第20話 バトルは燃えるよな。えっ、ぼくがやるの

 あずさは取り出し口からクリアカラーのリップを取り出すと、唇に塗った。

 

「すごい……これ、本物とほとんど同じ……ううん、まるっきり同じだわ」

 

 何とかという高級ファッションブランドのリップで、あずさが残り少ないのをチビチビと使っていた物だ。

 オリジナルはあずさが持ってきている。

 それ、海賊版って言わないか?

 ユウが取り出したのは、スパナやプライヤーだ。

 エンジンの取り付けに必要だからね。

 ぼくは聞いてみた。

 

「マイアさん。これ、本当に何でも作れるんですか?」

 

「はい。生き物以外ならおおよそ何でも。ただし、物体としてのタンパク質やアミノ酸は作れますよ。先ほどのうどんのように」

 

「材料は何なんですか?」

 

「基本的には廃棄物や不要品を分解して再構築していますが、足りないものは水と空気、および土壌からです。どうしても不足する元素は核種変換で作り出せます」

 

「動力源は?」

 

「質量転換炉から無尽蔵に取り出せます。有害な放射能もありません」

 

「へええ!」

 

 座り心地の良さそうな椅子を作り、それに腰掛けていた間島が口を開いた。

 

「つまり、本当にタダなんだな?」

 

「はい。タダです。お望みの物は何でも」

 

「武器もか」

 

「はい。ナイフから遊星爆弾まで、よりどりみどりです。ですが、ロボット工学三原則がありますから自律的な戦闘ロボットはご遠慮ください。まあ、どうしてもと頼めば聞いてくれますけど、歯止めがきかなくなると世界が滅ぶかもしれないので」

 

「あくまでも戦いは人間がするもの、ってわけか」

 

「その通りです。暴徒鎮圧用の非殺傷兵器では力不足ですか?」

 

 コンソールのモニターに、渡河用に高速艇を準備している制服姿の一団が映っていた。

 ワールド・ゲート社の警備部だ。

 ここは目立つ建物だし、あと一時間もしないうちに彼らはここになだれ込んでくるだろう。

 間島は腕組みをして考え事をしていたようだけど、やがてかぶりを振った。

 

「いや……やっぱり、連中の船を壊さないとな。対戦車ロケットを出してくれ。FCS連動の自動誘導装置付きで、撃ちっ放しができるやつだ。FGM148ジャベリンみたいな」

 

 対戦車ロケットはだめだ。ぼくは間島を制した。

 

「待ってくれ。もっとこう、ピンポイントで狙える武器がいい。マイアさん、何かそういうのないですか?」

 

 マイアさんは即答した。

 

「では、レーザーライフルはどうでしょう。収束した高エネルギーレーザーでエンジン部分を破壊すれば、犠牲を出さずに渡河を妨害できます。上手く狙えば、の話ですが」


「よし、頼むぜ。詳しい話は後だ」


 *


 移動には、タイヤがない、宙に浮かぶスクーターをマイアさんが貸してくれた。

 私有地だから免許もいらない。

 まあ、そんな次元の話じゃない気もするけど。

 原付サイズなのに二〇〇キロくらい出たし。

 タイヤが無いから舗装もいらない。

 ぼくと間島は河原近くの茂みに隠れながら、対岸を伺っていた。

 ぼくは双眼鏡で敵を見張り、ぼくの合図で間島が撃つという段取りだ。

 夏だというのに黒っぽい制服に身を固めた警備部の連中は、どことなく蟻の群れを連想させる。

 高速艇は海で使うものよりも小さくて、小回りが利くようになっているみたいだ。

 後ろには船を積んできたのだろう、クレーンの付いた大型トラックが停まっていた。

 ようやく船を下ろしたところらしい。

 発田さんが時間を稼いでくれなかったら、きっともう渡ってきてたろうな。

 マイアさんが出してくれた銃は、自衛隊が使っていそうなライフルに形が似ていた。

 もちろん銃口の穴は無くて、かわりにレーザーを発射するレンズが付いている。

 高倍率のスコープと二脚――バイポッドというらしい――が付いていて、ブレない狙撃仕様だ。

 

「アニキ、俺の腕信じてないっしょ?」

 

「いや、そんなことはないよ」

 

 この銃は光の速度で進むレーザーを撃ち出すものだから、実弾のように重力や風、惑星の自転や弾丸の重量、速度を計算する必要はない。

 カメラを使うのと同じだ。

 もっとも、カメラマンという職業が存在する以上、素人には簡単じゃないけど。

 間島は伏せ撃ちの姿勢で高倍率スコープを覗き込み、ぼくの指示を待っている。

 人死には出したくない。

 いや、絶対に犠牲を出しちゃいけないんだ。

 たとえ相手がワールド・ゲートでも。

 一人でも人を殺せば、もう後戻りできなくなってしまう。

 間島を人殺しにしちゃいけないし、ぼくだって嫌だ。

 だからあえてレーザーにした。

 そうそう外れる事はないとわかっていても、船に誰も居ない瞬間を狙いたかった。

 的は後部に取り付けられたエンジン。

 まあ、壊せればいいから船体を狙ってもいいんだけど、穴をいくつも開けて浸水させなきゃ意味が無い。

 水中ではレーザーがすごい勢いで減衰するから、喫水線の上を狙う事になる。

 それじゃ効果が薄いから、やっぱり狙うのはエンジンかブリッジだ。

 ブリッジはぼくの死角から人が乗り込んでいる可能性もある。

 結局、エンジンを壊すしかないわけだ。

 今は二人が船で何かを点検している。

 いや、一人降りた。いいぞ。もう一人降りてくれ。

 

「――ん?」

 

 警備部の一人がこちら側を指さし、何やら叫んでいるようだ。

 指揮官らしき男が双眼鏡を取り出し、こちらに向けてくる。

 瞬間、目が合った。

 

「見つかった」

 

「おいアニキ!」

 

「慌てるな」

 

 河原の何人かがトラックの荷台に駆け寄り、いそいそと道具を取り出す。

 おいおい、なんだよありゃ。

 ぼくの見間違いじゃなければ、あれはライフルだ。

 

「狩猟用ライフルっすね。アニキ、当たり前のことを言いますが猟銃は合法的に持てます。熊や鹿を撃つためってのが建前ですがね、弾丸が当たればもちろん俺らも死にますって」

 

「わかってる!」

 

 背嚢を背負い、ヘルメットを被る姿が見える。

 ライフルマンももう一人、いや二人。

 

「あいつら、まさか本当に撃つつもりじゃないだろうな」

 

「さあ、どうっすかね。なんせ死体の隠し場所は無限にあるからな。死体が無ければ殺人事件じゃなくて、ただの行方不明。この国で年間何人の不明者が出てると思います?」

 

 この島には、ほとんどプライバシーというものが存在しない。

 ぼくたちがこんな冒険をしている事は、誰でも知っている事だ。

 行方不明になっても、どこかで遭難したとしか思われないだろう。

 

「アニキの叔父さんが奥地の開発を諦めている事も、みんな知ってるんだ。あとは、アニキとあずさちゃんさえ始末しちまえば、土地の後継者はいなくなる。それを待とうっていうわけっすよ。あるいは叔父さんたちも危ないかもしれませんや。考えたくねーけど」

 

「叔父さんと君枝さんも?」

 

 間島は続けた。

 

「えー、そりゃもう。警備部ってのは表沙汰にできない仕事もしてる部門でね。しかも外国で従軍経験を持つやつを積極的にスカウトしてますんでね、ワールド・ゲートは。命令がありゃ躊躇しませんや」

 

 ようは、こっちにも武器がある事がわかれば撃ち合いになりかねないって事だ。

 

「間島、ライフルだけ狙えるか?」

 

「難しいっすねえ、あんな小さな的」

 

 ライフルマンの一人が下卑た笑みを浮かべ、ぼくに向けて人差し指を突きつけ、上に動かす。

 バーン。

 唇の動きからそう言ったのがわかる。

 舐められたもんだ。

 まあ、ぼくら中学生だしな。当たり前っちゃ当たり前か。

 草を差し込んだ偽装網を被った間島には……たぶん、気付いてない。

 

「あのライフルの射程はどのくらい?」

 

「三〇〇から一〇〇〇メートルっすね。あくまでも狙って当てられる距離がそれなんで、弾丸じたいはもっと飛びます。四キロくらい」

 

「じゃあここも危ないわけか」

 

「そういうこと。伏せた方がいいっすよ。危ないのは突っ立ってるアニキの方なんだ」


「でも、伏せると向こうの様子が見えにくくなる」

 

 最後に残っていた一人が降りてトラックに向かった。

 

「よし、今だ!」

 

 火薬を使った銃じゃないから、もちろん発射音はしない。

 それにアニメや特撮みたいにビームの軌跡が見える訳でもない。

 赤く光っているのは照準用の低出力レーザーで、メイン・レンズと同軸で付いている。

 本物のレーザーは見えない。

 光波が収束しているんだから、当たり前だ。

 ぼくは空気や水蒸気が電離したイオンの匂いを嗅いだ。

 高速艇のエンジンが赤熱化したかと思うと、やがて煙を出してペラペラと燃え上がった。

 向こう岸は大わらわだ。

 

「んだよディーゼルか。地味だな~! ガソリンなら派手に爆発するのに」

 

 ぼくとしては爆発しなくてよかった。

 どうやら怪我人を出さずにすんだみたいだ。

 

「間島、映画じゃないんだぞ。行こう」

 

 ぼくが振り向こうとした瞬間、頬を何かがかすった。

 やや遅れてパン、と爆竹を一本だけ鳴らしたような乾いた音。

 ズギューンとかバキューンとか、そういう重々しい音はしない。

 映画じゃないからね。

 ぼくの頬に生暖かい液体が伝った。まさか……血?

 

「撃ちやがった。アニキ、伏せて。匍匐前進で戻りましょうや」

 

 ぼくが伏せると、目の前の地面に大きな穴が開いた。

 明らかに狙われて、それでいて撃たれたみたいだ。

 再び発砲音。

 大きな声で誰かが怒鳴ると、それっきり弾丸は飛んでこない。

 

「やれやれ、さすがサラリーマンだ。二発で終えるたあ、自制心あるじゃねえか。でもま、これで追っては来られないっすよ。アニキ、生きてます? ……アニキ?」

 

「えっ? ……ああ、大丈夫だ」

 

 声が震えているのを悟られないようにするのが精一杯だった。

 そして、ぼくはいつの間にかおしっこを漏らしていた事に、ようやっと気付いた。

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