67 旧基地探索②

 たとえ二属性適合者ダブル・ヴァイゼでなくとも、魔導士は魔石の初期魔法を使い分ける者が多い。魔力量が多く、優れた魔法技術を持つからこそできる芸当だ。


「杖ってことは、ハイジの武器ゲットなのだ!」

「そうですね! ハイジさんののどが治れば」


 声を弾ませながらも、ノアの表情は気遣わしげだった。

 貧民街の闇医者からもらった薬は、飲みきった。その時に、本来ならもう一度診察を受けるべきだったのだが、ハイジは治りかけているからいいと言った。

 孤児院の粗末な生活水準を見て、遠慮したのだろう。

 本当に快方に向かっているのか、アッシュにもわからない。


「きっとだいじょうぶなのだ。少しだけど、口数も増えてきてるし。気づいた?」

「あ、はい。それは僕も感じました。出会った頃のハイジさんだったら、聞かれたことだけ答えてましたけど。今は『ノアもがんばったな』なんて、声かけてくれますから」


 くすぐったそうに笑うノアにつられて、アッシュも頬がほころぶ。

 フリューゲルを手にし、魔導士として復活したハイジと、また共闘できる日を思うと胸が踊った。




「ありゃ。反対側の階段潰れてるのだ。誰なのだ。こんな上までガーディアンを吹き飛ばしたのは」


 アッシュはひとり、建物の最上階まで上ってきた。武器庫で別れたノアは、ハイジと交代すると言って食堂に戻った。

 たぶん、刀を諦めきれないアッシュの心も見透かした上での、彼の気遣いだ。

 天井から突っ込んできたと思われる鉄くずのせいで、最上階の通路と部屋の半分は潰れていた。アッシュは残った部屋を片っ端から開けていくが、どれも似たような会議室ばかりで、目ぼしいものはない。

 逆関節の足から辛うじて免れた、最後の扉に手をかける。


「ん? あ、鍵か……」


 ところが扉はびくともしなかった。ノブ横には数字の書かれた操作盤があり、“パスコードを入力してください”と電子文字が浮かび上がっている。

 扉は複数の太い鉄棒で、堅牢に固定されていた。


「これは“マスターキー”でも難しいかな。下手に手を出したら、警報が鳴るやつなのだ」


 ふと、なにか違和感を覚えるが、正体が掴めない。首をひねりつつ、きびすを返して歩き出した。その時――。

 ピピッ。ガチャンッ。

 コードが認証され、鉄棒の作動する音が通路に響く。


「え、うそ……。開い、た?」


 戻ってみると鉄棒が引っ込み、扉がわずかに開いている。操作盤は光を失い、どのボタンを押しても反応がなかった。


(いや、閉まっていたことのほうがおかしい)


 この建物への電力供給は絶たれている。電磁ロックが作動するなど、あり得ないことだった。

 違和感の正体を知りざわめく胸を、アッシュは呼吸で鎮める。そしてゆっくりと扉を押し開けた。


「失礼しますなのだ。ここは……執務室?」


 コンクリートの壁に塗料を塗った他の部屋と違い、ここはダークブラウンの木製パネルに覆われている。

 正面には大きな机と背もたれの高いイス。壁際には割れたガラス戸棚があり、ガラス片といっしょに写真や表彰楯、メダルが散乱している。

 アッシュはリュックを下ろしてから、金色に輝くメダルを拾った。


「サマーキャンプ、射撃大会、金賞。すごい。この部屋の主は、聖府軍一のガンマンなのだ」


 感心しつつも、メダルはちゃっかりポケットにしまい込む。

 次に大きな執務机に向かうと、その斜め後ろにあるチェストに目が留まった。上に乗った、角型の台がふたつ倒れている。

 間違いない。あれは刀をかけておくための刀架とうかだ。


「なぬ! ぬしはガンマンで剣士だったのだ!? そんなっ、持っていっちゃうなんてひどいのだあ……!」


 勢いよく駆け寄った拍子に、足がカツンとなにかを蹴った。目を向けると、黒くて長細いものが転がっている。

 ほうきでも杖でもない。持ち上げると確かな重みがある。


柄糸つかいとは消炭色。鍔はなし。広めの身幅。刃長はちょうは六十、いや五十センチなのだ。刀身は……」


 鯉口こいくちを切って柄に手をかけたところで、アッシュは指が震えた。

 長年、放置された代物だ。身が錆びて、ボロボロになっている可能性は高い。

 ひとつ呼吸を置き、一気にさやから刀を引き抜く。その瞬間、キラリと青い輝きがアッシュの目に差し込んだ。


「きれいな直刀……。この青い刃は青鉱石エルミスなのだ」

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