第8話

 あの日から一日置いた月曜日。嫌でも学校にいかなければならない。結宇に心配をかけないためにも。何もかも重い体を自分のたった二本の腕で起こす。いつもより二倍遅く支度をしてみんなに会える顔を作る。ドアノブに優しく手をおいて、ゆっくり押し込んだ。

「おっはよー!!!彩!今日も良い日にしよー!!」

 私と正反対にいつもの二倍明るく話す結宇。毎度助けてもらっている。私も今度結宇になにかあったら必ず助けようと常に思っている。本当に、結宇という存在は私の苦しみに光を差してくれる。こんな空間が愛おしくて嬉しくなった。

「おはよ。今日も元気だね」

 私の笑顔に安堵したのか、結宇は一瞬驚いて優しく笑ってくれた。この可愛いを人の形にしたようなものがあるのが今でも不思議だ。つくづく運が良い。

 いつも通りを取り戻して、爽やかな陽の光が降り注ぐ中笑い合いながら学校で向かった。あの日の辛さもほぼ消えて、普段のルーティーンをリピートするだけだった。変わっているのは日の落ちる時間だけだ。生徒会室に行くともう私以外揃っていた。

「おー!彩きたか!今日は俺のほうが早かったな!」

「彩ちゃんお疲れ様です。こんな人の話聞かなくていいですよ」

「彩さんお疲れ様ー。今装飾作ってるところだから手伝ってくれる?」

 将輝先輩に言われるがまま、工作の手伝いをした。いつもこの二対二の構図になるので慣れていると言われれば慣れている。早速画用紙を取って作業を始めようとしたが、何を作っているか知らなかったのでまず聞くことにした。

「先輩今何作っているんですか?」

「今ねー、リース作ってるよ。これがあと二三個欲しいかな。あ、作り方教えるね」

 先輩と一緒にリースを折っていった。先輩の指先によって画用紙が綺麗に折られていく。その傍ら、私が苦戦しすぎたせいで一時間もかかってしまった。先輩が励ましながら丁寧に教えてくれたが私にはどうも不向きらしい。もう完全下校の時間になりそうだったので、会長たちと混ざって話し合いをした。下校の時間を迎えると、会長たちは他に用があるようなので将輝先輩と帰ることになった。

「そういえば、あの水族館行ったんだっけ?」

「そうなんです!あそこすっごいきれいでしたよ。あまり水族館経験がないからかわからないですけど知らない生き物もたくさんいました。なんと言っても最後のクラゲの展示が本当に良かったんです」

 私が暴走気味に話していても先輩は飽きずに隣で頷いていてくれた。話しているこちらも気分が良くて話しすぎてしまった。満足するまで語りきったら「そうなんだね」と優しく返してくれた。先輩の顔はなんだか嬉しそうだった。

「やっぱ水族館っていいよね。僕も行きたくなってきたな」

 話していたら学校からもう出ていた。校門から出たらすぐに分かれ道がある。ここで先輩と別れることになる。まだ物足りなさを感じていたら先輩が足を止めた。

「もう少しだけ話さない?」

 薄く緊張をまとった笑顔で頭を少し傾けた。そんな事をされたらこちらもドキドキしてしまう。私も緊張しながら返事をした。街灯の下で私たちは、夜とちょっぴり戯れた。

「彩さんはさ、人を救うことってどう思う?」

 急に真剣な話題が振られて少し驚く。それでも先輩の話なら聞いていたかった。

「僕はすごいかっこいいことだと思うんだよね。特に精神的に救える人。みんな一度は死にたいくらい辛くなるときってあると思うんだよね。僕もつらい時期があって、それでも僕は立ち直れた。音楽が救ってくれたんだよね。だから僕、作詞家になりたいんだよね。今は全然人を救えるような歌詞はかけないけど、いつか絶対一人でも救えるものを書くんだ」

 やっぱり先輩は心のなかで自分の意志の火を燃やしてる人。あぁ、先輩みたいな人はかっこいい。いや、先輩はかっこいい。胸がきゅーっと苦しくなった。こんな人と過ごせているのは幸せなことだ。自販機で買ったコーンポタージュを少し飲んで自分の夢についても考えてみた。

 先輩と別れていろいろ考えていた。先輩のかっこいい姿が頭から離れない。そう、離れないのだ。さっきの姿からどんどん今までの先輩との会話が思い出される。あの時の優しい声も、あの時の包んでくれるような笑顔も、あのとき助けてくれたことも、全部。離れないどころか余計に増えていく。…あれ。私、先輩のことが好きだ。もう心は先輩のもとにある。それに気づいた瞬間顔の温度が上がる。恋に落ちるのは稲妻に打たれたのと似た感覚だって聞いていたけど、本当の恋に落ちる瞬間って気付けないんだ。あとから徐々に気付かされる。あぁ、もう駄目になる。恋心に気づいてしまったら抜け出せない。あなたにだんだん堕ちていく。

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