第22話 自分の手でつかみ取れ、って叔父さんも言ってたし

 ぼくは個室のベッドに横たわると、何も無い天井を見上げた。

 空き部屋はいくらでもあるし、空調も快適。

 ベッドもひんやりしたゲル状のクッションで、身体を柔らかく包み込んでくれる。

 ちなみに寒ければ温かくもできる。

 疲れているのに、ぼくは丸っきり寝付けなくて、何度も寝返りを打った。

 

「……」

 

 時計を見ると、もう日付が変わろうとしていた。

 この時計は例の機械で作ったものだ。

 夏場はバンドが蒸れるから外すことが多くて、出発のゴタゴタで忘れて来ちゃったんだよね。

 これはユウが持っていたスイス製高級時計の複製だ。

 文字盤の下半分に並んだ三つの針も、ベゼルで回転する計算尺も、まるっきり同じ。

 本物と分子レベルで全く同じだから、メーカーですら太鼓判を押すだろう。

 でも。どうしてかな。あまり嬉しくない。

 格好良くて羨ましかったけど、いざ手に入れてみるとまるでありがたみがない。

 どうしてなのかな。

 時間がわかればそれでいいなら、本土のホームセンターで一〇〇〇円の安物でも一緒だ。

 いや、それ以下かな。

 少なくともあれは、ぼくが自分のお金で買った物なんだから。

 ぼくはトイレに行って、ついでに機械で水筒と麦茶を作り、何となくエレベーターで地上に出た。

 満天の星。

 家の庭から見る星ともちろん同じなんだけど、不思議と違って見えた。

 ちなみに異世界だというのに、不思議と星の並びは地球と同じだ。

 ぼくは手近な岩に腰を下ろし、水筒の麦茶を飲みながら星を見上げ続けた。

 

 足音に振り返る。

 

「いい夜ね、兄さん」

 

「あずさか」

 

「なんだか寝付けなくて。……不思議ね。異世界なのに、星空が地球と同じなんて」

 

「うん。ユウは量子ゆらぎがどうとかエヴェレットの多世界解釈がどうとか、なんか難しいこと言ってたけど、ぼくにはチンプンカンプンだよ」

 

「あたしも。マイアさんがものすごくかみ砕いた説明だって、こう言ってたわ。この世界も地球がある宇宙も、どちらも神様の見る夢なんだ、って」

 

「神様ねえ。まあ、あの機械も魔法みたいなものだし、それでいいんじゃないかな」

 

「じゅうぶんに発達した科学は、魔法と見分けが付かない。って間島くんが言ってたわ。アーサー・C・クラークって作家の言葉ですって」

 

「なるほど確かにそうだ。良いこと言うね」

 

「兄さんはどう思う?」

 

「……よく、わからない」

 

 星屑をばらまいたような天の川と、いくつもの見慣れた星座。

 残念だけど、ぼくには天文はさっぱりだ。

 

「それでもね兄さん。今ここで見ている空と、いつも家で見る空、ちょっと違う気がするの。不思議ね」

 

「そうだね。ぼくもだ。あずさ、星座とかわかるのかい?」

 

 あずさはぼくの右肩にぴったりと自分の左肩を付け、空の一角を指さした。

 体温が伝わり、呼吸まで聞こえてくる。

 ぼくの心臓が暴れ出しているのがばれないか心配だ。

 

「見て、兄さん。あれははくちょう座のデネブ。こっちがわし座のアルタイル。それはこと座のベガ。夏の大三角形よ」

 

「へえ……」

 

「ベガは織姫、アルタイルは彦星とも言うわね」

 

「七夕のあれかい?」

 

「そうよ。……ああそうだ。兄さん、これ食べる?」

 

 暗くてわからなかったけど、あずさはお菓子の袋を持っていた。

 駄菓子屋でよく売っている普通のポテトチップスだ。

 ほとんど空気なんだから荷物を圧迫するだろうに。

 それでもあえて持ってきたんだから、よほど好きなんだな。

 ぼくは一枚取って口に入れた。

 

「うん、美味いな」

 

「でしょう? これはあたしが持ち込んだ本物よ。機械で作ったやつじゃないの。貴重品なんだから、味わって食べてよね」

 

「食べたければいくらでも作れるだろう。カロリーも気にしなくていい。細胞活性装置を使えばいいんだから」

 

 あずさはかぶりを振った。

 

「それじゃあ、ダメなのよ。どうしてダメなのかと言われると、ちょっと困るんだけど……とにかく、ダメなの。美味しくないわ」

 

「うん、そうだね。味は同じなんだけど、何かが違うんだ」

 

「でも、便利な機械よね。これを見て」

 

 あずさは首にかけたネックレスを外すと、ぼくに見せてきた。

 大きな翡翠がはまっているプラチナ製のネックレスだ。

 

「鎖は機械で作ったんだけど、この石は兄さんにもらったやつなの。ほら、以前家族で河原に行ったときに拾ったでしょ。あれをここの機械で加工したのよ」

 

「へえ、なかなかオシャレじゃないか。というか、持ってきたのか」

 

「いいでしょ、別に……。ユウがデザインしたの。同じのを金で作って、ユウとお揃いにしたわ。センス良いわよね」

 

「全くだ。何をやらせても、あいつはすごいよ」

 

 ぼくはため息をついた。

 やっぱり、ユウはすごいや。ぼくなんかよりもずうっと。

 ユウなら、あずさを――ぼくの妹を、幸せにできるかもしれない。

 

「あずさは、ユウの事が好きなんだね」

 

「ええ、もちろん。当たり前でしょ」

 

「そっか」

 

「そうよ」

 

 あずさのこんな笑顔は、ぼくには作れないだろうな。

 ぼくたちは肩を並べたまま、いつまでも星空を眺め続けた。

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