第15話 田舎の噂話は光速で伝わるからある意味光通信

 ユウは船木さんに手伝ってもらい、船体に取りかかっている。

 竜骨だかなんだか、ようはメインフレームが生きているとはいえ、色々と手を加える必要があるらしい。

 ぼくとあずさは、家で部品作りだ。

 家の物置には、前の住人が置いていった雑多な木材が積まれている。

 ノコギリやカンナ、釘や金づち、ノミといったような大工道具も、少し錆び付いているけど使えそうだ。

 主な材料はこれを使う。

 本当は専用の木がいいらしいけど。

 畑の手伝いもあるから、あんまり時間は取れないけどね。

 日が暮れると作業ができないから、日のあるうちに少しずつ進めていく。

 木を計り、墨壺で印を付け、ノコギリで切る。

 口で言うのは単純なんだけど、まっすぐに切るのは難しいし、何より疲れる。

 ぼくが大雑把に切った木を、あずさがヤスリを使って図面通りの寸法に削り出すんだけど。

 

「兄さん。これ、切りすぎ。切って短くはできても、伸ばすことはできないんだから。あんまりもったいないことしないでね」

 

「ごめん」

 

 上手くいかないなあ。

 

「あとこれ、こんな穴が開いていたら使えないわ。沈没よ」

 

 む、難しい。

 材料もよく見てからじゃないとだめなのか。

 材料の残りもあんまり多くはないんだよな。どうする?

 あずさが図面を持って、ぼくの横に腰を下ろした。

 うう、なんかいい匂いがするぞ。

 

「これ。こう切ればそっちの部品に流用できるわ。こっちのはそれ。ここから二つ取れるでしょ」

 

「おお、なるほど。さすがあずさだ」

 

 あずさは賢い。

 ユウほどじゃないけど、ぼくとは比べものにならないくらい。

 宿題なんかも教えてもらえるから、すごく助かるけどね。

 

「褒めても何も出ないわ。さあ、早く切ってちょうだい」

 

「は~い先生」

 

 材料を切り終えると、削り出しを手伝う。

 

「はいはいストーップ! それ以上削ったら隙間ができちゃうじゃない!」

 

「そうかなあ」

 

 あずさは何かを言い足そうにしていたけど、大きくため息をついた。

 

「ああもう、兄さんは休んでて! あとはあたしがやるから!」

 

「ええ~?」

 

 これじゃあまるで子供扱いだ。

 悔しいなあ。

 それでもあずさの仕上げは精度が高かった。

 ユウの図面に書かれた寸法と、二〇分の一ミリまで計れるノギスでも誤差がわからないほどだ。

 

「ねえ、あずさ」

 

「なあに、兄さん」

 

「ユウのところに行かなくて、いいの?」

 

 言ってしまってから、ぼくは後悔した。

 バカだなあ、ぼくは。

 どうしてこんな事を言っちゃったんだろう。

 でも、当のあずさはきょとんとしていた。

 

「そりゃあ、ユウだけじゃできない作業は手伝うに決まってるでしょ」

 

「ええと、そういうのじゃなくて……」

 

「なあに? やきもち? 兄さんも案外コドモねえ。そんなこと考える暇があったら、手を動かして。さあ!」

 

 あずさはクスクスと笑っていたけど、ぼくはどうにも落ち着かなかった。

 本土でそろそろ梅雨入りしていそうな頃には、船体の部品は揃いつつあった。

 ちなみに新世界島に梅雨はない。

 あとは組み付けてエンジンを据えるだけだ。

 でも、そのエンジンの目処がまるで立たなかった。

 けっこう大きな船だから、オールをこぐわけにもいかないからね。

 ユウも困っていたけど、意外なところから道は開けた。


 *

 

「よおアニキ! なんか大発見したらしいじゃん?」

 

「おっそうだな」

 

 ある日の学校帰り、間島が声を掛けてきた。

 ぼくはプルトから降りて手綱を引いていたんだけど、プルトは首を振って少し暴れた。

 どう、どう。

 

「宇宙人のオーバーテクノロジーを手に入れて不老不死になった上に、ワープ航法まで発見したって、もっぱらの噂っすよ。地球征服するつもりだって」

 

「誰に聞いたんだ、それ」

 

 デタラメにもほどがある。

 

「さあ、誰だっけな……山田? 田中? 覚えてねえや。それより! 俺っちも仲間に入れてくださいよ! ただし条件が一つ! 池本を仲間から外して欲しいんすよ」

 

「何言ってんだ、できるわけないだろ。それに、条件を付けるとしたらぼくからだ。お前じゃない」

 

「いいじゃないすかあ。俺、ワールド・ゲートのやつと組みたくねえんだよ」

 

「ダメだっつの。確かにユウはワールド・ゲートだけど、ぼくの友達であることには変わりないんだ」

 

「なら、いいっすよ。言ってみただけなんで。ねえアニキい、俺も仲間に入れてくれよお」


「ええい、くどいぞ。意地悪するやつはダメだ」

 

「アニキが意地悪してるじゃないっすかあ」

 

 こいつ、何かWGに恨みでもあるのか?

 WGは由緒正しい血筋のエリート集団だ。

 間島と縁があるとは思えない。

 とりあえず間島がイケメン嫌いというのはわかったぞ。

 プルトが声を上げた。

 

「しんや! まじまとあそぶ? なら、ぼくもみゆきちゃんとあそんでいい?」

 

 道の反対側では、みゆきちゃんとお母さんが手を振っていた。

 さっき暴れたのはこのためだ。

 みゆきちゃんはプルトがお気に入りで、いつも休み時間になると校庭を乗り回している。

 

「ねえアニキ? プルトもこう言っていることだしさあ」

 

「う~ん。あっ――」

 

 プルトはぼくの手綱を振り切って、みゆきちゃんの方に走って行ってしまった。

 お母さんが深々とお辞儀する。

 

「よかったわね~、みゆき。しんちゃんにちゃんとお礼言うのよ」

 

「ありがとー」

 

 貸すなんて一言も言ってないけど……まあいいか。

 

「ええと、遊び終わったら放っておいてください。勝手に帰ってくるんで」

 

「こんどお礼させてくださいね」

 

「いえいえ」

 

 みゆきちゃんとお母さんを乗せて、プルトはどこかへ行ってしまった。

 新世界島は馬が安いけど、街中で暮らすぶんには自転車のほうが便利なんだ。

 だからみゆきちゃんは馬を持っていない。

 話を戻そう。

 

「でもなあ。あんまり大ごとにもしたくないし」

 

 ぼったくりの件で信用を落としたというのもある。

 

「ははん。俺とあずさちゃんが仲良くなるのが嫌なんでしょ? さっすがアニキ、独占欲強いんだな~。俺、イケメンだからな~」

 

 そう、なのかな。

 でも、ぼくはあずさの兄貴なんだ。

 あずさは幸せでいなければならない。

 でないと、ぼくだって不幸だ。

 あずさを幸せにできるのは……。

 一瞬、ユウの顔が浮かんだ。

 そうだ。ユウ。あいつだってまんざらでもないはずだ。

 あいつはいいやつだし、あずさを泣かせるようなことはしないだろう。

 そうだ、ぼくはあずさの兄貴なんだから。

 ぼくじゃだめなんだ。

 でも、不思議と胸が痛んだ。

 

「ま、アニキがそのつもりなら、既成事実を積み上げるだけさ。人手はいくらあっても足りないだろうしな。あずさちゃんに頼めば嫌とは言うまい。あの子普段はツンツンしてるけど、俺にはわりと優しいんだ」

 

「マジで?」

 

「えっ? ……ああ、そりゃもうマジもマジっすよ。だってビーナス号売ったの俺だもん。馬の世話についてよく話すんだ。この調子でどんどん仲良くなっていけば、いずれアニキも本当に兄貴になっちゃうかもな~」

 

「それはない」

 

「なんで? あずさちゃんが決めることでしょ。アニキは家でのんびりエロ本でも読んでろよ。新刊も入ったことだし。本土より二ヶ月遅れだけどな」

 

「待て。……考えが変わったよ。一緒にやろう」

 

 勝手にあれこれ動かれるよりも、間島をぼくの目の届くところに置いた方がまだいい。


「そうこなくっちゃ! ところでアニキ、漁協の魚沼うおぬまが単車で事故った話は聞いてます?」

 

「ああ、聞いてるけど」

 

 そのニュースは事故の三十分後にはぼくの耳にも届いた。

 田舎の情報伝達速度に驚いたのも何度目だろう。

 先週は珍しく雨が降っていて、魚沼さんが運転するバイクは荒れた路面でスリップしたそうだ。

 で、魚沼さんはバイクから放り出された。

 幸い路肩に積まれていた飼い葉の山がクッションになったので怪我はなかったけど、バイクは無人のまま暴走して崖から落ちたらしい。

 当然ながら全損だそうだ。

 そのバイクというのが魚沼さんが趣味で改造した一二五CCで、相当チューンナップしていたとか。

 バイクのエンジンは車体の真ん中にある。

 もしかすると、エンジンは使えるかもしれない。

 ユウもエンジンの調達には苦労しているから、船体後部の設計はラフスケッチのままだ。

 

「スクラップとして回収されて、発田さんの店にあるみたいっすよ」


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