第19話 やっぱりお姫様がいないと始まらないよな

 ぼくたちが一歩踏み入れると同時に、周囲が明るくなった。

 外に出たのかと思ったけれど、どうやら違うらしい。

 広さは二〇メートル四方の広い部屋で、床や壁は継ぎ目一つ無い。

 金属ともプラスチックともつかない変わった材質でできている。

 天井に照明があるのかと思ったけど、違う。

 天井や壁全体が光っているんだ。

 

「なんだ……これ?」

 

 ぼくだけじゃない。

 ユウも、あずさもぼうっと口を開けるばかりで、これが現実だとはとても思えなかった。

 

「超古代文明の話、聞いたことないっすか? ムー、アトランティス、レムリア……それらの文明の伝説には、やっぱり元となる事実があったんすよ。それがきっと、これっす。地下や海底をいくら漁っても出てくる訳がない。だってそうでしょ、異世界にあったんだから!」

 

 間島は興奮した様子でまくしたてた。

 確かにそうかもしれない。

 今の人類の文明が始まるよりずっと昔に、現代文明をはるかに凌ぐ超文明があった。

 一部のオカルトマニアがネタで言っているとしか思わなかったけど。

 確かに話の元ネタはこれかもしれない。

 

「じゃあ、誰が最初にそれを言い出したんだ?」

 

「アトランティスに最初に言及したのはプラトンっす。古代ギリシャの哲学者で、もう二〇〇〇年も昔のニートオッサンっす。あくまでも教訓めいた説教話として言い出したんでしょうがね。ムーはチャーチワードという、自称イギリス軍人。でも、本当にそうかはわからない。ようはうさんくさいオッサンっすよ」

 

「いい加減だなあ。レムリアは?」

 

「レムリア文明を言い出したのはスピリチュアル好きのオバサンなんすよ。ブラヴァツキー婦人っていう人で」

 

「結局うさんくさいじゃないか」

 

 しかしよく考えれば、この島にいる大人は異世界に行ってやろうなんていうくらいだから、ことごとくがうさんくさいオッサン、オバサンなのだった。

 ぼくもいずれはうさんくさいオッサンになるんだろうな。

 部屋の中はテーブルらしきものや椅子らしきもの、それによくわからない彫刻が棚に収まっていた。

 ぱっと見た印象では応接室のように見える。

 部屋の奥には扉が一つ。

 ドアノブは見当たらない。

 ぼくがドアを調べていると、音もなく扉が消えた。

 開いたというよりも消えたというほうが正しいだろう。

 

「わあっ!」

 

「きゃあっ!」

 

 お、驚いた! 急に出てくるんだもんな。

 人が居るなんて思わないだろ普通!

 でも、驚いたのは向こうも同じらしい。

 

「お、おかえりなさい。私はマイアと申します。どうぞお掛けください」

 

 おかえりなさい、だって?

 いや違う。何語を喋っているのかはわからない。

 なのに、その人の言っていることがぼくには理解できた。

 ぼくたちは彼女を見て、まるで金縛りにでもあったみたいに固まっていた。

 ぼくは――いや、他の仲間もみんな、彼女に見惚れていたんだ。

 こんな美しい人は今までに見たこともない。

 これこそ本当に、異世界ファンタジーに出てくるお姫様だ。

 年の頃はまるでわからない。

 一〇代にも二〇代にも見える。

 三〇代以上ってことはないだろうけど。

 腰まで伸びた銀色の髪に、ルビーみたいな深紅の瞳。

 長いまつげに、柔らかそうな唇。

 肌は絹ごし豆腐みたいに白くて、ゆったりとした薄絹の服は身体の線が透けて見えた。

 金のピアスと腕輪、ベルトには赤い宝石。

 足には革製の編み上げサンダルを履いている。

 彼女は申し訳なさそうな顔をした。

 

「あの、私何か失礼なことを……?」

 

「ああいや。すいません、勝手にお邪魔して」

 

 ぼくたちは言われるままに椅子に腰を下ろした。

 堅そうに見えたけど、腰を下ろすとまるで低反発枕だ。

 尻の形に合わせて変形して、柔らかく包み込んでくれる。

 目の前には白いテーブルがあるけど、いきなり直径一〇センチほどの穴が開いて、中からガラスコップに入った飲み物がせり上がってきた。

 炭酸ガスの泡が弾けるたびに、爽やかな香りが漂う。

 

「どうぞ」

 

「あっはい。いただきます……」

 

 マンゴーか何かの甘い果汁に炭酸を溶かし込んだような味で、今までに飲んだことのない味だった。

 

「おかわりもありますので」

 

「あっはい」

 

 隣に座っていたあずさが肘でぼくの脇腹を小突いてきた。

 わかってるよ。うん、わかってるんだ。

 なんで遺跡の奥に住んでる女の人にジュースをごちそうになってるんだよ。

 ぼくたちは自己紹介をして、ここまで来た事のあらましを話した。

 

「……そうでしたか。大河の横断は大変だったでしょう。よくご無事でしたね」

 

「いえ。みんなが手を貸してくれたからできたことです。ところでマイアさん、ここにはお一人で?」

 

「はい。以前は多くの人たちが暮らしていましたが、今は私一人だけです。みんな、遠くへ行ってしまいました」

 

 マイアさんは少し寂しそうな顔をした。

 

「ですが、皆さんが居てくださるのであれば、私も安心できます。さあ、ご案内いたしますから、こちらへどうぞ」

 

 マイアさんは立ち上がると、奥の間へと続く扉を指した。

 

「あの、どちらへ?」

 

「神殿の中枢、中央制御室です」


 *

 

 ぼくたちはマイアさんに促されるまま、奥の扉をくぐった。

 何も無い三メートル四方の部屋で、全員が入ると扉が消えた。

 同時にふっと身体が軽くなる感覚。奥の部屋ではなくて、エレベーターだったらしい。

 

「どうしてこんなところにエレベーターが? って顔っすねアニキ。今更驚くような事でもないでしょーが。もう何でもありだ、あるがままを受け入れるしかねえっすよ」

 

 間島の言うことももっともだ。

 じっさい、それしかない。

 ふいにシャツの裾を引っ張られたので振り向いてみると、あずさが不安そうな顔をして俯いていた。

 

「……な、何よ。つり革に掴まるのと同じだわ。兄さんはただ立ってればいいの……」

 

「おっ、そうだな」

 

 少し震えているのが伝わってくる。

 正直言えばぼくも不安でたまらないけど、そんなの表に出せる訳がないじゃないか。

 しっかりしなきゃ。

 反対側の裾も引っ張られた。

 

「ぼ、僕もいいだろ?」

 

 おいおいユウ、いつもの調子はどこに行ったよ。

 程なくして扉が開き、ぼくたちは外に出た。

 

「こりゃすごい」

 

 思わず息をのむ。

 目の前に広がっているのは、塵一つ落ちていない未来的な工場といったところだ。

 テレビで半導体工場を見たことがあるけど、あんな感じ。

 無数の配管、無数の電線が宙を舞い、あるいは床を這っている。

 いくつも並んだ配電盤みたいな大きな箱が所狭しと並んでいて、それらが複雑に連結されていた。

 時折緑色の光がパイプを伝っていく。

 自分が小さくなって、パソコンのマザーボードを歩いているような気分だ。

 まるでSF映画のセットみたい。

 

「これは何ですか? マイアさん」

 

 マイアさんは顎に指を当て、小首をかしげた。

 

「そうですね。一言で説明するのは難しいですけど……ああそうだ。身も蓋もない言い方をすれば『何でも作ってくれる機械』のお腹の中です」

 

「何でも作ってくれる機械?」

 

「ええ。何でも。食べ物でも、衣類でも。家でも自動車でも、宇宙船でも」

 

「まさかそんな。冗談でしょう?」

 

「いいえ。世界のあらゆる物は元素でできていますから、その元素を任意の配列に並べることで好きな物を好きなだけ作ることができます。特殊なレーザーを使って原子を積み木のように組み立てれば……まあ、実際にやってみましょうか」

 

 新型旅客機のコックピットにも似たコンソールにマイアさんが掛けると、奇妙な文字が卓の上に浮かび上がった。

 その上で指を滑らせる。

 コンソールの文字は見たことのないものだったけど、不思議と意味が頭の中に滑り込んできた。

 

「……はい、できました。取り出し口はここです」

 

 マイアさんが業務用冷蔵庫みたいな扉を開けると、中にからは湯気を立てるうどんが四杯出てきた。

 しかも鰹だしの西日本型。なぜうどん?

 

「どうぞ。ご覧の通り、うどんです」

 

 あずさたち三人の視線がぼくに集中した。

 わかったよ、ぼくが人柱になればいいんだろ。

 ぼくは割り箸を割ると、うどんを一口すすった。

 まずい訳ではないけど、特に特徴もない普通のうどんだった。

 ……あ、熱い! 夏なんだから冷やしたぬきのほうがよかった。

 まあ、それはいいや。

 ぼくが何ともないのを見て、あとの三人も食べ始める。みんな、お腹がすいていたんだ。

 ただ、気になるのは割り箸だ。

 手に触れた感じや使い心地は間違いなく木なんだけど、木目というものが一切無い。

 どんぶりも普通の陶器に似ているけど、プラ製弁当容器に似た厚みだった。

 それでいて熱くもないし、掴んでも全くへこまない。

 爪ではじくと、陶器製のどんぶりと同じような音がした。これはいったい?


「ええと、電子レンジか何かでしょう?」

 

 あずさの言うことはもっともだ。

 あらかじめ出来合いのものを入れておき、スイッチを入れたのだろう。

 マイクロウェーブを使って水分子を振動、加熱する電子レンジは、かつてぼくらの暮らしに欠かせないものだった。

 でも、結局冷蔵庫とセットみたいな感じなんだよな。

 うちには電気がないからどちらも使えない。

 

「いいえ、電子レンジとは根本的に違います。……ええと、そうですね。ではあずささん。その髪留めを貸していただけますか?」

 

 あずさはいぶかしむ様子で髪留めを外すと、マイアさんに渡した。

 ごく普通の髪留めをプラスチックビーズで装飾したもので、あずさの手作りだ。

 十二分に売れるクオリティだと思う。

 

「こちらは原子スキャナーです。物質の原子配列を高精度で調べるものですよ。もちろんオリジナルに損傷を与えることはありません」

 

 マイアさんは髪留めを別の機械に入れて蓋を閉め、コンソールを操作した。

 

「……できました」

 

 機械を開けて髪留めをあずさに返す。

 そして、うどんが出てきた機械の蓋を開けた。

 

「あっ!」

 

 中には全く同じ髪留めがもう一つ入っていた。

 細かな傷やメッキの剥がれなんかまで、寸分違わず全く同じだった。

 

「もっと複雑なものも作ることができますよ。そうですね、船の原動機はどうですか? 壊れてしまったとの事ですから。同じ燃料を使ってもより高効率なものを用意できますよ。ほら」

 

 マイアさんが扉を開けると、ぼくたちの船に付けていたバイク用エンジンに似たものが出てきた。

 全体がメッキされたように光っていて、一回り小さい。

 持ってみると、驚くほど軽かった。

 五キロもないだろう。

 発田さんと取り付けたエンジンは二〇キロもあったのに。

 

「お望みなら、船体丸ごとでも用意できますよ。ですが、船には愛着を持つ方が多いので……。他にも、おおよそあらゆる物のデータが格納されています。人間には効きませんが、動物を賢くする機械もありますよ」

 

「えっ? 動物……」

 

「はい。イルカさんやお馬さんとお喋りすると、いい気晴らしになりますよ」

 

 うちの馬は喋る。

 とくにラバのプルトがおしゃべりだ。

 この島の野生馬を交配した馬が、とくによく喋るようだと言われている。

 異世界だからで済ませていたけど、これって結構すごいよな。

 慣れっていうのは怖いよ。

 この人が関わっていたのか。

 

「どうですか? これで信じていただけましたか?」

 

 ぼくたちは全員が度肝を抜かれて、口をポカンと開けたまま頷くしかできなかった。

 

「では、お収めください」

 

「え?」

 

「こちらの設備を全て、あなた方に差し上げます」

 

「え?」


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