76 朝焼けの帰宅③

 母親の覚悟と愛を前に、気遣いなど野暮だった。ノアはアッシュとハイジと視線を交わしてから、自身のコインコを出す。

 着金ちゃっきんの設定をし、シンディのものに近づけると、双方に確認のメッセージが出る。ふたりが許可を出すと、シンディの残金はゼロになった。

 しかしシンディは、晴れやかな顔でカードを握り締める。


「ありがとうございます。これで母親として、あの子に顔向けが――」

「はい、これ。あげるのだ」

「えっ」


 アッシュはシンディの手に石を持たせた。それは蒼天色に輝くきれいな石だった。


「なんかそれなりに価値があるらしいのだ。気が向いたら、換金してみて」

「え? え? い、頂けません! 価値のあるものでしたら……!」


 戸惑うシンディを置いて、アッシュはノアとハイジの手を取り、坂を駆け下る。途中振り返って、追いかけてこようとするシンディににぱっと笑いかけた。


「気にしなくていいのだー! 私もひとつ持ってるし。それにどうせ、拾いものなのだ!」


 確かに! とノアが笑う。ハイジのしっぽが機嫌よく揺れる。アッシュはふたりの腕をぎゅっと引き寄せて、いっそう軽やかに家路を駆けた。


「それにしても、厄介なのが現れたのだ。ミサンガ団」

「惜しい。〈ヴィサンガ団〉ですよ、アッシュさん」


 貧民街のビニールハウス群を抜けながら、アッシュはフレアたちの話していたことを振り返る。

 昨夜の逃走犯は、そこらの小悪党とわけが違うと、肌で感じていた。


「でも、犯罪者を狙うって義賊なのだ?」

「とんでもない。捕らえた人々は、下界ニースや浮遊都市の犯罪組織に、奴隷どれいとして売られるって話です」


 眉間に嫌悪をにじませながら、ノアはつづける。


「私刑のつもりかわかりませんけど、立派な犯罪ですよ。それに、法外な利子をふっかける闇金融や、クズの私的取引、下界ニースに縄張りを作って横行しているとか。やりたい放題です」

「む。それは悪いやつなのだ。もしかして、私の天泣てんきゅうを奪ったキックスとパンチーノも、〈ヴィサンガ団〉の手先……。あり得る」

「彼らは〈セイバー団〉に次ぐ凶悪集団って言われています。関わらないように、これから気をつけないとですね」


 ノアがそう言ったとたん、ハイジの耳がピクリと動いた。


「〈セイバー団〉……」

「ええ。各地で盗みを働いては、聖府軍と衝突している鬼人族オーガのテロリスト集団。よくニュースで耳にしますよね。でもこっちは、軍に近づかなければ巻き込まれないと思います。ね、アッシュさん。……アッシュさん?」


 肩を叩かれてはじめて、アッシュは話しかけられていたことに気づいた。心配するノアに、深刻な顔を向ける。

 あごに手をかけ、重い口を開いた。


「〈◯◯団〉ってかっこいいと思うのだ」

「はい?」

「私たちもチーム名つけて、他のクズ屋をビビらせるっていうのはどうなのだ? たとえば、孤児院の名前から取って〈オーシャンズ団〉!」

「嫌です」

「どら"猫」


 ハイジはともかくノアにまで一蹴され、アッシュは固まる。犯罪集団くさいだの、厨二くさいだのと吐き捨て、さっさと先に行ってしまった。

 話の流れが悪かったことは否めないが、厨二とまで言わなくても。

 猫耳カバーつきフードを強く握り締めて、一秒。アッシュは勢いよく走り出す。怒声を上げながらも笑顔で、ノアとハイジに飛びついた。




「エデン、ステラ、アル。遅くなったのだ。ごめ――ん?」


 孤児院〈ブルーオーシャン〉の半壊した扉を潜って、アッシュは首をひねった。この時間なら子どもたちは、奥の講壇で朝食をとっているかと思ったら、誰もいない。


「あ。アッシュさん、そこに。あれ? 姉さんまで」


 ノアの声に目を向けると、扉側、キッチン台の周りに姿があった。壁を背に座るシュヴァリエの両脇で、ステラとアルが眠っている。エデンは少し離れたキッチン台の下で、丸まっていた。


「あ……。やだわ。私寝ちゃってたのね」


 浅い眠りだったのか、シュヴァリエはすぐに起きた。それにつられて、ステラとアルも身じろぎ目をこする。

 まさかひと晩中、硬い床の上にいたのか。アッシュは慌てて駆け寄った。


「シュヴァリエ! もしかして子どもたちを見ててくれたのだ? ごめんなのだ!」

「ああ、アッシュさん、ハイジさん。帰ってらしたんですね。ノアもおかえり。またノアの帰りが遅かったので、こちらに来させてもらったんです。でも、子どもたちが……」

「アッ、シュ……」

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