第2話

 明るい朝がやってきた。脳みそが昨日よりも軽くなって目もはっきり開いている。空気が冷たいのも気持ちいい。鼻で吸い込んで少しだけ残った疲労を吐き出す。一階へ降りていくとスクランブルエッグとよく焼き色のついたトースト、インスタントのコーンスープが置かれていた。スープからはまだ湯気が出ている。手を合わせてからトーストを一口、さくっと音がした。母の部屋からドタドタと騒がしいが、気にせずにもう一口。顔は合わせずとも、親としてやるべきことはやってくれているようなのでとても感謝している。キチンと食べ終わって身支度をする。朝は余裕を持って起きる。朝の明るさを全身で吸収して学校へ向かう。この重いリュックサックはいつまでも慣れない。

「おーはよ!」

 いつも通り明るく挨拶をする結宇に笑顔を返す。

「おはよ。今日の物理の小テストの勉強した?」

「もちろん。もう完璧だよ!満点だって取れちゃうんだから」

 彼女は誰も敵わないほどの美貌を持ち合わせているのにも関わらず頭も良い。よく言う、漫画から出てきたような人だった。成績が良いというのも理系教科だけと言っていたが文系教科のみが得意な私にとっては十分羨ましいことだ。お互いの苦手教科が相手の得意教科であるため教え合うのが習慣だ。この支え合いが今の関係を繋げているのかもしれない。

「あ、見て彩。前行きたいって言ってた水族館、1週間後にクラゲ展があるらしいよ。え、ベニクラゲも展示されるの?めっちゃ見たい!」

「ほんと?私も見たいかも。じゃあ来週行こっか」

 凍るような空気の中でいつも通りの会話をする。無数の細い日の光が窓にあたってはね返っていた。かじかんだ手をもう片方の手で包みこんでいると踏切から警告音がかんかん鳴って電車が見えてきた。予定時刻より少し遅い到着のようだ。私たちの右前にドアが止まって二人で乗り込む。8人しかいない車内は外よりも静かでなんだか緊張した雰囲気を帯びていた。乗客は皆、スマホに熱烈な視線を送っていた。結宇と話したり、時にはテスト勉強をしたり、電車に乗っている時間はいろいろな価値を持つ貴重な時間だった。そんな時間を今日も幸せに過ごす。

 学校の最寄り駅は学校まで歩いて十五分ほどかかる距離だ。この距離はなんやかんや言ってきつい。特に学校終わりの疲れ切った体に十五分のウォーキングを強いるのは何かの罰だと言っても過言ではない。

「今日荷物多いから歩くの大変なんだけど」

「それなー。ほんと、なんで駅の近くに学校作ってくれなかったのかな。もう学校の中に駅が欲しいくらい」

「そうすれば歩く時間の分いっぱい遊べるのにね」

「確かに!一石何鳥もあるじゃん。これはもう作ってもらうしかないね」

「お金はどうするの?今でさえトイレ直せないくらいキツキツなのに」

「そこはもう頑張って稼ぐしかないよ!こう、全校生徒からバイト代の何パーセントか貰って…」

「いや、大変でしょ笑」

 ぽろぽろ弱音を吐きながらようやく学校についた。生憎クラスは違うのだが、休み時間には相手のクラスに行ったり来てくれたりして過ごしている。最後の難関である階段を山を登るかのように悲鳴を上げながら上る。教室のドアを開ける少し気まずい瞬間は平然を装って自分の席まで歩いていく。物理のテスト勉強をしたいところだが体が拒絶している。そして眠い。とりあえず本を読む選択をした。教室は友だちと話している人たちでほぼすべてを占め集中を妨げるが、こんなクラスの雰囲気は嫌いではない。何度も読み返してやっと理解できる。本と苦しみながらも楽しく闘っていたら予鈴が鳴ってショートホームルームが始まった。

 何の偏屈もない授業を淡々と過ごして待ちに待った昼休み。私はあまり人と話すことが得意ではないためクラスに友達と呼べる人はいなかった。授業合間の休み時間は移動教室があって結宇とは会えない事が多いのでゆっくり時間を取れる昼休みで話している。結宇のクラスへ赴くと結宇の席にはもう一人の人影があった。

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