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 外では強い雨が降り、雨粒が建物や地面を激しく打つ音が聞こえてくる。窓の向こうは真っ暗なので、どれくらい降っているのかは分からない。


 ジン・ロナフォーンは、小さな料理屋のテーブル席に座っていた。右にある調理場からはカンカンと調理道具を打ち鳴らしながら何かを炒めている音と、香ばしい臭いが漂ってくる。


 テーブルの上に掛けられた白色のクロスにはいくつもの茶色い染みが付き、座っている背もたれのない丸いイスは四本の脚が床と上手く接しておらず、少し体重を移動させるだけでガタガタと音を立てた。

 目の前にあるボロいテレビを見るが、画質も音質も悪すぎて、流れているのが歌番組で長い黒髪の女性歌手が歌っていることは分かるが、肝心の歌声がガビガビで何を言っているのか分からない。


 店の中にはテーブル席が二つとカウンター席が六つあって、カウンター席には三十代と五十代くらいの男性が座っているが、どっちもテレビは見ていない。三十代の男性に至っては音質の悪さに顔をしかめていた。


「はい、どうぞ」

 白髪交じりの髪を頭の後ろできつく結んでいる小太りの女性が、ジンの目の前にトレーを置いた。その上には椀にたっぷりと入れられたコメと茶色い汁物、皿から溢れんばかりに盛られたメインの料理は牛肉とキャベツやニンジン、タマネギなんかの野菜を甘辛いタレで一緒に炒めたものだ。


「ありがとう」

 ジンはテーブルの上に調味料と一緒に置かれている箸を二本取り、それを使って食べた。牛肉と野菜の炒め物は味が濃いが、これでコメを食べるのが堪らない。無限とも思えるくらいコメが進むのだ。


 ここの料理屋を営んでいるのはどちらも五十代の夫婦で、店の中は正直言えば何もかもがボロくて汚いのだが、料理は値段が高くないしなにより量も多くて美味しい。

 出される料理や食べる時に使う箸はこの国のものではなかった。初めて店に来た時に聞くと、やはり夫婦はこの国の人ではなく、海を渡った向こうの国から来たのだという。何故この国に越してきたのか気になるが、それはまだ聞いていない。

 ジンはその日以来この店の料理を気に入り、自分でも料理はするのだが外食をする日は必ずと言っていいほどこの店を訪れている。


 今日もコメを一杯おかわりし、料理をペロリとたいらげた。

「奥さん、お会計お願いします」

「はいよ」

 小太りの女性が調理場から出て来る。

「最近どうですか? 困ったことはありませんか?」

 ジンはお金を払いながら聞いた。

「困ったことは特に無いよ。あんたのおかげさ」

 女性はニコニコしながら答えた。

「それは良かったです。何かあったらいつでも」

「いつもありがとう。気を付けて帰るんだよ」

 ジンはテーブルに引っ掛けていた紺色の傘を取ると、女性に見送られながらドアを開けた。


 途端に雨音が大きくなる。

 傘を広げ、差して道に出る。

「あーあ。靴選び間違えた」

 地面には雨水が流れ、舗装されていないのでぐちゃぐちゃにぬかるんでいた。雨が降るという予報は見ていたので傘は持って出たが、深く考えずにサンダルを履いてきてしまったので足は二、三歩歩いただけで泥だらけになった。気分が下がるが、仕方ない。


 傘の中から周りを見る。道の両側にはずらりと料理屋や飲み屋が並び、それぞれの店の中では客が楽しそうに飲み食いをしていた。

 眩しい明かりは夜の街を照らし、酔っぱらった客たちの喧騒や店内を流れる音楽、あらゆる料理の混ざりあった匂いの中を通り過ぎていく。


 料理屋が並ぶエリアを抜け、長い坂を下ると辺りは一気に暗くなり、先程の喧騒は幻だったかのように消えた。料理の匂いは消え、代わりに下水や雨に濡れたゴミ、金属の錆など不快な臭いが鼻を刺す。


 ここから先はジンが暮らすこの第六ターブシティの中でも格段に治安の悪いエリアだ。

 ギャンググループが日々争い合い、盗みや喧嘩や殺傷事件は日常茶飯事、しかし警察の力は皆無。簡単に言えば無法地帯だ。

 ジンはその中を進んだ。と言ってもエリアの中央に向かうのではなく端の方を進んでいく。その先にジンが住む家があるのだ。

 周りは一応住宅街になっていて明かりが点いている家が多いのだが、街灯がほとんどないのでとにかく暗い。目を凝らしていると道のあちこちにゴミが散らばっていて、途中でぐにゅりと泥ではない何かを踏んだが、見たら負けだ。気にせず進んだ。

 途中瘦せこけた野良犬が道を横切り、道の脇に人一人が入れるくらいのボロボロの木の板を組み合わせて作られた小屋があった。家の無い人は多く、あんな小屋がそこかしこに建っている。


 この天気なので出歩いている人はおらず、何事もなく住んでいる家、もといマンションの裏手まで来たのだが、ジンは足を止めた。

 そこにはゴミ捨て場があり、犬かカラスが漁ったのかゴミが散らばっていたが、その中に横たわる白いものは明らかに人だった。

 この辺りでは酔っぱらいやギャングに痛めつけられた人、時には死体が転がっていることは珍しいことじゃない。でも目の前に倒れている人はそういう見た目をしていなかった。

 ジンは駆け寄った。


 倒れているのは二十歳前後の若い男性。泥で汚れてはいるが、白い長袖のTシャツに下も同じ色のズボンを着用していて足元は裸足。背は高めでジンと同じくらいはあるだろうか。体格もしっかりしている。髪は銀色の短髪、目は閉じているので分からない。

「おい、大丈夫か」

 ジンは青年の体を揺すった。呻くだけで目を開けなかったが、死んではいない。頭の先からつま先までずぶ濡れで、足は泥だらけのうえ足裏にはガラスか尖った金属でも踏んだのか無数の切り傷ができていた。

 周りを見るが、青年のことを知っていそうな人はいない。

 青年は泥で汚れている以外は綺麗な身なりをしていたので、この辺りに住む人ではないだろう。

 この辺りではむやみに誰かと関わると痛い目に遭うが、目の前で倒れている人を知らん振りする程ジンは非道な人間ではない。

 ジンは左手に傘を持ち、右腕で青年を肩に担ぎ上げると、マンションの中に入っていった

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