第7話

「疲れたー。もう歩けなーい、ルルーおんぶしてー」


 もう時間は夕暮れ時。出発したときは空のてっぺんで光っていたお天道様は傾いて山に隠れようとしている。場所は郊外の一本道。森に面した寂しい道である。


「誰ですか? か弱い乙女を泣かせながらいざ! とかこぶし振り回してたのは……大丈夫ですよ、そろそろ彼らが襲ってくる頃ですから」

「あー疲れ吹っ飛んだ。アリガトアリガト。ソウダ魔札頂戴ヨ」

「あ、いいですよ」


 ルルの体のあらゆる場所からマジシャンの鳩のごとく出てくる魔札。当然早業だったが俺は見逃さないぞ。


「今、谷間から出したよね? ほら出したもの見せて!!」


 動揺しすぎて万引きGメンのようになってしまった。いや谷間Gメンか、まあいい。問題はその谷間から魔札を出したことだ!!


「……しまいやすくてとりやすいんですぅ」


 顔を真っ赤にしてフルフル震えているルル。あれ? もしかして隠れきょきゅってやつなのか――ハッ、嘘だろ? 俺は貧乳派過激派ひんにゅうはかげきはだぞ? これしきで反応するわけにはいかないんじゃああああああああ。


 煩悩ぼんのうを振り切ろうとジャンプしようとした瞬間、小石につまずいて真上に飛ぶはずが斜め前に飛んでしまう。だめだこのままでは――――柔らかいものにやさしく受け止められる。


 なにかってもちろん胸部である。


 ちょうど谷間をのぞき込むような形でめりこんでいる俺の頭。


「きゃあああああああああああ、トリプル【衝撃】パーンチ」


 胸部から解き放たれた俺のあごにクリーンヒットする。さすがの衝撃に薄れる意識。


「大丈夫ですか? え? アキカゼくん? アキカゼくん!? アーキカゼくん!!」


 揺さぶられて目を開ける。あれ? なんで俺横たわってんの? さっきまで何してたっけ? !? !! 思い出した。柔らかかった。


「あー今起きた。もしかして俺気絶ってた? 何分くらい?」

「はい、気絶してました。時間は三十秒くらいでしょうか。すみませんでした。その谷間を見られてつい……なんで、あんなことしたんですか?」


 怒り半分、申し訳なさ半分の顔だろうか。


「俺の相が暴れだしそうだったから、それを抑えようと…………すみませんでした!! お願いですから警察的な何かには言わないでください。二度としません」


 仰向けだった体をひねり、伝家の宝刀土下座を繰り出す。


 ――――「アキカゼくん! 避けて!!」

「えっ!?」


 そのまま反射的に右に転がる。すると今まで俺がいた地面に森のほうからナイフのようなものが飛んできて二本突き刺さる。顔から血が引いていく。


 目の端に動くものをとらえてみると道の横のくぼみからルルが顔を出し手招きしている。前転を織り交ぜながら、ヘッドスライディングで滑り込む。顎が痛い……


「ふ覆面ズか!?」

「そうです!! それから魔札です。受け取ってください。敵は二人です。森の中にいます。私がどちらかを引き付けるのでアキカゼくんはポイポイと投げてください。魔札は『発動』といえば術が発動します。では、ご武運を祈ります!」


 身をかがめながら素早く言葉を交わす。ルルが素早くくぼみから飛び出して森に消える。手元に目線をやる。【洪水】【爆発】【風刃】【鉄砲水】【捕縛】などなど。さっと森に視線を移す。敵の姿は見えない。


 位置がわからないとまずいな……そうだ!


 パラパラと探して【爆発】のカードを一枚とり森の上空に投げる。


 まずい、少し下に行ってしまった。


 と思った瞬間、緑色の鳥の影のようなものがカードと被る、とカードの向きが変わり、狙っていた場所に飛んでいき「発動」という俺の言葉を合図に爆音をとどろかせて爆発する。すると爆発に驚いたのか木の陰でゆらりと動く二つの人影。作戦通りだ。ナイフを持ったチビと、ヌンチャクのようなものを持ったノッポ。


 ノッポがおそらくルルによって森の奥に引きずり込まれる。チビに狙いを定めて【風刃】を投げる。するとまた同じように緑の鳥の影が重なり、軌道修正していく。まただ。メジロの能力なのか? またも命中し、鮮血せんけつが飛び散る。と相手と目が合う。まずい、投げたことで位置がばれたか。


「見えたぜ、ガキ! そこだ!」


 ナイフが飛んでくる。よけきれずに頬にかする。かっと熱くなり、鉄のにおいが漂う。間髪入れずにナイフが飛んでくる。次は何とか転がって避ける。


「なんなんだ、お前らは」

「こっちのセリフだぜ、ガキ。ルル様をたぶらかして連れて行くなんてな」

「ルル……様?」

「ヒャッヒャ! 正体も教えてもらってないとはな!」


 話の続きも気になるが、おしゃべりに没頭しているわけにはいかない。【鉄砲水】を手に取り、相手の顔面に狙いを定めて投げる。顔にくらって相手がよろけたすきに森に自分も入る。二対一なら危ないが、ルルがもう一人を抑えてくれていることを信じて相手の死角を目指して走る。


 相手は森に入られたほうがナイフが木にさえぎられて厄介なはず! 対して俺にはこのメジロのものと思われる能力があるから、必然的に有利な状況を作り出せる!


「気になんねえのか、ガキ。こりゃ魔札か? 愛しのルルちゃんにもらったのかな? ガキの癖にイチャコラサッサしやがって、オラッ!」


 相手は二本投げるが一本しか到達せず、それを間一髪で避ける。


「気になるけどな、レディーには言いたくないこともあるんだよ」


 すぐに【火炎】を投げる。間髪入れずにナイフも飛んでくる。よけ損ねて右足に刺さる。


「痛っ」

「小僧足やっただろ。木に当たって勢いがなくてよかったな。次は腕だ!」


 なんだこいつ。効いてないのか? いや、効いてるはず。さっきよりナイフに勢いがない。だが、間髪入れずに飛んでくるナイフでなかなか攻撃に転じることができない。


「チェンジです!!」

「おうよ……って、え?」


 ノリでハイタッチしたはいいものの、一瞬思考停止する。が、ヌンチャクを持ったノッポが近づいてきてとっさにサイドステップで避ける。


「強者の集いキノサナ支部長シンサルが相手じゃああああああ」


 切り返して迫ってくる敵の顔面に瞬発的に腰をひねった回転を使って【衝撃】を装着したこぶしを当てる。相手も負けじとヌンチャクを振り回し、俺の腰にあたる。


 痛さで崩れるように体を折った俺の背中に容赦なくヌンチャクがあたる。尻もちをつくように倒れる俺の顔にヌンチャクが迫る。目を閉じる。


「チルルチルゥゥゥゥオラァ」

「目が、目がぁぁぁ」


 どこからか飛んできたメジロが目をつついてくれたようだ。


「せいっ!!」


 そこらへんに落ちていた木の棒で身をよじっている相手の頭を力いっぱい殴る。木の棒も折れたが、確実に仕留めることができた。


 横たわる相手に駆け足で近寄り、【捕縛】を投げつける。とそれと同時に相手もヌンチャクを投げる。


「詰めが甘いんだよ!」


 ヌンチャクがわき腹にぶつかり、鈍い痛みが走る。だが、


「な、なんだ?」


 相手は【捕縛】の能力によってツタのようなもので全身を覆われ、もう戦闘不能リタイヤ状態になっている。


「詰めが甘いのはお前のほうだったかもな、ルルの魔札、甘く見すぎだよ」 


 捨て台詞を捨てて、あとはルルを待つだけだ。あの子ならきっとやってくれてるはずだ。よろよろと歩いていき、道に大の字に寝っ転がる。舗装ほそうされていないので背中に小石が当たり、服の中には砂が入る。


 そういや今、制服なんだっけか。王都について生活が落ち着いたら新しい服買えるかな。


 相変わらず頬も脇腹も足もズキズキと痛む。


「でも勝った。生きてる」


 つぶやいた声が空に消える。立ち上がってツタにぐるぐる巻きにされた敵の様子を見に行く。ピクピクンと時折動くくらいでしっかり捕縛されている。


「おーい、アキカゼくーん。大丈夫でしたかー?」

「おーう、そっちは……大丈夫そうだね」


 ルルが大の男を引きずっておかしなフォームで走り寄ってくる。さては運動音痴だな?


「こいつらどうすんの?」

「そこら辺の木に縛り付けておきましょう。さっきの爆発音でヒトが集まってくると思うので、その人たちが憲兵団でもよんでくれるでしょう。それにまかせましょう。面倒なのはごめんですし、もう夕方なので私たちは寝床を見つけなきゃいけませんからね」


 しっかりと木に縛り付ける。


「よしっ、これで大丈夫ですね。じゃあ行きましょうか」

「おうよ」


 ルルが手を差し伸べる。その手に駆け足で近寄って、手を伸ばす。

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