8

 ロイが戦闘員に飛び掛かると二人は泥に塗れながら地面に倒れ込んだ。

 ロイが戦闘員に馬乗りになるが、戦闘員がロイに向けた右手が明るくなる。ロイは瞬時に戦闘員から退いた。彼がいた場所を炎がかすめる。


 ロイの朝の空のような目が異能者の戦闘員を睨み、「うーっ」と威嚇する犬のように歯を剥いた。

 ロイの背後で戦闘員たちが銃を構える。ロイはそれに気付いていない。

 ジンが助けに入ろうとしたが、なんとロイはゆらりと後ろに倒れたかと思うと次の瞬間には銃を構えた戦闘員たちの前にいた。

 その動きの速さはジンや異能者の戦闘員なら追えるが、そうでない戦闘員にはロイが瞬間移動したかのように見えただろう。


 ロイは一数える度に戦闘員を一人ずつ倒していった。殺してはいない。手や肘、足で相手の腹や顎を打って気絶させている。

 その動きには見覚えがあった。

 そう、ロイは戦い方をジンから見様見真似で覚えてやっていた。

 そして十数え終わった時にはリーダーの男も含めた全員が倒れていた。

 残りは異能者の戦闘員だけ。

 不利な状況だが、彼は焦ることなく構えた。

 じり、と睨み合うが、先に動いたのはロイだ。その場で大きく跳んで戦闘員に襲い掛かるが、戦闘員は軽く跳んで背後にあった塀の上に乗った。


 戦闘員が両手を前に出す。そこから出た火は大きな柱状になりロイを飲み込もうとした。

 ロイは横へ避けた。火が戦闘員の手から出てロイの元に到達するまでは一瞬のことだった。

 戦闘員が舌打ちをした。完全にロイに気を取られている。

 ジンは静かに戦闘員と距離を詰めた。そして塀の上にいる戦闘員の腕を掴んで、

「おらあっ!」

 戦闘員の背中を地面に叩きつけるような勢いで投げるが、戦闘員は地面に両足を付くと蹴ってそのままジンにまとわりつき首を絞めてきた。振りほどこうと戦闘員の腕を掴む。力を入れると戦闘員の腕からミシミシと音が鳴り、耳元で戦闘員が「ぐうっ」と声を漏らす。


 戦闘員の掌がジンの顔の前で開かれた。目の前が明るくなる。

 ジンは戦闘員ごとに思いっきりジャンプして前に回りながら背中から地面に落ちた。

「熱っ」

 できるかぎり掌から顔を逸らしたものの、熱が顔の右半分を走る。でも地面に落ちた拍子に戦闘員の体の力が抜けたので、転がって拘束を逃れた。

 起き上がって戦闘員を見ると、

「えいっ!」

 ロイが彼のお腹を踏みつけていた。

 戦闘員は呻き声を上げて地面に伸びた。

 辺りがしんと静まり返る。

 念の為周りを見ると、戦闘員たちは全員地面に倒れていた。

 これで終わりだ。


「ふう」

 ジンは息を吐いた。

 鏡が無いので分からないが、顔に火傷を負ったようでヒリヒリを通り越して痛かった。こんな怪我をするのは久し振りだ。長らく異能者を相手にしていなかったから、体がなまったのだろうか。

「ジン、大丈夫?」

 ロイが心配そうな顔でジンの顔を見た。

「あぁ。これくらいなら明日には治る。ロイこそ、怪我は無いか」

 うん。と、ロイはあどけない笑顔を浮かべながら頷いた。先程まで相手を睨み、歯を剥いて戦っていたとは思えない。

「君も戦えたんだな」

「うん。ジンが危ない目に遭ってると思ったら体が勝手に動いた」

 「そうか」とジンは返した。勝手に動いた体であそこまで戦えるとは。


 ロイが何者なのか、ジンの中ではほとんど確定していたが、細かいことは後だ。

「さて、帰るかと言いたいとこだが、あそこはもう無理だな」

 今のマンションにいてもまたこの連中が襲ってくるだろう。

 あ、そうだ。と、エイダの部屋を見ると彼女は窓から顔を出してこっちを見ていた。説明しなさいと言わんばかりの顔だ。彼女にはロイを匿ってもらった礼もしなければいけない。

「ロイ、ついてきて」

「うん」

 ジンはロイを連れてエイダの元に向かった。


           ◇


「これ、どこに置いたらいい?」

 ロイは大人の男性二人で持ち上げるような棚を一人で抱え、その影から顔を覗かせた。

「ドアの横に置いて。あぁ、そっちじゃなくて反対側。そうそこだ」

 ロイがよいしょと棚を置くと部屋が完成した。


 あれから数日後、ジンとロイは居場所を知られたのであのマンションから引っ越した。

 引っ越し先は、ダスト・エリアの中にある一軒の建物。

 見た目は古くてボロボロの大きな倉庫に見えるが中は三階層になっていて、一階は何も無いだだっ広い空間、二階にリビングやキッチン、ユニットバス、三階は部屋が三つに分かれていたのでその内二つをジンとロイの個室にした。

 外観の割に中は綺麗で、インフラも整備されているので問題なく暮らせる。周りの環境はアレだが、物件自体はダスト・エリアの中では上等の部類だ。


 ここを用意してくれたのはエイダだ。彼女にはロイが訳あって研究所から逃げ出したところを助けたと説明し、新しい家を用意して欲しいと頼んだ。

 その際彼女から「この街から出ればいいのに」と言われた。確かにその方が逃げやすいのだが、そうもいかない理由があるのだ。


 家具の運び込みが終わると、

「お疲れ」

 ジンは買っていた缶のジュースを二本出してテーブルの上に置き、イスに座った。

 部屋は前のマンションのものより広くなった。

 イスから見て正面に窓、右手にカウンター付きのキッチン、左手にはテレビ。あとはテーブルとソファとジンが座っているイスに棚。家具は全て新調したが、色味は前のものとできるだけ同じにしている。

 ロイはソファに座って缶のプルタブを引くと飲み口から匂いを嗅いでくいっと飲んだ。中はオレンジジュースだが、気に入ったようでぐびぐびと飲んだ。

 ロイが飲み終えたところで、

「なぁ、ロイ。君は研究所から逃げ出してきたんだろ?」

 聞くと、ロイは気まずそうにしながらも頷いた。

「ロイのこと、聞かせてくれないか?」

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