80 ルーシー翁の鍛治屋②

「一応は余計だろ。俺様よりイカしてて、将来ビッグになる天才はいないじゃん?」

「大人は無計画で家飛び出して、路頭に迷ったりしないのだ」


 野垂れ死にそうなところを助けてくれたルーシーに惚れ込み、弟子入りしたのが、自称・ジャンキー武勇伝の序章だ。

 しかし今のところ、見習いというより雑用係で、一章や二章がはじまる気配はない。


「お。ウワサのイケメン狼人族ウルフも来てんじゃん。あんた気づいてんのか? あんたが道歩く度に、女たちが立ち止まって見てんのを。最近じゃ、平民街からもわざわざ見物人が来るそうじゃんか」


 この天才より目立ちやがって、とジャンキーは難癖をつける。視線にはアッシュも気づいていたが、当の本人は首をかしげた。

 鈍いというより、いつもアッシュの肩を枕にしているせいで、視界に入らないのだろう。

 思い出したら凝ってきた肩を回しつつ、アッシュはジャンキーをせっつく。


「それより残雪を返すのだ。研ぎ代は四〇〇〇コインね」

「いやいやいや。なに勝手に決めてんの。刀剣は五〇〇〇コイン! いつもそうじゃん!」

「残雪は天泣てんきゅうより二十五センチも短いのだ。まけるのだ」

「まったく。そういうところ、ジルさんにめちゃくちゃ似てるじゃん」


 ぶつくさ言いながらも、ジャンキーは身軽に配管をよじ登りはじめる。管と管に板を渡して作った棚から、ひと振りの刀を持って戻ってきた。

 アルを抱え直し、アッシュは差し出された刀を少しだけ鞘から抜いて、あらためる。


「……ん。さすがジイジ。美しい仕事なのだ」


 深山しんざんより湧き出た清水を、たった今刀に鍛えたかのような青鉱石エルミスの輝きは、非の打ちどころがなかった。

 満足のため息をついて、アッシュは四〇〇〇コインと残雪を交換する。

 そういえば店主の姿がない。


「ジイジは奥にいるのだ? それとも出かけてる?」

「いや。さっきも言おうとしたけど、今来客が――」

「ワンワン!」


 ジャンキーの言葉を遮ったのはアルだった。アッシュの腕から身を乗り出して、床を指さしている。

 その先を辿ると、奥の鍛治場へ繋がる通路に動物が寝そべっていた。

 浮遊都市で広く愛される犬と似ているが、体格が遥かに大きい。首回りはたてがみのように毛足が長く、青灰色せいかいしょくの体には黒い稲妻模様が入っている。


「エデン、ステラ。手は出しちゃダメなのだ。それはライガ。とても賢いけど、主人以外には懐かない子もいるのだ」


 うれしがって近づこうとした子どもたちを、アッシュはやんわりと止めた。大人しいライガかどうか、まずは自分の手を出してあいさつしてみる。

 ライガは鼻を近づけ、スンスンとアッシュのにおいを嗅いだ。しかしすぐに興味をなくしたか、視線を逸らす。

 顔色をうかがいつつ、今度は首に触れてみた。


「大人しい。いい子なのだ。あれ? 顔に眉みたいな白い点がある。マルと同じ――」


 父とともに失踪した、愛ライガと同じ特徴を見つけた時だった。アッシュの手に、ライガが強くすり寄ってくる。それは親愛を示す行動だ。

 マルも素っ気ないふりして、ふいにじゃれるのが好きだった。


「まさか、マルなのだ……?」


 明らかに名前に反応して、ライガはひたとアッシュを見る。


「おー。聞き覚えのある声がすると思ったら、アッシュか。元気そうじゃねえの」

「おいジル。マルは外で待たせろ言うたじゃけ。狭くて敵わん」


 奥から話しかけられた声に、アッシュはハッと顔を上げた。

 店主ルーシーが、大柄な体を窮屈そうに曲げている。青いウロコに、白い鎖模様のタトゥーを入れた蜴人族リザードだ。

 そして、ルーシーと連れ立って現れた猿人族ヒューマンは、


「パパ……」


なんの前触れもなく姿を消した父ジルだった。


「おおっ? なんだ、エデンにステラ、アルまでいるじゃねえか! 少し見ないうちに背伸びたな!」


 ジルは日焼けした顔にしわを刻んで、快活に笑う。無邪気に駆け寄るエデンとステラの頭を、豪快になでた。

 ツーブロックに刈り上げた白髪は、記憶より伸びている。けれど、さっぱりした振る舞いも、少年のまま時を忘れたような黒い目も、変わっていなかった。

 クズ屋の免許証ライセンスを受け取りに出かけるアッシュを、『いってら』とぞんざいに見送ったあの日のまま。

 アッシュの口角がつり上がる。どこからともなく風が起こり、銀髪をなびかせる。

 笑みを湛えて近づく娘に、ジルは目をぱちくりさせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る