第16話 ヒーローものの前作主人公みたいな人だな

 発田さんは、機械整備なら何でもやっている。

 自動車、農機、船のエンジンはもとより発電所の設備もたまにいじっているらしい。

 むしろ、技術者の数が少ないから発田さんが何でもかんでもやらなきゃいけない。

 島にとって欠かせない重要人物だ。

 ぼくは間島に連れられて商店街の一角に来ていた。

 表通りから一本裏に入った通りに発田工業はあった。

 鉄錆と防錆剤の匂いがする。

 ぼくとしては、じつはこういう匂いは嫌いじゃない。

 何かの部品が山と積まれ、店の奥からは溶接の火花がバチバチと青く光っていた。

 そう、街には電気がある。

 久しぶりの文明の灯に、ぼくは思わず目を細めた。

 つか、目が痛い! 溶接の火花を直接見ちゃ絶対ダメだ!

 

「発田さーん!」

 

 間島が半分閉じたシャッターを叩くと、中のお兄さんが防護面を外した。

 

「間島か? 何の用だ」

 

「魚沼の単車、どうなったのかなって」

 

「なにが魚沼だ。さんをつけろよデコ助野郎」

 

 愉快な人らしい。

 発田さんはタオルで額の汗を拭うと、店の片隅にある残骸を指さした。

 ぼくは素人だけど、一目見ただけでわかる。全損だ。

 フロントフォークはねじ曲がり、ホイールはひしゃげ、衝撃で一回転したのかリアもそうとう歪んでいた。

 フレームもクラックが入っていて、手の施しようもない。

 新車より高い修理費用を掛けるのでなければ。

 

「あれだ。全損、もう部品取り用の物体だ」

 

「エンジンくれよ」

 

「アホか。島で小型エンジンがどれだけ貴重か、わかってんのか? 井戸ポンプ用に改造する予定で商談も進んでいる……うん?」

 

 発田さんはようやっとぼくに気付いたようだった。

 

「笹原のあんちゃんか」

 

「こんにちは、発田さん」

 

 ぼくはぺこりと頭を下げた。

 

「噂は聞いてるぜ。何やらとんでもない発見をしたって話じゃないか」

 

「まだ何なのかはわかりませんけどね」

 

 発田さんは手を止めて立ち上がると、工場の隅にある休憩スペースへ歩いて行った。

 

「飲め」

 

 発田さんは冷蔵庫からコーラを二本出してくれた。

 コーラはこの島じゃかなりのレアアイテムで、三五〇ミリ缶が六五〇円もする。

 

「いいんですか? こんな貴重品を」

 

「構わんさ。俺の店、ワールド・ゲート社の下請けもやってるからな。安く取り寄せる伝手があるんだ」

 

「ずるいや」

 

 ぼくと間島も丸椅子に腰を下ろし、コーラを遠慮無くいただいた。

 

「二人とも、先住種族の伝説は知っているか?」

 

「先住種族?」

 

「そうだ。もちろん学者連中は認めてはいないが、完全な与太話って訳でもない」

 

 発田さんはタバコに火を付けた。

 今の時代、タバコを吸う人は珍しい。

 一斗缶の中には吸い殻が山のように入っているから、けっこうキツイ臭いがする。

 この吸い殻、捨てちゃうならもらえないかな。

 葉っぱは虫除けに使えるし、灰は肥料になる。

 確か、タバコの値段は法律で決まってるんだったかな。

 

「あれは俺がまだ大学に行っていた頃だ。学術調査団の一員として、発見後間もないこの島に俺は上陸した」

 

 発田さんは若く見えるけど、実年齢は四五歳くらいだ。

 どう見てもぼくの叔父さんのほうがオッサンに見える。

 叔父さん、まだ三十代なのに。

 

「当時のことはわからないけど、大騒ぎだったんでしょう?」

 

「いや。確かに一部の人たちは騒いでいたが、たいていの人は無関心だった。接続の不安定なゲートを越えて異世界に行こうなんて、狂気の沙汰でしかなかったからな。大多数の人にすれば、一部の物好きが騒いでいる、みたいな印象だったんだろう」

 

 あまり興味の無い話なのか、間島は腕組みして膝を組んだまま動かない。

 何か考え事をしているかように目を閉じ、鼻提灯を作っている。

 発田さんは親指で間島を指した。

 

「そう、ちょうどこんな風にな。でも、大衆はそんなものさ。世界の不思議よりも明日の飯の事の方がよっぽど重要だ。当時も今ほどではないにしろ、不景気だったからな。俺自身就職に困っていたし、色々あって調査団に加わった。二度と帰らなくてもいいや、って感じで。自棄になってたんだな」

 

 発田さんは遠い目をした。

 

「……まあ、大したことじゃないがね。うん、本当に大したことじゃあないんだ」

 

 発田さんがチラッチラッとこちらを見てくる。

 これは絶対「何があったんですか?」って聞いてほしい顔だ。

 長くなりそうだけど、その話を聞かないと本題に入らないだろうな。

 ほんとにもう、大人なのにしょうがない人だ。

 結局、ぼくはそうした。

 

「彼女は学内でもひときわ目を引くいい女で、ミスコンで優勝したこともあったくらいさ。俺なんかに釣り合うはずがないと思っていた。だが四年の秋――」

 

 わりとどうでもいい話が十五分ばかり続いた。

 過去の栄光なんてどうでもいいからさあ、本題に入ってよ。

 ものすごく大雑把に要約すると、好きな人が居たけど医学部のイケメンに目の前でかっさらわれた、ということらしい。

 しかも発田さん、デートに誘うこともできなかったらしいじゃないか。

 適当に聞き流してごめんなさい。

 生きてりゃいいこともあるよ、きっと。

 

「機械ってのはいいもんだ。手を掛ければ掛けただけ応えてくれるもんな。俺は調査団の船や車両のメンテ要員として加わった、って訳だ」

 

 ようやっと本題に戻った。

 

「信じられないかもしれないが、俺たちが上陸したとき、すでに港は出来上がっていた」

 

「まさか」

 

「本当さ。学者どもは自然の地形だと言い張ったがね。与那国島の海底地形は知っているか? どう見ても遺跡にしか見えないが、浸食によって偶然できたものだ。それと同じように、防波堤や桟橋にそのまま使えそうな地形がすでにあったんだ。お前さんがめいふらわあ丸で上陸した場所だよ」

 

「あれが自然の地形なんですか?」

 

「学者の見解では、な。防波堤、消波ブロック、桟橋といった港湾設備が、全て一枚の岩盤からできているのがその根拠らしいがね。この島の遺跡と呼ばれるものは、学術的には全て自然物なんだ」

 

 ぼくは、てっきりコンクリートで作ったのかとばかり思っていた。

 いや、存在することに疑問すら抱かなかったんだ。

 どこの港にも当たり前にあるものばかりだったから。

 

「調査は一ヶ月ほどだった。この島はニューギニア島と同じくらいの面積がある。とてもそんな短時間で調査できるはずがない。事実、今でも島の大半は未踏査領域だ。お前さんちの裏庭もな」

 

 発田さんは冷蔵庫を開けると、もう一本コーラを取り出してプルタブを起こした。

 

「俺は砂漠に迷い込み、何日も彷徨っていた。水も食料も尽き、そのままでは死を待つのみだった。いつの間にか俺は奇妙な遺跡に迷い込み……彼女に出会った」

 

「彼女?」

 

「妖精、さ」

 

 ぼくは思わず前のめりになる。

 

「えっ? 妖精? じゃあやっぱりこの世界は剣と魔法のファンタジー――」

 

「いやいや、これはもののたとえだ。それくらい可愛い女の子だった、ってことだ。だが、人間という保証はない。銀色の髪、ルビーのように赤い瞳の美少女で、仲間とはぐれて途方に暮れた俺の前に現れた。彼女は干からびかけていた俺を救ってくれたよ。彼女がいなければ、俺は今頃ミイラか白骨死体だ」

 

 その外見だと、やっぱり普通の人間じゃないかもしれない。

 

「命の恩人ですね」

 

「ああ。彼女は確かに存在していたんだ。俺は彼女と過ごした日々を、決して忘れないだろう。問題は道に迷って、その遺跡がどこにあったのかわからなくなった、ってことだ。当時は島全部が森と砂漠だったからな」

 

 でも、そんな話は聞いたことがない。

 この新世界島は、ぼくたち以外は完全に無人の島だって聞いている。

 

「それでも、あんなことが無ければ覚えていたかもしれん」

 

「あんなことって?」

 

「キャンプの誰かが、いきなり俺を後ろから殴りつけたのさ。俺は死んだかと思われていたが、記憶の一部を――遺跡の場所さ――失うだけで済んだ」

 

「犯人は?」

 

 発田さんは両手を肩まで挙げて、かぶりを振った。

 

「さあね。一人行方不明者が出たけどな。そいつが犯人だ、って事になってる。実際はわからん。ワールド・ゲート社が消したって、もっぱらの噂だ。だが、確かめる方法はない」

 

 ここでもまたワールド・ゲート社だ。この頃から裏でコソコソやってたのか。

 

「とにかく予定通り一ヶ月後、調査団は早々に引き上げた。報告はこうだ。完全に無人であることを確認、と。俺の報告は黙殺された。信じられるか? 俺を助けてくれた女の子は居なかったことにされたんだ」

 

 発田さんは五本目のタバコに火を付けた。

 

「翌年から入植が始まった。何もかもスケジュールありきだったのさ。先住種族は発見されてはいけなかった。もしそんなものが見つかれば、日本人は侵略者だ。あくまでもこの島は無人でなければいけなかった」

 

「それじゃ、結論ありきの調査だったんですか?」

 

「政治の都合さ。予算を削られちゃかなわないから、現場は忖度した。この島を狙う国はたくさんあったから、政府としてはいの一番に乗り込んで領有権を主張する必要があったんだよ」

 

 自嘲的な笑みだった。

 

「俺は彼女にもう一度会いたくて、ワールド・ゲート社の入植事業に志願した。だが、彼女には二度と会えなかった」

 

「どうしてですか?」

 

「俺は街なんかできる前に引っ越したから、家づくりから始まったんだ。もちろん食うものも育てなきゃいけない。本来の仕事と並行してな。みんな最初は食うや食わずだった。日々の暮らしに追われるうち、いつの間にか時間は過ぎていた」

 

「……」

 

 発田さんたちは、第一世代と呼ばれている。

 最も大変だった世代だ。

 

「それでもどうにか時間を作っては二十年以上探し回ったが、結局見つからなかったよ。内心諦めかけていたが……本土にはどうしても引き上げられなかった。サンクコストというか、コンコルド効果というか。それまでの自分を捨てきれなかったんだ。結果、ダラダラと残り続けた」

 

「……」

 

「だが、意外なところから手がかりが飛び込んでくるとはな。これだけ近いとは、さすがに盲点だったよ。灯台もと暗しとはこのことさ。……手伝え、笹原のあんちゃん」

 

「えっ、何をですか?」

 

「決まってるだろう。エンジンの取り外しだ」

 

 ぼくは耳を疑った。と、いうことは。

 

「じゃ、じゃあエンジンをぼくたちに?」

 

 このエンジンがあれば、あの急流を渡ることも夢じゃない。

 

「一つ条件がある」

 

「何だって言ってください!」

 

「大河越えには、俺も連れて行ってもらう。いいか?」

 

 発田さんが加わってくれるなら、これ以上心強い味方はいない。

 考えるまでもなく快諾した。

 

「決まりだな。早速始めよう。間島もたたき起こせ」

 

 エンジンオイルを交換し、スパークプラグを取り替えるだけでエンジンは掛かった。

 車体はボロボロなのに、案外丈夫なんだな。

 日本の科学力は世界一ィ!

 時おり間島にも手伝ってもらい、ぼくと発田さんはバイクからエンジンを降ろした。

 実際には何日かかかったけどね。

 発田さんにも間島にも仕事があるし、ぼくは学校がある。

 それにしてもエンジンって案外重たいのな。

 小型バイクとはいっても二〇キロ近くある。

 ほかにキャブレター、バッテリー、ジェネレーター、CDI、エアクリーナーその他諸々を取り外していく。

 最後にはひしゃげたフレームと車輪、灯火類が残った。

 う~ん、バイクってエンジンに車輪を付けただけの乗り物なんだな。

 発田さんは適当な架台を溶接して作り、空調機用のプーリーとVベルトで漁船から外したスクリューとつなげた。

 エンジンを掛け、回転数を上げるとクラッチが自動的につながり、スクリューが回り出す。

 船外機の完成だ!

 そういえば今日もプルトは勝手に遊んでるんだった。

 何のための駄馬だよもう。

 ぼくは発田さんの軽トラックに乗せてもらい、船外機を家に運び込むことになった。

 叔父さんと君枝さんに事のあらましを話すと、発田さんが居るのならむしろ安心だという。

 船外機付きの船を運転するには免許が必要だからね、建前上は。

 あずさは文句こそ言わなかったけれど、発田さんが独身かどうかについて必要以上にしつこく聞いていた。


 *


 河原に防水布と木の棒で仮設テント的なものを建て、それがぼくたちの作業場になっている。

 船体は船木さんが監督してくれる。

 実際の作業はぼくとあずさ、ユウがおもにやるけど、たまに間島も来て手伝うようになった。

 手伝う? いや、邪魔しているといったほうが適切かな。

 間島のせいで作り直した部品も一つや二つじゃない。

 しかしあずさは厳しい現実を突きつけた。

 

「何でもかんでも間島くんのせいにしちゃダメよ。間違えるのはいつも兄さんじゃない。それだって番号が違うわ」

 

「えっ? あ、本当だ。まったく間島め」

 

 自慢じゃないが、ぼくはプラモデルだってまともに組み立てられないからな。

 

「だから、間島くんは間違えてません。兄さんはいいから、あたしの言うとおりにしてよ。ここ、押さえて」

 

「うん」

 

 カンカン、と小気味よい音を立てて木槌が振られる。

 正直ちょっと怖いけど、ぼくがあずさの立場だったらもっと怖いだろうな。

 ユウの図面だと、釘をほとんど使わなくても組み立てられるようになっている。

 物置にたくさんあった木工用接着剤――徳用二キロ入りでタッパーみたいな容器に入っている――は、表面こそ固まっていたけど、膜状の塊を取り除くと普通に使えそうだった。

 ユウの図面とあずさの仕上げがすごいのか、スッと組み合わさる。

 ぼくは手や顔をペンキだらけにしつつも、色塗りに励んでいた。

 ペンキも前の住人が残したものだ。

 

「ちょっと兄さん! ここ、塗り残しがあるわ!」

 

「えっ? あ、本当だ」

 

「んもう、あたしがやるから兄さんはそこで見ててよ。塗りむらだって酷いわ」

 

「そうかなあ。迷彩模様っぽくて、格好よくない?」

 

「いいわけないでしょ。ただの汚い塗りむらよ。なるべく均一に塗らないと、防水にも影響するんだから。水泳は海やプールでしたいものね」

 

 それでもまあ、何とか形になりつつある。

 形になりつつあるんだ!

 おもにユウとあずさと間島の力で!

 すごい!

 ぼくはなんだかんだ言いつつ、あずさたちとで作業をするのが好きだった。

 あずさは生意気なことを言っているようでも、なんだかんだ同じ目標に向かって頑張っているわけだからね。

 ユウと発田さん、間島も揃い、エンジンの据え付けをようやく終えた翌日。

 ぼくは配られた通信簿を開いた。

 道徳の成績が三に上がってる!

 ……三かあ。

 なんか微妙な気がするけど、一に比べれば天と地の差だ。

 裏の通信欄には……女難の相、注意せよ、だって?

 なんでだよ。占いじゃないんだからさあ。

 ぼくたちの学校は夏休みに突入した。

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