Scene 02

 月の裏側、ダイダロスと名付けられた巨大クレーターにて。


『湾内ハッチを閉鎖、ナサーティアの地下軍港入りを確認。――各員は損傷個所の修復を優先し、改装プランに基づいた作業を実施せよ』

 岩肌から伸びた連絡通路がナサーティアへと接続されるさなか……軍の制服に着替え終えたクルスは、ショートボブの黒髪を肩先に更衣室から足を踏み出すが、

「クルス少尉」

 艦内通路で待ち受けていた同年代の少女の姿に瞠目し、

「キャシー・アイズマン少尉……」

 ブロンドのポニーを揺らしたキャシーは、クルスの胸倉を掴み壁へと叩きつけ、

「なにを……」

「あんたの母艦はあの海で沈んだ。殿しんがりを務めたダリル大尉の連隊も全滅した。……なのに何故、あんただけが戻ってこれた?」

「……」

「あたしは知っている。あんたが逃げ回っていたことを。――デブリの陰に隠れ、震えていたことを!」

 顏をうつむけたクルスに、だがキャシーは青い眼に炎を宿し、

「あんたは仲間を見殺しにした臆病者――」

 エメラルド色の瞳に怯えが浮かぶ中、なおも責めたてようとするが、

「ヒルデリカ……」

 いつのまにか通路にいた十四歳の少女の姿に言葉を失う。


 ――ヒルデリカ・レオンハート……。


 戦女神ヴァルキュリアとも称えられる、地球連合軍最強のパイロット。

 感情の読めぬまなこが二人をじっと見つめ……キャシーは「行けよ」と舌打ちし、肩を落としたクルスは出口へと向かう。


 そんなクルスの後ろ姿を見送りながら。


「気になるの? 貴方のライバルのことが」

 ヒルデリカは腰元まである銀髪を揺らめかせ、

「ライバル? あんな臆病者の嬢ちゃんをライバルだって? ――はん、サイボーグにもつまらないジョークが言えたなんてね」

 鼻を鳴らしたキャシーは、小柄な少女へと矛先を向けるが、

「彼女は旧式のレイヴンに乗り、三体の異星体に追われながらも生き延びた」

「……」

「貴方に、同じことができるの?」

 緋色の義眼にしずかに問われ……感情を乗せた拳を壁にその場を後にした。

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