6

 ベッドの足元にあるドアの先は短い廊下になっていて、玄関はすぐそこだった。

 音はしていないが、玄関の向こうに誰かがいる気配をはっきりと感じた。

 きっとあの人たちだ!


 音がして、いつの間にか起きたジンがソファから下りていた。彼も気付いているようだ。

 ロイはジンの側に行った。

「誰だ、こんな時間に」

 ジンはドアを見ていた。外にいる人たちがどう動くのがじっと待っていると、ロイとジンは同時に振り返った。


 途端、窓ガラスが割れる大きな音がしてカーテンがめくれ上がり、武装をした男が部屋に入ってきた。

 大きな音に驚いたのもあってロイは動けなかったが、ジンは足を上げて躊躇なく男の顔を足裏で蹴った。

 男が顔を押さえながら仰向けに倒れ、ジンはそのお腹を思いっきり踏みつけた。男の体がVの形に跳ね、「うっ」と声を漏らすと鼻血を流しながら男は動かなくなった。


 今度は玄関からけたたましい音がした。きっと玄関のドアが開けられたのだろう。

「こっちだ」

「うわっ」

 ロイはジンに軽々と抱え上げられた。同じような身長と体格なのに、ジンが重そうにしている様子は無い。

 ジンは割れた窓からベランダへ出た。

 鼻に不快な臭いが刺さるが、この状況で嫌だとは言っていられない。


 ロイが顔をしかめていると、ジンはベランダを乗り越えて、右手でロイを担いだまま左手と両足で外側に張り付くと、下の階のベランダへ下りた。それを三回繰り返し、あっと言う間に地面に下り立った。

 ロイは地面に下ろされた。

「走れるな?」

 ジンに聞かれ、頷いた。

「下だ!」

 見上げると、ジンの部屋の上あたりで垂れ下がったロープに捕まりながらこっちを見ている人がいた。

「ついて来い」

 ジンが走り出し、ロイはその後ろをついていった。


 空は晴れていて、明るい月が街を照らしている。

 ジンは近くにあった塀の上に乗り、少し進んで家の屋根に上った。ロイも同じように上っていく。

 何軒か進むと地面に下りて住宅街の狭い道をくねくねと曲がりながら進んだ。

 深夜なので明かりがついている家はあったが、外にはほとんど人がおらず静かだった。でも強烈な臭いだけはどこまでもついてきた、というよりどこにでもあった。ロイは鼻を摘まんだまま走った。

「どこにいくの」

 鼻声で聞くと、ジンは前を見たまま、

「隠れられるところだ」

 そう答えた。

 そんなところあるのだろうか。ロイには分からないので、とにかくついていくしかない。


 走っていると、バラバラバラという音が上から聞こえてきた。

 ジンが上を見る。

「ヘリまで来たか」

 見上げると確かにヘリコプターが飛んでいた。ライトで何かを探すように下を照らしている。

「オレたちを探してるんだろうな。こっちだ」

 ジンにぐいと手を引っ張られる。

 ヘリコプターに見つからないようできるだけ建物の陰に隠れながら進んでいき、やがてジンはある建物の中に入った。


 そこは三階建てで、階段で一番上まで上がると廊下を進み、ジンは一番奥にあるドアをドンドンドンと強く叩いた。

 するとすぐにドアが開いて、長い金色の髪の女性が出てきた。彼女の暗い茶色の目は猫のようだった。

 女性は驚きと困惑が混ざった顔でジンを見た。

「こんな時間になに!」

「悪いエイダ。ちょっとだけ彼を匿ってやってくれ!」

「どういうこと! 説明してよ!」

 エイダと呼ばれた女性は声を荒げた。

「ごめん。ぼくのせいで」

「気にすんな。ロイは、あいつらから逃げたいのか」

「……うん」

「分かった。オレに任せろ」

 笑顔でそう言うと、ジンは廊下をさっさと戻っていった。


 ロイはエイダと二人きりになってしまったが、彼女はジンがいなくなると「はーっ」と溜息を吐いた。

「まったく。ロイって言ったっけ?」

 エイダがキッとロイを見る。

 そのきつい目が怒っているように見えた。

「う、うん。ごめんなさい……」

 ロイがしゅんと体を縮めていると、エイダはまた溜息を吐いた。

「そんなになよなよしないの。ほら入って」

 彼女が大きくドアを開けたのでロイは玄関に入った。

 ドアが閉まる。

「待って」

 エイダが手で制した。

「そのまま、動かないで待ってて」

 そう言うと彼女はどこかの部屋に入り、すぐに出てきた。その手には白いタオルを持っている。

「足拭いて、お風呂で洗ってから入って頂戴」

 自分の足を見ると泥だらけだった。

 そう言えば逃げる時、靴を履く暇も無かった。

 言われた通りタオルで一通り足を拭き、

「タオルはちょうだい」

 汚れたタオルをエイダに渡し、

「お風呂はそこよ」

 ジンの家のものよりずっと広いお風呂のシャワーで足を綺麗に洗って、またタオルで拭いてからエイダの部屋に入った。


 彼女の部屋はジンが着ている服とは別の意味で派手だった。

 カーテン、ソファ、カーペット、その他の家具や小物に至るまで真っ赤で、甘くて強い匂いが部屋中だけでなくエイダからも香っている。さっきから強い匂いを嗅ぎ過ぎて鼻が痛い。

 エイダはカーテンを少しだけ開けて窓の外を見ていた。

「うっそあそこでするの! 勘弁してよ」

「ジン、どうしたの」

 おそるおそる声を掛けると、彼女は振り向いた。

 その目はもう怒っていなかった。

「こっちに来て見たら? あんまり顔を出し過ぎないようにね」

 エイダが一歩横に退く。

 ロイはそこから外を見た。

 この建物から少し離れたところで、ジンが大勢の人たちと戦っていた。

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