第6話
深く眠っていたとき、夢を見た。顔は覚えていないが可憐な少女が私の手を引いていた。美しい髪をなびかせて、私を一心に何処かへ連れて行こうとしていた。ただ、なにもないところを目指して。あの先に何があったかなんて知りもしない。しかしそこは甘くて、暖かくて、儚かった。ずっと、あの場所にいたいと思えるようなところだった。彼女の笑顔も一緒に。
目が覚めても、手を繋いでいた温もりは残っていた。感覚もふわふわしている。気温は冬なのに体温はいつもより高く感じる。気温と体温の差に嫌気を感じながら布団を出て出かける準備をする。今日は支度にも気合が入る。将輝先輩と買い出しに行った約一週間後、今日は結宇と水族館に行く日だ。常に水族館のレビューを見漁る私だが、水族館に行く数日前から何も見ないで想像しながら楽しみに待っている。弾む心と一緒に玄関を出た。結宇の家まで迎えに行こうと思ったら、スマホが鳴った。
『家出たよー。今日楽しみだね!』
結宇から連絡が来たので自分の家の前で待っていることにした。鳥が軽く鳴いている。何も着ていない木の下には枯れ葉が落ちたままだった。葉のない木と雲のない空がつくる景色は、冬だけ楽しめる特別なものだ。ぼんやり空を眺めていたら結宇が手を振ってこちらへ向かってきていた。
「彩ー!おはよー!」
「おはよう、結宇。体調どう?」
「万全だよ!楽しみすぎて待てないや。早く行こ!」
「それならよかった。じゃあもう行っちゃおうか」
二人で足並みをそろえて駅へと向かう。外にはまだ誰もいない。二人きりの世界になった気分で歩いていく。駅にはもう電車が停まっていて、足を止めずに電車に乗った。すっからかんの電車の中で景色と無言の時間だけが流れていく。ふと結宇の方を見てみると、きちんと座り少し微笑んでいた。結宇も楽しみにしているのを再確認すると私も嬉しくなった。各駅でぞろぞろと人が乗り込んできても無言は続いた。冬のからっとした晴れ空が時間をかけてビルで覆われて見えなくなった。景色も緑色から灰色になり、人の動きも活発になっていく。車窓からは早歩きで忙しそうな会社員、厚着をして公園で運動するおじいさん、足は露出しているがマフラーをぐるぐる巻いた女子高生がいた。他にも見上げなければ全体を見渡せないビルには回転寿司のチェーン店やゲームセンター、カフェなどが積み上がっていた。どれも私の町では見れない風景だった。
「乗り換えいつだっけ」
「次の駅だよ」
「そっか」
空気を吐くようにドアが閉まり、重い車体は都会の方へとまた走り出した。だんだんと人が増えていく車内は、圧が強く押しつぶされそうだった。乗り換える駅に停まり、人の間を分けるように通って電車の外へ出て次の電車を探す。乗ったときちょうどドアが閉まった。乗り換えた電車の乗車時間は少なくて、ぼーっとしてたらすぐついた。結宇とはぐれないように手を繋いで、人混みの少ない場所まで行って、見慣れない地図から目的地に行ける出口を探す。間違えた出口に行きかけながらなんとか駅を出た。その後も地図アプリで水族館の経路を調べて、新鮮な街並みに感動しつつあちらこちら行き惑いながら水族館を目指した。
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