03 相棒はラスボス?

 実は四葩には前世の記憶がある。令和の日本で、空賀くが陽向ひなたという女子高校生として過ごしていた記憶だ。

 十日ほど前、当時の自分と同じ十七歳の誕生日を迎えた拍子に、ぽんと思い出した。

 そして気づいた。この世界は小学生の頃に夢中で遊んだゲーム『天陽の巫女』に恐ろしく似ていると。『天陽の巫女』は穢れに呑まれた世界を、主人公・日向となって救う、シミュレーションRPGだ。

 ゲームの中で四葩といえば、典型的な悪役令嬢だった。わがままで浮気症。ヒロインが登場すれば婚約者の地位をあっさり奪われ、その時に生まれた憎悪をラスボスに利用される。

 挙句に日向に斬られて死亡エンドだ。


『だから俺はラスボスじゃないって言ってるだろ』


 虚空が口答えをする。この謎の声は姿が見えず、四葩が前世の記憶を思い出してから聞こえるようになった。声色からして若い男性らしい、ということしかわからない。

 しかし四葩にはゲーム知識がある。


(嘘。四葩に取り憑くのはラスボスの月読つくよみだって知ってるんだから。なにを言われても騙されませんからね。諦めて私から出てって)


 月読はつごもり山に御座す月の神の名だ。生きていれば誰しもが抱く醜い感情や欲望――つまり穢れを引き取ってくれる神として、信仰されている。

 だがゲーム中では穢れが増え過ぎて、物怪もののけに身を堕としたラスボスだ。


『そーですか。勝手に思い込んでればいいだろ。俺にも目的があるんだ。お前から離れる気は毛頭ない』

(待って。目的ってなに。日向様に手を出したら許さないから。ねえ、聞いてる?)

「四葩。四葩。あんた話聞いてるの? どうしたの、ボーッとしちゃって」


 奥宮に肩を叩かれ、四葩は我に返った。慌てて頭を下げる。


「あっ、すみません母上……! 話は聞いていました。けど……」


 言葉に詰まる。やっぱり正直に理由を話すことははばかれた。仮に奥宮が話を信じてくれたとしても、今度は四葩の身が危うくなる。邪神の化身として幽閉されるか、最悪は打ち首だ。


「母上、申し訳ございません。理由を話すことはできません……。どんな仕置も受ける覚悟はできています。だからどうか理由は、ご容赦を」


 今はとにかくどんな責めを負っても、日向から離れなければ。


「……元はといえば、皇族の都合であんたを振り回したのは私たちね。特にあんたが連れてこられたのは五歳。物事を理解できる年頃だっただけに、両親と引き離されるのは辛かったでしょう。あんたを咎めないわ。これも因果。理由だって私が聞くほうが野暮だったわね」

「母上、深い理解を示して頂きありがとうございます。ですが育ててもらったことを恩に感じこそすれ、恨みなど抱いてはおりません。四葩の胸は、母上への感謝でいっぱいです」

「あんたもそんなことが言えるようになったのね」


 手でうながされ、四葩は奥宮の隣に座り直した。まるで幼子をあやすように頭をなでられ、くすぐったくなる。

 奥宮は義母で、家族になったのは命令だった。けれど彼女は三十人もいる養子に分け隔てなく接し、厳しくも暖かい愛情を注いでくれた。四葩にとって奥宮が、もうひとりの母親であることは揺るぎない。


「さて、もうひとつ大事な話をしなくちゃいけないわ。あんたの今後の処遇よ。奥宮は出てもらうことになる。その場合、生家に戻るか宮仕として残るか、多くの子はこのふたつの道どちらかを選ぶわ。あんたはどうしたい?」

『日向の宮仕』


 月読が横槍を入れる。


(それじゃ離れた意味ないでしょ! あなたは黙ってて)


 と言いつつ、グラついたことは否めない。

 皇子の長子、日向は四葩の永遠の憧れだ。平たく言えば推しである。『天陽の巫女』をはじめてプレイした時から惚れ込み、日向に会うために十周はした。

 それから十二年間、どんなに時代が流れようと数多のイケメンキャラに出会おうと、心変わりしなかった不動の頂点だ。

 そんな彼のそばでお世話できるなんて、想像しただけで顔がにやける。


(だって転生したら推しのいる世界で、推しがすぐ近くにいるだよ!! こんな奇跡ある!?)

『心の声でか。だから素直になればいいのに。お前はごちゃごちゃ考え過ぎ』


 月読の声にハッとし、四葩は邪念を払う。宮仕になってしまったら、なんのために婚約者という失神ものの地位を手放したかわからなくなる。


「おほんっ。母上。私は奥宮を出たら、せ、せ、生家に帰りゅ……帰らせて頂きたいと思います」


 未練でめっちゃカミカミになった。


「ふふっ。無理しちゃって。わかってるわよ。あんた百姓が嫌いなんでしょう。だから日向を心から愛せなくても、婚約者の地位をゆずらなかった。母はお見通しよ」

「え、あ。それは、なきにしもあらずといいますか……」


 前世で目にした制作陣のインタビュー記事が、脳裏をかすめる。四葩は出自の劣等感から地位に強い執着を抱き、それがより深い闇落ちを引き起こしたと書かれていた。


「これは母からのせめてもの愛と思って。あんたは宮仕としてここに残りなさい。今さら土いじりもできないでしょ、あんたに」

「いえ母上っ、それは承服しかねます……!」

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