英雄の幸福①
「ヴェルトルの様子がおかしい気がするんだ」
辺境魔術師団の本部にある食堂にて、アキの向かいに座ったエレーナはそう切り出した。
グラント公爵によるクーデター未遂事件から、早くも数ヶ月が経過していた。現在エレーナは魔瘴を完全に消滅させる方法を突き止めるべく、ティリエスでの調査任務にあたっている。今回の調査は長期にわたる予定らしく、二週間前からヴェルトルの家──かつてはアキとユース、ヴェルトルが三人で暮らした家に滞在していた。
好色で適当ゆえに数々のトラブルを引き起こしてきたヴェルトルではあるが、エレーナとは学生時代から一貫して単なる友人関係にとどまっている。十年以上の付き合いがある二人は気心が知れた間柄であるし、二人きりでの同居となっても問題は発生しないだろうとアキは考えていたのだが、今朝になってエレーナから相談があると言われたのだ。
昼休憩を利用して話を聞いてみればその内容は思いがけないもので、アキはフォークでサラダをつつきながら眉をひそめた。
「おかしい? 仕事場じゃいつも通りに見えるけど、家でってことか?」
「そう。事前にアキから聞いてた話と全然違うんだ」
「……というと?」
「毎日家に帰ってくるし、誰かと頻繁に会ってる感じもない。休みの日だってどこにも出かけないで、ずっと家にいる」
アキがヴェルトルと一緒に暮らしていた頃、ヴェルトルは基本的に他の家を泊まり歩いていた。休日も外出することが多く、家で過ごしている姿はあまり見たことがない。
そんなヴェルトルが毎日家にいるとなれば、アキも驚きを隠せずにはいられない。
「……エレーナが滞在中だから、気を遣ってるとか? こっちの暮らしにはまだ慣れてないだろ」
「そんなに気の利く人じゃないことは、君だってよくわかってるはずだよ」
「うん、まあ……そうだな」
「それに、ただ家にいるだけじゃないんだよ。ぼーっとしてるというか、気が抜けてるというか……口数も少ないし。だから心配になって」
エレーナよりヴェルトルとの付き合いが長いアキにとってみても、そんなヴェルトルの姿は珍しいものだった。ヴェルトルは恋人と別れたときも、試験に落ちたときも、課題が間に合わないときも、軽薄な笑みを浮かべて冗談を口にしていた。自分の殻に閉じこもるとか、ふさぎ込むとか、そういったこととは縁遠い男だ。
だが、同時にアキは知っている。そういったこととは縁遠い男だと、周囲に思わせている部分があることを。縁遠い男だと周囲に思わせている部分があるだけで、実際には決して無縁ではないことを。
アキは小さく嘆息した。
「……世話が焼けるな、あいつは」
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