68 旧基地探索③

 鋼よりも硬くて軽い鉱石が、三つ存在する。それが青鉱石エルミス赤鉱石メラニウム紫鉱石ヴァリオンだ。

 中でも紫鉱石ヴァリオンは世界最高の硬度を誇り、これを鍛えて生み出された武具は伝説レジェンダリーと呼ばれる。

 しかし極めて希少な上に、人類が大地から追いやられた今、新たな入手はほぼ不可能な、幻の鉱石となっていた。

 貴重という意味では、青鉱石エルミスも変わらない。水の結晶のような輝きに、アッシュは目をとろりと細める。


「製造ムラサメ社、残雪ざんせつ。レア武器の君がこんなところで眠っているなんて、もったいないのだ。私の新しい相棒になってくれる?」


 言うや否や、アッシュはすばやく上段から斬りかかり、流れるように横へ払う。剣圧の鋭いうなりとともに、壁に切創せっそうが走った。


「ちょっと切れ味鈍くなってるけど、だいじょうぶ! 馴染みの鍛治屋で研ぎ直してあげるのだ!」


 残雪の使い心地に満足し、納刀して胸に抱き締める。そのまま、そばの高級そうなイスに勢いよく腰かけた。

 司令官気分で、刀を床に突き立て足を組む。

 とたんに、かち合う目と目。いた。見られていた。組んだ足の向こう、机の下から黒目に塗り潰された瞳が、アッシュを凝視している。

 顔は青白く、詰襟の軍服を着ているようだった。


「ヒエッ」


 急激にのどが締まり、変な声が出る。


「あ、あー……。もしかしてガンマンで剣士の司令官さんなのだ? イス、勝手に座ってごめんなのだ。あ、メダルも戻しておくから、その、残雪は見逃して欲しいなあ、なんて……」


 白い手がぬっと伸びてくる。


「やっぱり怒ってるのだ? 怒ってますよね!?」


 冷や汗を背中に感じる。

 大抵はぼんやりとした影で、こんなにくっきりと服や顔が見えることはなかった。思わず刀を握る手に力がこもる。

 しかし白い手はアッシュではなく、机に向かって引き出しに爪を立てた。


「なに? 悔しい……? もっと戦いたかった……違う。守りたかった」


 カリカリと響く静かな音に乗って、アッシュの胸はにわかにやるせない思いであふれる。

 知らず知らず、唇を噛み締めさせたこの感情が、自分のものではないとわかっていた。


「うん。わかった。その思い、預かっていくのだ」


 パキンッ。

 瓦礫が落ちた音か家鳴か。乾いた音でアッシュは顔を上げた。眠っていた自覚はないが、なんだか長く時間が経ったような、不思議な心地だ。

 白い手も、軍服を着た誰かも、もういない。


「この引き出し?」


 引っ掻いていた引き出しが気になる。アッシュは天板下のそれを開けてみた。

 中には書類や印鑑、メガネの他に、小箱が入っている。ちょうど指輪が入るくらいの大きさだ。


「開けるのだ」


 誰とはなしに断りを入れ、やわらかい革張りのふたに手をかける。中はクッションが敷かれ、中央に萌黄もえぎ色の玉が収められていた。


「これってもしかして、魔石なのだ!?」


 その時、なにか空気の揺らぎを感じて、アッシュは口をつぐむ。

 目だけであたりをうかがいながら、小箱を閉めてポケットに押し込んだ。残雪を取り、半分ほど開け放した扉を注視する。


「なるほど。りんとして、華麗かれいだ。思わず見惚れてしまう」

「誰。姿を見せるのだ」


 ノアでもハイジでもない男の声に、アッシュは警戒を強める。

 最短で食堂へ向かう経路を頭に描いた。相手はおそらく、通ってきた通路側にいる。そちらを突破するのは無理だ。となると、ジャラードの残骸で損傷した床をぶち抜くしかない。

 そこまで考えたところで、砂利を踏む音が鳴る。鯉口を切るアッシュの前に、男は扉からゆったりと現れた。


「私はついに見つけてしまったようだ。月明かりに輝く宝石を」


 男は三十代くらいの猿人族ヒューマンだった。前髪を掻き上げ、計算高そうな笑みを浮かべる。


(宝石。魔石を見られたのだ)


 男の身なりはよく、詰襟のスーツを着ている。やたら華美で、胸元にはネクタイと金のボタン、肩からは飾りひもとマントが垂れていた。

 聖府軍が似たような服を着ていた気がする。きっと公人を装った、詐欺師に違いない。下界ニースではよくいる輩だ。

 アッシュは油断なく気を張り巡らせ、男がひとりであることを確認する。


「なんのことなのだ」

「とぼけてるの? それとも本当にわからない? どちらにしても、かわいらしいな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る