヒーローが名乗りを上げるときだって爆発するだろ。

 芸術家の岡本太郎が言ってた。芸術は爆発だ! って。

 つまりあれは芸術なんだ。

 ユウは、微笑を浮かべて頷いた。

 

「そうだね。僕もそれがいいと思う」

 

 ユウの胸には、あずさのものと同じデザインで色違いのネックレスが揺れていた。あずさのがプラチナで、ユウのは金製だ。

 

「あたしも賛成。……兄さん。コーヒーのおかわりはいいの?」

 

「あ、うん。頼む」

 

 今、それどころじゃないだろうに。

 まあいいか、なるべくいつも通りがいい。

 

「……間島はどう思う?」

 

 間島は今までに見たこともないような真剣な顔をして、ぼくの目を見据えた。

 

「アニキ。俺は反対だ」

 

「どうして?」

 

 間島は乱暴にテーブルを叩き、腰を浮かべた。

 

「どうしてもヘチマもねえよ! 必要なもの、欲しいものがいくらでもタダで手に入るんだぜ? なのにどうしてわざわざ壊す必要があるんだよ!」

 

「ありがたみがないだろう。自分の力で手に入れないと――」

 

「おいアニキ。自分で何言ってるのかわかってんのか!」

 

「わかってるさ」

 

「いいやわかってない! この島は、いやこの国はワールド・ゲートの牧場なんだ! 政治家や財界の連中を囲って身内の、内輪ノリで政治やってんのさ! あいつらに都合の良い法律や税制を作らせてな! 国内の売り上げ上位五〇社の企業は全部親戚だって知ってたか? もちろんワールド・ゲートはその筆頭だ!」

 

「そうなの?」

 

「そうなの、じゃねえ! 少し調べりゃすぐわかる! 税金だって好き勝手に使ってるぜ! 政府がこの島の開発にいくらつぎ込んでると思う? 年間九兆円だ!」

 

「そんなに?」

 

「知らなかったのか! 莫大な額だぜ、それも俺らの収めた税金、国民みんなの金だ! なのにワールド・ゲートが事務手数料だの委託料だの顧問料だので九割以上も中抜きしてやがる! 自治体の収支報告書くらい見ろよ! そんなんだから住民のインフラにはほとんど金が回らねえ。この島、モノが何でも高いだろ! 電話もネットも無いだろ! 道路がガタガタだろ! アニキの家、電気も水道も無えだろ!」

 

「……」

 

「アニキの叔父さん夫婦だってそうだぜ! 農業なんて素人なのに、なんで申請が通ったと思う! 三年間の政府からの支援金、その期限が切れたら現実に負けて島を出て行くと思ってるんだ! そうしてまた新しい入植者を入れて、また三年間中抜きするのさ! アニキたちはあいつらにとってただの金づる、いや家畜なんだよっ!」

 

 ぼくは何も言い返せなかった。

 

「おかしいだろ! そんな吸血鬼どもが、この国を支配してるんだ! それどころか、それを当たり前のこととして何とも思わないんだぜ! この神殿があれば、あんな奴ら目じゃねえよ! いや、それどころかみんなが豊かに暮らせるようになるんだ! 誰一人飢えることもないし、屋根の下で寝られる! 結婚して子供を育てることだってできるんだ! カネのために自分を殺して、嫌なことを我慢しなくたってよくなるんだぜ! それを壊すなんて、……もう本当にバカじゃねえのか!」

 

 間島は一気にまくしたてると、椅子に腰を下ろしてコーヒーを一口飲んだ。

 誰も言い返せない。

 気まずい沈黙が続いた。

 確かに、ぼくも叔父さんも農業は素人だ。

 今やっていることは、結局真似事に過ぎないのかもしれない。

 そんなに甘いものじゃない。

 

「……なあアニキ。初めて会った時のこと、覚えてるか?」

 

「覚えてるよ」

 

 間島は今までの激高ぶりが嘘のように、淡々と話し始めた。

 

「俺のお袋さ、ワールド・ゲート幹部の愛人だったんだ。アイツの言うことをハイハイ何でも聞いて、都合の良いときだけ都合の良いように扱われる。……カネのためだ。俺を育てるためのな」

 

「……うん」

 

「ある時、お袋が病気になってね。もともと身体が弱かったし、無理がたたったんだな。病気が見つかった頃には手遅れだった。お袋が生きているうちに、せめて最後に顔を見せてやってくれって、俺はアイツに頼みに行ったよ。都心の一等地、空調の効いた立派なオフィスまでな。でも、アイツは鼻で笑いやがった。取り巻きのチンピラに俺をボコらせて、知らんぷりさ。アニキに助けられたのはその時だ」

 

 その時のことは、ぼくもよく覚えている。

 顔中血だらけにした少年が倒れている周りを、いかにも柄が悪いオッサンたちが楽しそうに取り囲んでいたっけ。

 でも少年――間島の名前を知ったのはずっと後だ――が盛大に血を吐いた。

 さすがにまずいと思ったのか、チンピラたちは足早に去った。

 ぼくが駆け寄ると、間島は折れた肋骨が肺に突き刺さっていて、血の泡を吐いていたっけ。

 周りの通行人は、関わりたくないのか誰も助けない。

 結局ぼくが救急車を呼んだんだ。

 せいぜい調子に乗って粋がったバカが喧嘩を売って返り討ちに遭ったんだろう、くらいに思ってた。

 間島は軽い性格だから。

 でも、全然違った。

 

「アニキも知っての通り、俺はけっこう重傷でね。何日も集中治療室に入ってたよ。ようやく一般病棟に移れるようになったとき、お袋はとっくに死んでた。誰にも看取られず、ひとりぼっちでな」

 

 いつの間にか、間島の目には涙が浮いていた。

 軽い性格のバカだとばかり思っていたけど、こんなに重い過去を背負っていたなんて。

 そんなこと、思いも寄らなかった。

 性格の軽いバカは、ぼくのほうだ。

 

「アイツは葬式にも来ねえでよ、カスみてえな小切手一枚送ってきただけさ。入院費と葬式代で消えちまったが…………お前の親父だよ、池本ユウ!」

 

 間島の手にはいつの間にか昨日のレーザーライフルが握られていて、そのビーム・レンズはユウに向けられていた。

 

「あぶない!」

 

 反射的に身体が動いた。

 考える暇なんかなかった。

 だってそうだろ。ユウが死んだら、誰があずさを幸せにするんだ。

 ぼくはあずさの悲しい顔なんて見たくない。

 レーザーは光の速度だけど、構えて狙いを付け、引き金を引くのは光よりずっと遅い。

 その何分の一秒かが運命を分けた。

 間に合ったんだ。

 ぼくの背中に経験したことのない熱が当たって、肉は焦げ、ジュウジュウと音を立てて炭化し、気化していくのがわかった。

 目を見開いたユウが何かを叫んでいたけど、もうぼくの耳には何も届かなかった。


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