春のふたり①
「先生。たまには髪型、変えてみませんか?」
ユースがアキにそう提案したのは、二人揃っての休日を控えた夜に、共に風呂に入っていたときのことだった。
家の浴槽は大人の男二人が一緒に入るには手狭だが、ユースは頻繁にアキと一緒に入浴したがる。「狭いし落ち着かないから嫌だ」とアキはいったんすげなく断るものの、惚れた男にはとことん甘いアキのことだ。最後には決まって折れ、浴槽に背を預けたユースに抱えられる格好で湯につかることになる。
この夜もいつもと同じように湯船の中で密着していたところで、この唐突な提案だ。アキは怪訝な顔をして振り返った。
「髪型? なんで」
「今、前髪上げてみたら、可愛いなって思って」
普段は下ろしているアキの前髪は、今ではユースの手によってかき上げられている。先ほどからアキの髪を手櫛で梳いたり、サイドを耳にかけてみたり、勝手に弄っているとは思っていたが、まさかそんなことを考えていたとは思いもよらなかった。
「変えてみましょうよ。いつも寝ぐせを直しただけじゃないですか」
「お前なあ……俺が朝に寝ぐせを直す以上のことをできると思うか?」
「思いません。だから俺がやってあげます。俺、こう見えて、けっこう得意なんですよ」
確かにユースの金髪は、時おり分け目が変わったり、前髪が上がっていたりするうえ、ゆるい癖がついている日もある。魔術を用いて作られた整髪料を使えば、元の髪質がどうであろうとかなり自由に髪のセットができるらしい。
「だから明日にでもやってみましょうよ。明日はせっかく久しぶりのデートなんだし」
「うーん……まあ、ユースがやってくれるなら、いいか」
アキは基本的に、外見は清潔感さえあればいいと考えるタイプだ。髪型を変える必要性は感じなかったし、面倒だった。ゆえにこれまで整髪料の類には手を伸ばさずにいたが、ユースがやってくれるというのなら拒否する理由もない。
なにより、ユースがどんな変化をもたらしてくれるのか、その変化を見てユースがどんな反応をしてくれるのか、興味があった。
「じゃあ決まりですね」
アキの承諾を得たユースは、嬉しそうにアキの髪にキスを落とした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます