5

 昼食を食べた後、眠くなってソファに横になるといつの間にか寝ていて、起きると夕方になっていた。

 窓の外を見ると雨は止んでいて、雲の切れ間からオレンジ色の空が見えている。


 ジンに夜ご飯は何がいいかと聞かれたので、ロイは昼と同じ物がいいと答えた。ジンはまた出かけるとそれを買ってきてくれて、二人で食べて、適当にテレビ番組を見て時間を潰した。

 ジンはテレビ番組を見ながら、番組に出ているコメディアンや流行りの歌について話した。

 ロイはコメディアンも流行りの歌もよく分からなかったので、首を傾げることが多かった。でもジンは嫌な顔をせずそれらついて教えてくれた。

 新しいことを知れたので悪い時間ではなかったし、その間、彼がロイについてあれこれ聞いてくることはなかった。


 その後は交互にシャワーを浴びて寝た。ロイはベッドで、ジンはソファで。ベッドはジンのものなのに彼が譲ってくれたのだ。

 そして次の日の朝、ロイが目を覚ますとジンは着替えて出掛けようとしていた。

「どこ行くの?」

「仕事だ」

 ジンの服装は、上着が変わらず目がチカチカする派手な色のもので、下は黒のぴったりとしたズボンを穿いて、レンズのところが薄い赤色に染まっている眼鏡を掛けている。

「ジンは何の仕事してるの?」

 聞くと、ジンはニッと笑った。


「人助けだな」

「人助け?」

 ロイは首を傾げた。

「そうだ。探しものだったり、店の手伝いだったり、オレができることならなんでもやってる」

 ジンは両手を広げておどけたようなポーズをとってみせた。

 そんな仕事があるなんて知らなかった。

「どうしてその仕事をしようと思ったの?」

 聞くと、ジンはうーんと考えるように上を見た。

「善い人でいたいからかな」

 そう言って、また歯を見せて笑った。


 善い人でいたいから、人助けの仕事をする。

 分かるような、分からないような。

 ジンは真っ赤な腕時計を見た。

「そろそろいってくる。昼には一回帰って来るから好きに過ごしてていいぞ。あぁ、あとテーブルの上のやつも食べていいからな」

 ジンがローテーブルを指差す。そこには昨日料理を買ってきてくれたのと同じ店の名前が書かれた袋が置いてあった。

「分かった。いってらっしゃい」

 ジンは出掛けていき、ロイは一人になった。

 ベッドから下りるとローテーブルの上の袋からサンドイッチとサラダとスープを出して食べた。


 食べ終わると暇になった。

 当たり前だ。ここではやることがない。

 なのでテレビをつけた。

 リモコンでチャンネルを端から切り替えていくと、ニュース番組をしていたので見ることにした。

 ニュース番組では第六ターブシティや他の都市、この国や他の国で起きた事件が次々報道されたが、その中でロイのことが報道されることはなかった。

 どうして報道しないのだろう。そうしたほうが早く見つかるかもしれないのに。でもそうされたら自分が困るので、今のままの方がいいと思った。


 そのままだらだらとテレビ番組を見ているとジンが帰ってきたので昼食を食べて、まだ仕事が残っているというジンを見送って、やることがないからまたニュースやバラエティや旅行やよく分からない番組を見て、そうしていると日が暮れて夜になった。

「ただいまー」

 ジンは袋を二つ持って帰って来た。

「おかえ、り……」

「ん? どうした?」

 ジンから血の臭いがした。

「ジン、怪我してない?」

「いや? 無傷だ」

「なら、いいよ」

 ジンは何だろうという風に首を傾げたが、近くを通るとやっぱり血の臭いがした。臭いは濃くないから本当に怪我はしていないんだろうけど、ダスト・エリアは危ない場所と聞いた。何かに巻き込まれていないといいけれど。


 ジンはテーブルの上に袋を置いた。

 ロイもソファに移動し、それぞれ袋から出して食べた。

 ロイはもちろん、朝、昼と同じサンドイッチとサラダとスープだ。

「別の物頼んでもいいんだぞ」

 ジンの目の前には器が二つあった。片方はサラダで、乗っている小さな揚げものからは魚の匂いがした。もう片方の中身はスパゲッティで、透明の蓋を開けるとニンニクとオリーブオイルの匂いが部屋いっぱいに漂った。

 ちょっと臭いけれど、窓の外の臭いよりはマシだ。

「これがいいんだ」

 ロイは包みから出したエッグサンドイッチを齧った。

 このサンドイッチとサラダとスープが気に入ったのもあるが、他の新しい料理を食べるのがロイには少し怖かった。もし思っていたのと違う味だったら? 食べて体の調子が悪くなったら? そう思うと中々手が出せない。


「そうか」

 ジンは何も言わず、スパゲッティを口に運んだ。

 食事を終えると昨日と同じようにシャワーを浴びて、ベッドとソファにそれぞれ寝転んだ。

 昨日今日と何も無い穏やかな日が続いたが、ロイにとっては悪くない二日間だった。

 これからどうするのか何も考えていないけれど、ジンが許してくれるのならここにいたいと思った。それくらい居心地が良かった。

 ロイはそっと目を閉じた。


 ぱっと目を覚ました。

 部屋の中もカーテンを引いた窓の外もまだ暗い。

 ソファでジンが仰向けに寝ているのが見えた。

 毛布にくるまったまま耳を澄ます。

 ……気のせいじゃない。

 部屋の外に、誰かがいる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る