65 勝鬨と冷めたごはん②

 クズ屋の講習で処置の仕方を習ったと言っていたノアは、やがて芳しくない顔を上げる。


「今ここでできることは、やったと思います」

「うん。あとはこの男次第なのだ」


 傷に障らないよう腕を体側に沿わせ、アッシュはロープで縛った。足を持って冷蔵庫内に運び、ペットボトルを頭の下に入れてやる。

 もう観念したのか、相棒が心配なのか、オレンジ髪男は閉まる扉を静かに見ていた。


「治癒の魔石があれば、もっと治療できたんですが……」

「ノアが気に病むことじゃないのだ。下界ニースで起きたことは全部、自己責任らしいから」

「どら"猫。ノア"」


 広間へ戻ると、ハイジに呼ばれた。彼はなにやら大きなダンボールを見つけたらしく、興味津々な子どもたちに囲まれている。

 中には食品の缶詰めと、ペットボトルの水が入っていた。

 缶のラベルを見て、アッシュはひょいと眉を上げる。


「チキンシチューに豆スープ、クリームパスタまであるのだ! でもこれ食べられるのだ? 四十年以上経ってるでしょ」

「『宇宙旅行の船内でもレストランと変わらない味を! エターナルフーズは独自のフリーズドライ技術により、保存期間一〇〇年を保証します!』って書いてありますよ。エターナルフーズって確か前時代に、軍と協力して宇宙開拓していた会社ですね」

「そうなの? じゃあ、聖府軍のお墨つきってわけなのだ」


 ノアの言葉にうなずきつつ、念のためハイジににおいを確かめてもらった。嗅覚で右に出る者はいない狼人族ウルフの男は、グッと親指を立てる。

 しかしさすがに水は腐っているだろう。そう思ったら、災害用浄水器まで用意してある。さすが軍事施設だ。


「じゃあみんな、ごはんにするのだ! どれでも好きなもの食べていいのだ!」


 意気よくアッシュが声をかけると、子どもたちはワッと詰めかけた。それぞれ好きな缶を持ってアッシュに開けてもらい、ノアが手にした浄水器から水を注ぐ。

 乾燥させていた食材がふやけると、あたりにチーズやブイヨンの香りがほんのりと漂った。


「おいしー! これ好き!」

「お豆食べれた! すごいでしょ!」

「ぴゅーぴゅー! パスタの笛。えへへ!」


 子どもたちの顔に、一気に笑顔が戻る。隣の子と分けっこする子、ノアやハイジに一生懸命話しかける子、食べ物でもう遊びを発明する子。そこには誘拐された恐怖も不安もない。

 冷めて少し硬い食事に、アッシュは感謝した。これがなかったら、今日のできごとは子どもたちの中で、痛くて苦しみしかない記憶として刻まれていただろう。


「あとは通信機があれば完璧なのだ」

「そうですね。基地ですから、絶対ありますよ。これ食べたら探しましょう!」

「ん"」


 アッシュとノアがそんなことを話していたら、テーブルを滑って小型デバイスが現れた。差し出したハイジはあごをしゃくり、受け取れとうながしてくる。

 デバイスは目立つ蛍光イエローで、短くて太いアンテナがにょきりと生えていた。緑色のランプが点滅をくり返している。

 ノアが「あ!」と叫んだ。


「これ救難信号発信器ですね! すごい。どこで見つけたんですか?」

「缶詰ど同じ。床下の"そーご」

「もう動いてるように見えるけど、使える電池あったのだ?」


 ハイジはアッシュにこくりとうなずく。


「人工魔石。魔力で動ぐ。俺の"流しで、ボダン押しだ」

「なぬ。電池いらずなんて頭いいのだ」

「じゃああとは、信号受け取った軍が助けにきてくれるのを、待つだけですね!」


 ガチャンッ。

 ノアと安堵の微笑みを交わした時だった。物音に目を向けると、ひとりの子どもがスプーンを床に落としている。子どもは、眠そうにまぶたをこすっていた。

 よく見れば、周りの子も眠たげだ。緊張から解放され、お腹も満たされて、眠気が一気に押し寄せてきたらしかった。

 イスからずり落ちそうな子を支えて、アッシュはくすりと笑う。


「ゆっくり寝かせてあげたいけど、さすがにベッドなんてないし」

「あ"る"。寝袋、あっだ」


 至れり尽くせりとはこのことだ。頼もしいハイジに、アッシュは嬉々と身を乗り出す。


「まるでなんでも入ってる魔法のポケットなのだ。他にはなにが出てくるのだ?」

「毛布とヘル"メ"ッド、リ"ュック……懐中魔灯まとう、軍手も"見た」


 備蓄品の数々を知ったアッシュはあることを閃き、にんまりと笑みを浮かべた。

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