16 この笑顔を守りたい

「そうではありません。私には東宮様に認めてもらえる資格などないはずです。だって私は……」


 とても日向の顔を見れなかった。ともすれば逃げ出してしまいそうな心を、唇に歯を突き立て叱咤する。


「あなた様に対し、数々の不義を働きました……。どうあっても消せない過ちです。本来なら私は、こうしてあなた様の前に姿を現すことすら、おこがましい身です……」

「不義というなら俺も同罪だ。愛のないまま、ただしきたりにならって君と婚約を結んだ。それに、ずっと四葩を疑っていたんだ。皇族としての大義も使命もなく、権力と金にしか興味がないんだろうと。男遊びや傲慢ごうまんな振る舞いの噂は、絶えず聞こえていたからな」


 胸をえぐられる痛みに心臓が戦く。すべて事実だ。かつての四葩には里を思う心はおろか、日向を支えていこうという気概さえなかった。

 やっぱり私に、日向様のそばにいる資格なんてない。


「だが四葩は婚約を破った。それで俺は気づいたんだ。ただ流されていた自分に。疑うばかりで、四葩と向き合おうとしなかったことに。そのせいで君を誤解してしまっていた。すまない」

「えっ。ち、違います! 私は東宮様の仰る通り権力に溺れた、ひどい悪女でっ」

「自ら地位を捨てながら、まだそんな謙遜けんそんを言うのか。俺は本当に四葩のことを見ていなかったんだな。こよりのほうがよほど見る目がある。もっと精進しなければ」

「東宮様はなにも間違っておりません! 十分に人を見る目をお持ちです。むしろ人の上に立つ身としては、もう少し厳しい目を持ってもちょうどいいくらいです!」


 だから私に甘くしてはいけません。つづけるはずだった言葉は、おだやかな笑い声に遮られた。

 日向が目を細めて笑っている。ひかえめでもその声には、早朝の風のように胸をすくませるものがあった。ほころんだ表情は無邪気で、あどけない。


「ありがとう。もう間違えはしない。四葩は信用に足る人間だ。これからはともに、こよりとこの家を守って欲しい」


 日向がまっすぐ四葩を見る。咲いては散りゆく信念に萌える眼差しだった。

 四葩はひざをついた。そうすることになんら疑念を抱かなかった。彼の高潔な魂の前では、後ろ暗い者ほどひざまずきたくなる。


「はい。身命をしてお誓いいたします」


 あなたのことも必ず守ってみせる。

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