66 旧基地探索①




「下がってるのだノア! 私の“マスターキー”がうなる!」


 ぶ厚い鉄の扉の前で、アッシュは軽くステップを踏んだ。

 以前に誰かが来たのか、当時はきちんと閉める余裕もなかったのか、扉は隙間を開けている。だが、太い鎖と頑丈な錠前が、訪れる者を拒んでいた。

 普通ならチェーンカッターを使うところだが、アッシュは身ひとつで鉄扉てっぴに挑む。


「ちぇすとおーっ!」


 猛烈な飛び蹴りが炸裂する。錠前はひしゃげ、鎖は飛び散り、弾けた扉は壁にぶつかって跳ね返った。

 ゆずられた道を、アッシュは懐中魔灯で照らして悠々と通る。


「さあ、漁って漁って漁りまくるのだ! 憧れの武器庫……ん?」


 ハイジに子どもたちを見てもらい、必ずあるはずだと目をつけたのが武器庫だった。

 状態のいい武器なら売ってもよし、手持ちにしてもよし。せっかく基地に侵入成功して、クズ屋が手ぶらで帰る手などない。

 ところが、武器庫はがらんとしていた。


「ガーディアンと戦争中、ここは最後まで戦っていたでしょうからね。物質もほとんど使い果たしたんでしょう」


 そう言うノアの声にも、落胆がにじんでいる。壁一面に並ぶ武器を見てみたかったが、アッシュとてこれは想定内だ。

 しかし、諦めるのはまだ早い。


「ちょっとでもいいから拾い尽くすのだ! ノア隊長、探索に取りかかるであります!」

「良い報告を期待しています、アッシュ隊員!」


 胸を張って敬礼するお互いを見て、小さく笑い合う。備蓄品の大きな軍用リュックを背負い、アッシュとノアは武器庫を調べはじめた。

 ほどなくして、ノアの黄色い悲鳴が響き渡る。


「なんだあ! まだあるじゃないか。レーザーガン! ライトショットガン! パルスグレネード! それにエネルパックとエネルシェル! 弾もそろってる!」

「外で拾った盾と長剣もあるのだ。あとハイジが使った弓。どれもまだ使えそうだけど、んー……。目新しいものはないのだ?」


 聖府軍の基地なのだから量産品であふれているのは当然だが、アッシュは詰まらなかった。ぞんざいに武器をリュックへ押し込んでいると、銃を抱えたノアがずいと寄ってくる。


「あるじゃないですかこのライトショットガン! ジャラードの砲台には劣りますけど、この銃で使うエネルシェルって弾は、広範囲に飛散して、敵をまとめて倒せるんです! 至近距離なら弾も収束しますから、マンティスの足も余裕で破壊できます!」

「銃はいいのだ。私は刀とか刀とか刀が欲しいのだ」


 ライトショットガンを取り上げて、ノアのリュックにぶすりと入れてやる。「そうですね」とノアはうつむいた。その視線の先に、パルスグレネードが転がっている。

 彼がひとつを拾い上げたところで、アッシュはサッと離れた。


「あっ。もうちょっと聞いてくださいよー!」

「はいはい。あとでなのだ」


 にわかにおかしくなり、アッシュは笑いながらあしらう。武器を語りたがってウズウズするノアは、食堂の子どもたちとまるきり同じだった。

 壁沿いの武器スタンドはそのままノアに任せ、アッシュは部屋中央の網棚に向かう。

 四十年前から時が止まっているかのように、溶けたグローブ、割れたヘルメット、黒い染みのついたタオルなどが、生々しく残っている。

 上から順にライトを当てていって、アッシュはふと床に目を留めた。


「細長い……棒? まさか刀!?」


 棚と床の隙間から、細い柄のようなものが覗いている。アッシュは床に飛びついて、柄を引っぱった。

 照明をぬらりと弾いたのは刃ではなく、磨かれた木の肌だ。


「なんだ。ほうきなのだ。あれ、引っかかってる……」


 木の柄は途中で動かなくなってしまった。ならば向こう側に押し出してやれ、とアッシュは柄を隙間の奥に入れた。

 棚を迂回して床を見たアッシュは、眉をひそめる。


「ほうきじゃないのだ……。ノア!」


 棒を拾い上げて、アッシュは物知りな仲間を呼んだ。

 柄の先端には鳥の飾りがあしらわれている。横向きに白い翼を広げ、足を前に突き出した形だ。翼のつけ根に刻まれた螺旋らせんには、しなやかな勢いがあり美しい。


「これフリューゲルですよ! 細めの柄、一〇〇センチ、素朴ながらも飽きないデザイン……。うん、間違いない。ワンダー社製、レア度コモンの魔杖です」


 すぐにやって来たノアは、ひと目で杖だと見抜いた。確かによく見ると、魔石用のくぼみが複数ある。これが魔杖の特徴だ。

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